カテゴリー「ホルマリン日誌」の114件の記事

ほのぼのした日常です

2009年11月16日 (月)

悪い女に原水艦一杯のしあわせを

相変わらずのスランプ。続く日々。

台本を書く前に必ず僕はスランプだと言う。
毎回、と言うことは、スランプでは無いのだろう。産む前の苦痛。恐さと臆病。

だって、僕の産むものがつまらなかったらどうする?

ナードだ。
こんなこと言うつもりじゃなかったのに。

WEEZERが大好きすぎる。
と言ってもセカンドの「Pinkerton」までだが。
ようするにマット・シャープ在籍時のWEEZERが好きだ。
といってもマット・シャープが好き、と言うわけじゃない。レンタルズはあまり好きじゃない。
もちろんクォモをこそ敬愛している。
ただ、結果としてそういうことなだけだ。

ほら、恐い。
聴く側は、観る側はなんとでも言える。好きとか嫌いとか適当に言える。
でも、んなもんどうでもいい。

キコでは、「スーパーセンスィティヴ」と「クソお洒落」を掲げている。
半分冗談だが。
共に一般的に良しとされるキャッチじゃない。
あくまで僕個人の感性と、それに付随する原風景がコアとなる。
かなり危険な理念だとは思う。
キコ-「はなよめのまち」
賛否両論は、台本を書く以前から覚悟している。

でも、「千と千尋の神隠し」もそういった作品だ。
WEEZERのセカンドまでもそういった作品だ。 
ポップ、アート、ソウルを串刺しにして団子にしちまう作品だ。

 

WEEZER-「Say It Ain't So」  

間違ったことを言おう。間違ったことをしよう。
僕と君の細胞は間違っている。
細くて柔らかな猫みたいな髪はすぐ、煙草の煙に侵される。
情け無いことを言おう。情け無いことをしよう。
体液が飛び散るような傷をつけよう。言葉で。
最愛の君の肌が愛おしい。
せめて、見たい。
すべてを、大げさに。
間違ったすべてを。 

いるのに。目の前に。
君に触れることは出来ない。
可愛いキャンプファイア。ボーイスカウトは雪にまみれている。
さみしい夜。
明日が少しだけ近づけば、ナイーヴなその声を聞けるから。

悪い女だ。

 

幼いようなその目に、針を突き立てたい。
そんな愛を、無理矢理に押し付けたい。
筑波山の駐車場で星空を見ながら、ぼくらの性欲は遊星のように交わっていた。
飛び散る精液が夜の闇に染み込んでいく。

ただ、話がしたかっただけなんだ。
言葉はどうでもよかったんだ。

 

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2009年11月11日 (水)

ミュトスとロゴスについての端書き

あえて、誤った解釈をするとミュトスは「右脳」でロゴスは「左脳」だ。

まず右脳が何の理由も無く、分子レベルの物質の介在も許さずに圧倒的に正しい結論を出す。
いわゆる「おりてきた」という状態。
それを左脳が証明する。

なぜ、おりてきたのか。どうして今なのか。何を意味しているのか。

この証明の方法が自分にとって「ストーリー」にあたる部分なのだと思う。

何を言ってんだってね。

 

僕はよく長時間トイレに入る時、携帯を持ち込んであちこちクリックする。
脳内メーカーみたいなよくわかんないやつをクリックしたら、俺の脳はこういう構造なんだと言われた。その通りだよ。名前と生年月日だけでよくここまでわかったな。バカ野郎が。

うっふふーん。と思ってたら直後から出会い系のメールがバンバン来た。
いらねえっつの。
一回本気にして真冬の駐車場で2時間待ってたっつの。
黄緑の軽自動車のまみちゃんは来なかったっつの。
次の日風邪引いてバイト休んだっつの。 
彼氏に振られて元気ないっつうから、温かいミルクティ2本持ってたのに。
さみいから2本とも飲んだよ。

まみちゃん、元気でやってるかな。

 

さておき。
「ミュトス」も「ロゴス」もギリシア語で、一般的な解釈では「神話」と「論理」だ。

古代の思想はギリシアに限らず、ミュトスの部分を重んじるケースが多い。
特別な人間に「おりてきた」イメージを元に、あーだこーだ御託をならべて宗教を作った。
だから「七つの大罪」だの「信じるものは救われる」だのの理由なんぞ無い。
なんの確証も無い。
だって勘だもん。
なんとなく、「おりてきた!これだ!」っつってそれでベットしちゃう。
すごいよね。

