カテゴリー「銀幕エレジー」の3件の記事

大好きな映画に関する愛を悲しいまでの情熱で綴ったカテゴリ

2009年7月 7日 (火)

こずえはわかった

0.進捗は亀
自分の新ユニット「キコ」はちょっとずつ進めている。
核となる、ユニットとしてのイメージ・構想が少しずつ固まってきた。
だいたいがひとりでやるもんなんだから
「やりたいことを存分にやる」
ってくらいシンプルでいいいのだが。やりたいことが多すぎて散漫だ。
まずは俺の中のスタンダードを知らなければ。

目下、早急に新しい名詞が必要なので、ロゴを作成。
これはプロトタイプ。
Jpg jpg変換したら画質が超落ちた。
またやりなおしだ。

「キコ」の
イメージカラーは青と橙。
 

象徴する動物はヨザル。
Photo



 

植物はイチョウの葉。
Ityouba




 

案の定WEBスキルがネックだ。操作が仮想すぎる。
叩けば曲がる、とか、食べたらうまい、とかそういう次元でないと俺は嫌だ。
学級新聞くらいの感覚で手書きでなんとかならんものか。
ダダこねちゃう。

 
 
 

1.ハチミツとクローバー・フィールド
DVDで映画鑑賞。
「クローバー・フィールド」
「めがね」
「スカイ・クロラ」
「ユリイカ」
を観る。

「クローバー・フィールド」は賛否両論系作品。
一人称カメラでパニックムービーという、ある種テレビゲーム的な発想なのか。
非常に面白かった。
Webでの仕掛けなども楽しく。大満足。
「賛否両論でどっちかというと否のが多い。」という作品は大概好きだ。

自分もそのタイプの評価を受けることがよくある。
ネットで「クローバー・フィールド」の劇評を読むと、どこかで聞いた事のある「否」の意見が…。自分が「その夏、13月」で頂いた「否」の意見とまったくそのまんま同じ内容のものだった。
これは、マーケティングとして興味深い。誰が好きで、誰が嫌いか。
とても勉強になった。
こういう叙述トリック系の構成を組むのは大好きだし、「13月」なんかキコ・バージョンでやってみたいしね。
僕は「13月」という日常の延長線上にある題材で倒述トリックをつかった。
JJは「クローバー・フィールド」という怪獣パニックムービーで一人称の叙述トリックを採用した。
共通点はなく、ともすると使用する題材の問題ではない。

難易度設定の妙とか、そういうことなんだろうな。
僕は「ゼルダの伝説」シリーズの大ファンなのだが。解ける解けないの塩梅という点で、これ以上無いくらいに尊敬している。
ゼルダみたいな塩梅で調整できたら最高な13月になるはずだ。
あと、心理描写か。
これは後述する。

「めがね」は優しさに満ち溢れた良作。
食事のシーンが圧倒的に素晴らしい。
伊丹十三の「たんぽぽ」を思い出した。
伊丹は「たんぽぽ」において食と生と性を雄弁に語り上げたが、「めがね」はもう、ひたすらに淡く、言葉少なにつぶやきかける。
もたいまさことかほとんど喋って無いもん。
この静寂、つまり間にこそ日本人の絶対的な美学がある。もう、これはホントに絶対的だ。 
この静寂を恐がるアーティストが多いよな。俺も恐いもん。
でも、静かにしようぜ。
食事のシーンはセックスのシーンを撮るくらいに、ナーバスに作らなきゃ駄目だ!
こないだの「愛妻は荒野を目指す」で、そういった部分を粗雑にしてしまったことを激しく後悔した。

そんな悔恨さえ、やさしくなでまわすような美しい絵。
時にセリフよりも語るスロウな音楽。
ひさびさにサントラが欲しくなった。全然売ってねえ。

どこにも置いて無いので、帰りに下北のKALDIで腹いせにハチミツを買った。 
ヨーグルトに入れて食べよう。

 

 

2. みつけた
「スカイ・クロラ」もよかった。

(ちょっとネタバレ)
スカイ・クロラはパイロットの話なので、戦闘シーンのやり取りとかは英語。
ラストシーンでの主人公、カンナミがのセリフもそう。
そんとき日本語字幕が出るんだけど、
「俺は"ティーチャー"を攻撃する!」
なの。

大人になれない(ならない)体質の子供たちが戦争をするストーリーの中、唯一の大人であり、絶対に倒せない相手、それが"ティーチャー"。
そいつを挑むんだけど、
上記のセリフの時、実際に主人公が口にしている英語は
「I'll kill my father!」

親父を殺しに行くぜ、と言っている。
これ、ほんと素晴らしい。
こういうアイロニー大好きすぎる。やっぱ、父親は殺すべき存在なんだよ。

 

