こずえはわかった
0.進捗は亀
自分の新ユニット「キコ」はちょっとずつ進めている。
核となる、ユニットとしてのイメージ・構想が少しずつ固まってきた。
だいたいがひとりでやるもんなんだから
「やりたいことを存分にやる」
ってくらいシンプルでいいいのだが。やりたいことが多すぎて散漫だ。
まずは俺の中のスタンダードを知らなければ。
目下、早急に新しい名詞が必要なので、ロゴを作成。
これはプロトタイプ。
jpg変換したら画質が超落ちた。
またやりなおしだ。
「キコ」の
イメージカラーは青と橙。
案の定WEBスキルがネックだ。操作が仮想すぎる。
叩けば曲がる、とか、食べたらうまい、とかそういう次元でないと俺は嫌だ。
学級新聞くらいの感覚で手書きでなんとかならんものか。
ダダこねちゃう。
1.ハチミツとクローバー・フィールド
DVDで映画鑑賞。
「クローバー・フィールド」
「めがね」
「スカイ・クロラ」
「ユリイカ」
を観る。
「クローバー・フィールド」は賛否両論系作品。
一人称カメラでパニックムービーという、ある種テレビゲーム的な発想なのか。
非常に面白かった。
Webでの仕掛けなども楽しく。大満足。
「賛否両論でどっちかというと否のが多い。」という作品は大概好きだ。
自分もそのタイプの評価を受けることがよくある。
ネットで「クローバー・フィールド」の劇評を読むと、どこかで聞いた事のある「否」の意見が…。自分が「その夏、13月」で頂いた「否」の意見とまったくそのまんま同じ内容のものだった。
これは、マーケティングとして興味深い。誰が好きで、誰が嫌いか。
とても勉強になった。
こういう叙述トリック系の構成を組むのは大好きだし、「13月」なんかキコ・バージョンでやってみたいしね。
僕は「13月」という日常の延長線上にある題材で倒述トリックをつかった。
JJは「クローバー・フィールド」という怪獣パニックムービーで一人称の叙述トリックを採用した。
共通点はなく、ともすると使用する題材の問題ではない。
難易度設定の妙とか、そういうことなんだろうな。
僕は「ゼルダの伝説」シリーズの大ファンなのだが。解ける解けないの塩梅という点で、これ以上無いくらいに尊敬している。
ゼルダみたいな塩梅で調整できたら最高な13月になるはずだ。
あと、心理描写か。
これは後述する。
「めがね」は優しさに満ち溢れた良作。
食事のシーンが圧倒的に素晴らしい。
伊丹十三の「たんぽぽ」を思い出した。
伊丹は「たんぽぽ」において食と生と性を雄弁に語り上げたが、「めがね」はもう、ひたすらに淡く、言葉少なにつぶやきかける。
もたいまさことかほとんど喋って無いもん。
この静寂、つまり間にこそ日本人の絶対的な美学がある。もう、これはホントに絶対的だ。
この静寂を恐がるアーティストが多いよな。俺も恐いもん。
でも、静かにしようぜ。
食事のシーンはセックスのシーンを撮るくらいに、ナーバスに作らなきゃ駄目だ!
こないだの「愛妻は荒野を目指す」で、そういった部分を粗雑にしてしまったことを激しく後悔した。
そんな悔恨さえ、やさしくなでまわすような美しい絵。
時にセリフよりも語るスロウな音楽。
ひさびさにサントラが欲しくなった。全然売ってねえ。
どこにも置いて無いので、帰りに下北のKALDIで腹いせにハチミツを買った。
ヨーグルトに入れて食べよう。
2. みつけた
「スカイ・クロラ」もよかった。
(ちょっとネタバレ)
スカイ・クロラはパイロットの話なので、戦闘シーンのやり取りとかは英語。
ラストシーンでの主人公、カンナミがのセリフもそう。
そんとき日本語字幕が出るんだけど、
「俺は"ティーチャー"を攻撃する!」
なの。
大人になれない(ならない)体質の子供たちが戦争をするストーリーの中、唯一の大人であり、絶対に倒せない相手、それが"ティーチャー"。
そいつを挑むんだけど、
上記のセリフの時、実際に主人公が口にしている英語は
「I'll kill my father!」
親父を殺しに行くぜ、と言っている。
これ、ほんと素晴らしい。
こういうアイロニー大好きすぎる。やっぱ、父親は殺すべき存在なんだよ。
で、殺すって何?
なんで?
という話。
やっと観れた。青山監督の「ユリイカ」。
わかった。
本当にわかった。
九州の田舎町。バスジャック事件が起きる。
乗客たちは次々に射殺されていき犯人も射殺され事件は解決される。
この事件で心に深い傷を負った生き残りの3人、
バスの運転手と10代の兄妹のその後の時間。
3時間40分という長丁場なので気合を入れての鑑賞。
気合なんか必要なかった。
この作品は静脈注射です。
点滴治療です。
ただ、観ればいいんです。
深読みなんかいらないし、読解もいらない。
身を委ねて観るだけで、あとはオートマティックに哲学の果てに連れて行ってくれる。
感覚的な作品とはこういうことを言うのだ。
心理描写。
ただその一点のための上映時間。
誰もが体験しえないような心理。つまり殺人という行為への心理描写。
青山監督はすごい。
殺人を犯す人間の気持ちを、わからせてしまった。
しかも、ここに美化がある。
それは同情の美化ではない。ロマンチシズムの美化でもない。
退廃美の美化でもない。
ただただ、無慈悲な美化。
ただただ日常は繰り返される。
生きているだけで日常はまわる。
この恐怖。
隠れてしまいたい。
終わらせてしまいたい。なのに。
それを美化されてしまったら。
何がなんでも生きなければならない。
生きていなければならない。
恐いのに、生きる。
美化されてしまったら、生きざるを得ないじゃないか。
心理描写とは、この無慈悲さなのだろう。
板の上に立つということは、
こういうバケモノと勝負をしなきゃいけないということだ。
自分のやることぐらい、
掛け値なしの美化をしてやらないとな。
風景が死んでしまう。
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