でもそんなインスピレーションこそが未だに戦争の原因になるくらいの規模の「正しさ」として言い伝えられ、受け継がれている。時間って偉大だよね。

と、いうことは。
時間という観念の存在はロゴスとして機能しているということか。
神話を論証しているのは時間だ。 
まあ、こんなこと言えるの日本人だけだよね。日本人の宗教観念はほんとに面白い。
僕がこんな軽口たたいてるの、外人には内緒ね。

  

神話。

でかいことを言ってしまうと、僕は神話を描きたいのだと思う。
ようするに普遍的なもの。普遍性を携えたもの。

それはよりシンプルな構造となるんだろう。
構成は複雑でも良い。

重要なのは構造だ。

「はなよめのまち」
(>関係者各位。連絡が滞り申しわけありません)
構成に四苦八苦してしまった。違う。
もっともっとミュトスを盛り込んでもいい。

構造と構成の違い、今はわからない。説明できない。たぶん今思っているものとは違う。
だが、この結論だけは合っている。間違っていない。

構造を探すのだ。
その構造の先に美しいものがある。
僕のアーティストとしてのエゴが表現したい風景ではなく、統合的イメージとしての「あの風景」があるはずだ。

その風景だけが、本来、伝えることが許されるものなのだと思う。
それだけが「アートとポップのクソど真ん中」を実現する唯一の手段なのではないか。

 

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2009年11月 8日 (日)

Payphone

これを聴いたら、
あの娘はどんな顔をするだろう。

The Tribe-Payphone

もう10年も前に付き合っていた娘は、車谷浩司のファンだった。
Spiral Life だったりAirだったり。

ちょうどそのころはスパイラルの解散で、Airがはじまったばかりだった。
ファーストアルバムの「wear off」をよく一緒に聴いていた。
特にこの曲が好きだった。
かけがえの無い思い出の曲となった。
口ずさみながらお好み焼きを食べに行ったり、警察につかまったりした。

Air-「hair do」

パクリの人だとは思っていたが、ここまでとは。
完膚なきまでに喰らった。
この曲の、このフレーズだけは。頼むよ。オリジナルだと信じていたのに。

 

まあ、いいや。
すべては気泡に帰す。それでいい。
何もないし、何も残せない。何も無いから、そこで何かをやろうとする。
僕や、僕達はこの荒野をこそ愛す。

何も無いから、そこにコンクリートを打ち込むんだ。
ああ。
舞浜に行きたい。
無常な夢を自分のカラダに打ち込みたい。

今日はひどく疲れていて、
メシを喰ったあと、何気なくテレビを観ながら寝ようと思っていた。
テレビでは小学生が、グアムからとどいたボトルメセージに思いを馳せていた。
小学生は島の子供で、たったひとりの小学生。
ともだちはいない。
波打ち際で拾ったビンに入っていた外国からの手紙。
ティアラに恋をする。
ともだちになりたい、と彼は思う。
そのたったひとりの寂しさと、汚れなき性欲に心底感動する。
「はじめてのおつかい」以外のテレビでこんなに泣くとは思わなかった。
泣き疲れるくらいに泣いた。
彼の孤独と純情に、僕は浄化されてしまった。
で、寝た。 

深夜2:00起床。
先日放送の「偉人の来る部屋」第五話、紫式部の回をDVDで観て、笑いながらもいろいろ反省して、ベーコンを食べて就寝。

やっぱ紫式部はいい女だ。
野波さんもすごく綺麗で可愛かった。

 

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ナードを極めるためにWEEZERばかりを聴く日々

わあ~。
なんだろう?
ドキドキする~(またぎ

DCPOP秘密イベント

 

Weezer121

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2009年11月 2日 (月)

ヴァージニアウルフのメノウのボタン

■お知らせ
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先日、ちょっと頭が悪い女優さんから
「おぐさん、みた。あたし。あれ。やってた。紫式部の。なんかね。たぎるって言ってた。たぎるって。」
という連絡をうけたが、
僕は酔っていたし、表現がよくわからなかったのでwebでみてみたら、WEBで次回予告の動画がみれた。