で、殺すって何?
なんで?
という話。

やっと観れた。青山監督の「ユリイカ」。
わかった。
本当にわかった。

九州の田舎町。バスジャック事件が起きる。
乗客たちは次々に射殺されていき犯人も射殺され事件は解決される。
この事件で心に深い傷を負った生き残りの3人、
バスの運転手と10代の兄妹のその後の時間。

3時間40分という長丁場なので気合を入れての鑑賞。
気合なんか必要なかった。
この作品は静脈注射です。
点滴治療です。
ただ、観ればいいんです。

深読みなんかいらないし、読解もいらない。
身を委ねて観るだけで、あとはオートマティックに哲学の果てに連れて行ってくれる。
感覚的な作品とはこういうことを言うのだ。

心理描写。
ただその一点のための上映時間。
誰もが体験しえないような心理。つまり殺人という行為への心理描写。
青山監督はすごい。
殺人を犯す人間の気持ちを、わからせてしまった。

しかも、ここに美化がある。
それは同情の美化ではない。ロマンチシズムの美化でもない。
退廃美の美化でもない。

ただただ、無慈悲な美化。

 
 

ただただ日常は繰り返される。
生きているだけで日常はまわる。
この恐怖。
隠れてしまいたい。
終わらせてしまいたい。なのに。
それを美化されてしまったら。

何がなんでも生きなければならない。
生きていなければならない。
恐いのに、生きる。
美化されてしまったら、生きざるを得ないじゃないか。

心理描写とは、この無慈悲さなのだろう。

 

板の上に立つということは、
こういうバケモノと勝負をしなきゃいけないということだ。
自分のやることぐらい、
掛け値なしの美化をしてやらないとな。

風景が死んでしまう。

 

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2006年11月 6日 (月)

銀幕エレジー

つづき。

_002 最近、泣いたりしました?

もしくは、感激のあまりに鳥肌が立ちすぎて意識が遠のいたり。

なかなかないと思います。

でも、「泣きたい」。

 

僕はよく映画のCMであるような、「もう!超~感動!!!」とか言って劇場から出てきた客を使うCMとか嫌い過ぎて、この手のCMやった時点で駄作と思ってます。

うるさいんだよ。もう。わたしは右翼だ。

でも、悪いのはCMであって、映画そのものに罪はない。

ついに、つうか、今頃観ました。

Photo_9 「世界の中心で、愛を叫ぶ」

 

たかをくくってましたよ。

 

こいつはよかった。ほんと。この。森山君。いい。久々にきたよ。好きな若手俳優。俺としては、武田真治以来に、きた。

まあ、それはともかく。

この映画。こんなにいいとは思わなかった。ほんと、なめてた。まず。

絵が、ぶったまげるほどに綺麗。

田舎の、一昔前の風景とか僕は大好きなんだけど。それがモロだった。水辺とか超ツボだし…。

 

…。

おう。

ちっと、語らしてくれ。

大林宣彦監督が僕は大好きです。この人の撮る映画の絵は、ホントに綺麗で、生々しくて、優しくて大好きです。僕の人生を狂わせた作家の一人です。

「転校生」や「さびしんぼう」を初めとする広島県尾道市を舞台とする作品群のその「絵」は非常に、過多です。十代のイカくさい、しかしそれを崇高だといい切れてしまう程の過多。フィルムに魂は、写る。大林監督の作品のおぞましいまでの純度の高さはこれです。

心情が、過多に写っています。

荒木経惟(アラーキー)の写真も、そうですね。まあ、アラーキーはブルーズの話が絡んでくるので割愛。

 

ようは、このセカチュー。スタッフとキャストのモチベーションが非常に高い次元で帰結した作品だったのです。

話自体は青臭い、どうでもいいような作り話です。白血病とか王道すぎて笑わせてくれます。

それを美しく見せてしまった、彼らに感服。

例の「助けてください!!」のシーンにしても、台風が来ているという非日常の感覚がしっかりと撮影されている。

非常に純度が高まっていた。それは大林作品並みだった。僕は!感動した!

うん。

それはさておき。

他にも、いろいろ観ました。

ホラー、サスペンスを中心に20作品ほど観ましたが、その中で良かったのは、

「バタフライ・エフェクト」

 http://www.butterflyeffect.jp/

タイトルのわりには「過去に戻って現在を操作する」、という感じに落ちついちゃった感はあるんだけど。これは面白かった。

そもそも、「子供が一人遊びをしている」時のイマジネーション。そのニュアンス。コイツが僕は大好きで。

・縁石から落ちたら死ぬ(岩井俊二「ピクニック」)

・自分以外は全て役者(ジムキャリー「トゥルーマンショ-」)

誰もが一度は考え得る妄想をモチーフにした作品は“面白い!”。

 

 

でもね、やっぱ劇場じゃないこともあってか、僕の目から涙は出ない。

うん。なんの理屈もなく、泣きたいわけだ。

僕が思わず、泣いてしまったのは、

 