 

偉人の来る部屋
紫式部の回。脚本を書かせていただきました。
どうぞ観てね。

今台本を読み返していた。紫式部のセリフのそこかしこに仕込んだ生々しいエッセンスが、気に入ってる。
OA楽しみだ。どんな式部になっているだろう。

で、放送を
日付けを完璧に勘違いしてた。明日だった。

#5 紫 式部
MXテレビ 11/02 23:00~23:30
TVK 11/04 23:30~24:00

 

観れるのかな。
MXうち映るのかな。 

 

■似てた

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ネットでみつけた。

 
 

意外と俺に似てるような気がして、ずっと見ていたら自分にしか見えなくなった。

いいなあ。彼。応援してます。

 

■ブルーハーツ

最近ちょっとブルーハーツを聴いてる。
年を取るにつれて、どんどん素直に聴けるようになってる。

いろんなことを素直に認められるようになってる。
解散とか、理由とかショックだったけど、なんか俺シニカル気取って平気な顔してたんだよな。音楽的考察とか語ったりして。
やっぱ解散はほんとにショックだったよ。
ほんとに傷ついたよ。

この、傷ついたってことが認められなかったんだ。 
絶対認めちゃ駄目だって思ってた。
今は認められる。 

だんだんと14歳にもどっていければいい。
ブルーハーツに夢中だった頃、見ていた風景の感じとか友達のにおいとか思い出す。
そういう大事な風景すら忘れてたもの。

いろいろあったなあ。

 

みんな元気かな。

 

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2009年10月30日 (金)

軋んだ車を派手に花で飾るのはどうだ

映像が、脳みそのなんかこう桶みたいなところに溜まって。
それが言葉になって。
物語になっていく。

だからよく、「あんたは演劇の作家である必要があるの?」と聞かれがちで、困る。
映画やれば?マンガやれば?もう一回音楽やれば?

知るか。そんなもん。
演劇が一番おもしれえんだ。

目の前に大好きな女の裸があるのに、メシ喰ってるバカがいるか。

鼓膜が破れるほどの音量でドビュッシーを聴いている。
その音量のまま、次に最高に不良なロックがかかってしまったので鼓膜が破れた。
痛いけど、これでいい。
明日大切な話が聞けなくなるかもしれないけど、今夜が大切だ。

こりっちは賛否両論あるけど、いいと思う。僕は好きだ。

「はなよめのまち」の本チラはまだ決めていない。
とにかく小細工なしでいきたいな、と思う。
イメージ一発。みたいなのがいい。

だけどその前に何発も打ちたくて、こりっちのイメージ画像をちょくちょく変えている。
あと、ここにアップされているボディキャッチもちょくちょく変わっていくと思う。
つうか、変えたい。
僕の気分で。
既に3パターン目。

キコ「はなよめのまち」

 

キコのWEBページで遊べよ。という話だが。あまりWEB技術が芳しくない。
なのでこりっちで遊んでいる。
許してくださいね。

 

いままで使ったトップイメージ画像。
Nov3hanayome 200801 Kikoo  

 
 
 

フォトグラファーは小林由記子さん。
モデルは「Reset-N」の田中のり子さん。
ロケ地は秘密。

ふたりとも漬物作りの上手な女性です。

こなちゃん の次回公演の写真が良すぎる。
Stage10598_1  

 
 
 
 
 
 

アラーキーだって撮れないよ、こんなの。
あまりにも美しいので、ぶち殺された。
最高だ。
最高だ。
最高だ。
大企業の2,3個潰れてもかまわないよ。この素晴らしさ。
なので。子供のように「僕もあれ欲しい」と思い。
せめてもとモノクロに嵌まり、いろんなとこで使ってる僕の写真はモノクロ一色になってる。

でも、もう「はなよめのまち」のイメージも骨組みの次の段階になってきた。
モノクロのままでいられない。
徐々にフルカラーになっていく。
最終的にはキコのイメージカラー、というか国旗の色というか。
ブルーとオレンジにしたい。トワイライトの色だ。
でも、ラストのラストはモノクロかもなあ。

 

わかんね!!!!!

とにかくは、ビートルズの「I've gotta feelin'」を聴くべきだ。 

どっぷりとフィーリングを感じたあとで、ブルーハーツを聴いて、恋をするべきだ。
ナードに、卑屈に。
あの娘の乳房を思い浮かべるべきだ。

僕はあまりにも真面目すぎる。

 

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2009年10月29日 (木)

チェリーブロッサムハイスクール「セブンピーポー」を観ました

自分、如月萌、椎名豊丸(現・石黒)が脱退してからそれなりの月日が経ちました。

初日おめでとうございます。

楽日まで突き抜けてください。
いつものようにいい笑顔で打ち上げのお酒を呑んでください。
荒川君と野田さんとちょっと話せてよかったです。

緻密で面白かったです。
ロジカルな楽しみ方が好きな方は是非おすすめです。
リンク貼っておきますね。

チェリーのホームページ

こりっちのセブンピーポーのページ

みんなが芝居をしている姿がなつかしくもあり。
とにかくは、いきいきとしている姿だったので感慨深いものがありました。
ほんと、風邪には気をつけてください。

 

さてさて。

 
 

ほんと時間と金がきつすぎて、趣味の文通すらままなりません。
観劇もたくさん行きたいのがあるのに。なかなか、というか全然駄目だ!

観に行けずに悔しい思いをした舞台たち。

特にここ数ヶ月ずっと楽しみにしていた公演。
ままごと
ハイバイ
砂地
五反田団
東京デスロック

名残惜しく名前を書いてみた。砂地は行けたのになぁ。ちくしょう。超観たかった。
時間堂はいけると思う。たぶん全部観れないかもしれないけど。

映画も観たいのあったし。あるし。
でももう「はなよめ」書かなきゃならないし。
つうかさ。書く書く言ってないでさ!
もうただの作家じゃないんだから! 

書くだけじゃなくて制作まわりも進めていかないと!

タイムマネージメントと精神のコントロール。
今の課題だが、極端に苦手な二項目でやんの。自信ねええよ。 
松岡修三の動画みて乗り切ろう。
「ぁきらめんなぁよ~。」とか「お米食べろ!」とか最高に元気出る。こういうやりかたもあるんだな。

今日は壁紙を変えるなどして、PCまわりもリフレッシュ。 
どんどんキコも現実にしていく。一日ごとに命の輪郭を。
いろんな人に会う!
僕、元気!
よろしく!

 

 
 

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2009年10月22日 (木)

堕落と恥の記録

堕落し切った生活。
もちろんブログを書いている暇も、資格もないのだが、書く。言葉を書いていることが治癒と賦活につながる、はず。
自分を作家と呼ぶのもおこがましいくらいの堕落っぷりだし、作家としての言葉を書けるとも到底思わないし、ついさっき作家としての資格を失ってしまった気もするぐらいだが。

恥を忍ばずに書く。
むしろ自分の恥を晒す。
とにかく金が無くて、周りの愛おしい人々に迷惑を掛けている。愛おしいはずの人々に恐怖を感じてしまう。精神的な堕落がつとに顕著で、自暴自棄を引き起こし、悪い循環に陥っている。
自業自得。過去の自分からの復讐であることは間違いないのだが、いかんせん年なのか、打ち勝とうとするバイタリティが足りない。
窒息状態。また呼吸の仕方を忘れた。酸素が無いので創作のイメージも次々に死んでいく。何度目だ。何度目だ。

とにかく、自分をこうまで貶めた、ある能力の欠落がうらめしい。
頭が回らない。
馬鹿なんだと思う。
作家として致命的だ。馬鹿というのは。
人間的に甘えがひどくあり、耐久性に乏しい。それでも頑張ろうとするのだが、ふとしたことでまた堕ちる。自転車で転んで、泣いた。もはや自転車すらまともに乗れない。乗る資格がない。自己嫌悪はいずれ自己否定となった。せめてもの救いは晴れの日が続いていること。

これは、恥の記録だ。
続ける。

だいたいが作家として食えてないのに、何が本業だ。
俺はフリーターだ。
作家のギャラなんか振り込まれる兆しすらない。レベルとして、軽視される程度の作家なのだ。もはや趣味の域だ。