 

運動会。

 

 

ウチの窓を開ければ小学校がある。

運動会があった。

リレーがあった。

バトンタッチの場面で失敗した男子。

懸命に走りながらも抜かれてしまい、ヒーローの引き立て役になった男子。

大きな歓声と、ちいさな悲鳴。

 

最後の純真が目の前で、肉体という理屈のきかないものの前に「負ける」。

 

声。

 

声。 

 

女子の

「がんばれ!」

が、空しく響く。

バトンがリレーされる。

ゴールを切る。

ここで校庭に、なぜかリンドバーグが流れた。

震えるつま先 高なる鼓動 何度も何度も胸に手をあててみた

見えないハードルにつまずいた時 あなたの気持が少しでもわかりたくて

スタジアムに響き渡る歓声を吸いこんであなたはゆっくり立ちあがる

every little thing あなたがずっと追いかけた夢を一緒に見たい
every precious thing 奇跡のゴール信じて今大地を踏み出した

風より自由にかけ抜けていった 何度も何度もあなたの名前叫んだ

ためらいも限界も孤独も消えてゆく 永遠をあなたにとき放つ

every little thing きっと忘れない 土をける音 うでに光る汗
every precious thing いつか記憶がその涙をかわかしていっても

every little thing かけがえのないあなたのことをここで見ていたい
every precious thing 止まらない時の中の1秒にきざみつづけて いつまでも

every little thing あなたがずっと追いかけた夢を一緒に見たい
every precious thing 奇跡のゴール信じて今大地をふみだした

every little thing かけがえのないあなたのことをここで見ていたい
every precious thing 止まらない時の中の1秒にきざみつづけて いつまでも」

 

 

 

悔しいが、僕は泣いたよ。

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2006年10月 8日 (日)

「私のゴーストが囁くのよ」

いやあ、よかった。

「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BB%E6%AE%BB%E6%A9%9F%E5%8B%95%E9%9A%8A_STAND_ALONE_COMPLEX

観終わりました。

ひとことで言うと

「小難しい話なのにすいすい解かる。すっごい面白い。」

SFなんですけど、そこかしこに散りばめられた日常性がたまらないエッセンスになっていました。すんばらしい。制作チームの熱がガンガン伝わってきましたね。こりゃ多くの大人に観て貰いたいです。

監督、作家、演者、作画、それぞれが作品への愛を拠り所にモチベーションを共有する。さぞかしいい現場だったのでしょう。そしてそのエネルギーが確実に「客」に向いている。かつ、媚びていない。絶妙です。

これから自分も多くの人と同じ仕事をする以上、「理想」として胸に刻みこみたいです。

いやあ、やっぱ、こういうの大好きだ!

 

 

何が僕の琴線を突き動かすかってさ。

「正義」

なんだな。

敬愛する仮面ライダーなんかもそうなんだけど、「正義」って守ろうとすればするほどそこには悲しい物語が生まれるんです。

だって、いつの世も悪の方が強くて、即物的で、魅力的だから。

本能的に悪の誘惑に魅力を感じる。

自分の思い通りにしたいとか、気に入らないヤツは殺しちゃったりとか、誰にでも標準装備されているエゴを遂行する悪は、とっても魅力的です。

それに立ち向かう正義は、面倒くさくて、ダサくて、場合によってはすっごく孤独だったりして、

「なんで?」

と思います。なんで戦うの?なんのために?どうして守るの?

 

 

そのアンサーは作品によってさまざまです。

昭和の仮面ライダー達なら子供たちのためだと当たり前のように笑って言うでしょう。

妖怪人間ベムの3人なら人間になりたいからだと、はにかみながら答えるでしょう。

ジョジョならばなんかよくわからないポーズで誇らしく答えてくれるだろうし、孫悟空は連載のためだとあっけらかんと答えるでしょう。

 

それぞれに正義があります。

そこには愛があり、死があります。

 

魂はゴーストとなって、感涙した我々と共鳴します。

ヒーロー達が守った正義は、私達に託されます。

過酷です。

悪の方がマシです。

 

 

そういえば、

学校をはじめとする公的機関、及びに社会通念を拠り所とする一般企業勤務における「教え」は、悪の比重が高かったように思います。

学校教育の精神性は、偽善や欺瞞との付き合い方が主なテーマであるし、企業による社員教育の第一は業務効率にあります。

正義は、テレビや漫画などから学ぶしかありません。

なぜならばそれは「架空」のものであり、「娯楽」だからです。

正義は現実において、弱弱しいものだからです。

 

だからいつも、私たちは託されてしまうのです。

戦争を放棄したこの国だからこそ、「非日常」はあまりにも遠く、若者は心から焦がれる。

正義とは?

大人だからこそ、今一度答えてみてください。

なんのためなら戦えるのか。

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