みんなは死ぬ気で頑張っている。友人たちの頑張っている姿を見るにつけ、触発よりも先に劣等感を感じてしまうという情けなさ。この存在意義の希薄さ。救いを求めようとするも、救いを求める資格すらない、と出した手を引っ込めるどうしようもなさ。
誰かの声が欲しくて、ぬくもりが欲しくて、優しくされたくて、狂っていく。
そこにだけ賦活と浄化が存在している気がするが、やはり、それを享受する資格がない。

資格。
資格。

資格とはなんだ。

どうせこの文章は、「ぼく、がんばる」で終わる。
ゴミだ。ゴミの文章だ。創造性なんか欠片も持ち合わせていない、ただのゴミ。糞。ついに最後の能力まで失った。もう駄目だ。

もう駄目だ。終わりだ。終わりだ。終わりだ。
プルーフでいい経験をしたから、もういいんだ。
俺にはもう、資格がない。
いろんな資格をもう、全部失ってしまった。

それでも、眼球はあいつらを映している。
先日、谷君にこう聞かれた。
「なんで舞台をやるの?」
アートや表現ではなくて、舞台だ。
僕はこう答えた。
「この目にしか映ってないものがあるから、それをみんなに見せたい。それを他人の目に粒子レベルで可視化できるのは、おそらく今の東京では舞台しかないと思う。」

ご立派。
よく言うよ。
所詮、俺の目が見たものだ。タカが知れてる。痴れている。

それでも、鼓膜があいつらの可愛い声を聞き分けている。
それでも、皮膚があいつらの生ぬるい温度を感じている。
それでも、血液があいつらの風景にブチ巻かれようと暴発する。血飛沫のイメージ。蒸発のイメージ。あいつらは俺の血液を沸騰させ、外に出たがっている。ちゃんと血抜きしてやらないと、惨事が起こる。

生きたいと死にたいは同義だ。
死にたいという感情は相対的に誰の脳にも存在しない。
多くの悪い意識は血豆であり、ただ一点に痛みが集中しているだけに過ぎない。

分散させるにはおそらく、方法が必要。
それは取引に近いものだろう。希望。希望。希望。まずは希望が必要。
活力が必要。
希望が自家発電できたらいい。が、まずは自家発電機を購入しなければならない。その金が無い。
だったらどうする?

これは恥の記録だ。
何の意味もない。
日々は続き、過ぎていく。今僕が手にしているものは堕落。
これを価値に変換することができるはずだ。
幾度となく信用を失い、人々を落胆させてきた。これからも信用を得ては失う、を続けていくのだろうか。天然の詐欺師だ。それとも落胆する顔が好物なのか。それもありえる。

でもやっぱり笑顔が見たい。泣き顔も好きだけど。落胆の泣き顔では興奮できない。
また、落胆の無表情は風景を殺す。
あの風景を守るために生きてきた。
なにをやっているんだ。

ぼく、がんばる。

恥の記録は以上だ。もう二度とこんな腐った文章は書かない。


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2009年10月20日 (火)

下北沢純情ディスコード

あてどもなく歩く。

淺川マキやドビュッシー、あ、やっぱシューマンだ。

街角のそこかしこにうずくまってる昭和の精霊に声をかける。
昭和だ。
やっぱ俺には昭和だ。

散らばるイメージは大気中に含まれる水素のよう。
脳みそを使って滴にする。
抽出する。
その液を使ってコーヒーを淹れる。
うまいコーヒーで女の子の気を惹こうとする。
やっぱ俺は男なんだな。
そのことが無性に悲しい。

自分の耳に、不協和音が蠢いている。
不快なノイズ。
なんだこれ。

なんか、ここのところ大晦日のことばかり考える。
大晦日が楽しみだ。
なんだこれ。

いちいち理由が無い。

乙女になりたい。夕暮れに駆けたい。

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2009年10月15日 (木)

証明は間違ってなかった

■一夜明けて。

テレビを観たり、カップラーメンを食べたり、恋人とコンビニに行ったり。
しずるは面白いなあとか思ったりしている俺。
公演は終わったのだ、と思う。

ハルのセリフを反芻する癖はまだ残っている。
ふと話す日常の会話で、ハルの口調になる。口が、カラダが彼を覚えている。
当たり前だ。

あれはまだ、昨日の出来事だ。

ぼんやりとしている。
カーテンンコールの俺の顔、間抜けだったろうな。とか。
発声とか完全無視でしゃべっちゃってたな、とか。

ひとつだけ、ゆうべの芝居で嘘の芝居をした。
「シカゴじゃそれも仕方ない。」
というセリフ。
もう、あそこはシカゴじゃなかった。
どこだったんだ。あそこは。

わからない。わからないからまだ、「ありがとう」も言えない。

那保とちょっとメールするが、キャサリンとメールしてるのか、俺が返す文言がハルの言葉なのか、まだわからない。

ただ、本当に。
本当に。(劇中のセリフの通り)
証明は間違ってなかった。
うまくいくことは最初からわかってた。

けど。
でも、本当に本当に恐かったんだ。
恐すぎて、この恐怖に依存してしまうほどに。

恐怖から解放されてしまった。
今はただ、あのステージに戻りたい衝動に駆られて仕方ない。

■はなよめ

しかし、相変わらず時間はない。
今日からキコに復帰。
主宰に。作家に戻る。

ゆうべのアレと同等に上等なものを目指す。
わかってるよ。
アレは、まず、無い。
でも知っちまったから、もう求めてしまうよ。
手がおぼつかない。
文章にならない。言葉が酷い。
苦痛だ。
言葉が書けないので、写真をいじったり、こりっちの情報を更新してみたりしたよ。
はなよめのまち


はやく、ちゃんとありがとうが言いたい。
ありがとうが多すぎて、頭がバカすぎて、まだ書けません。
と言う。
いいわけ記事でした。

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2009年10月10日 (土)

プルーフは残り3ステ

まだ若干の席がご用意できそうです。

DCPOP9『プルーフ/証明』『心が目を覚ます瞬間~4.48サイコシスより~』上演のお知らせ

ご予約はこちらからどうぞ(小栗フォーム)

僕が出演する「プルーフ」は奇数日。
明日のマチソワ2ステと、火曜日のソワレ1ステです。

数々の感想を頂いております。
その多くは熱のある、お褒めの言葉です。
ありがとうございます。
また、いつもは辛口なかたがたに「とてもよかった」と言って頂いていることも、非常に嬉しい。
幸福な演劇体験を味わわせてもらっています。
僕は果報者だ。

キャスト4人のグルーヴは日増しに力強くなっています。
ゲネでのグルーヴがストーン・ローゼスだったら、
昨夜のソワレはスライ&ザ・ファミリーストーン。
どんどん蛮になっています。密度の高い蛮です。

明日からも凄いものをみせるぜ。
ブチ殺す。
僕はお客さんをぶち殺したくて演劇をやっているんだ。


※誤解のないように。「ブチ殺す」の語意に関しては、この日の記事の「観音さま」を読んでね。



今日は休演日。
だけど劇場入りし、無駄に広いサンモールの楽屋でセリフあわせ、反省点の確認、アクティングの修正。5番目のキャスト、ジョンの誕生。

ジョンはともかく。


今回、とても素晴らしい言葉をいただいた。

「美しい」という言葉を頂いた。

こんな言葉をストレートにいただけるなんて、滅多にない。というか、ない。
僕達アーティストが、逆にブチ殺される瞬間を体験した。

個人的なことだと「いい役者だ」という言葉をいただいた。

役者と呼ばれることの喜び。役者として認めてもらえた快感。
芝居好きだ。
全然やり足りない。


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2009年10月 9日 (金)

バタフライ

「もう忘れたいのは 愛を知りだした最初のほう
 教えて欲しかった今の3cm向こうを

 少しかすれても内緒の時間がずれても
 なんか足りない そう迷子だった今も

 第三章までは 意味の無い演奏なの
 何も始まらない終わらないと今日は言った

 いつかお前らもダンスの途中で噂する
 戦争に勝った勝ったと、乞食に言った

 魔法の蝶は飛んでく」

 
 

プルーフもサイコシスも初日を開けた。

あらためてダルカラの素晴らしさを感じる。
不器用で、不恰好で、

悲しくなるくらいに純粋だ。

目を丸くしよう。
シカゴもロンドンもマンチェスターも、東京も茨城も一緒だ。
世界は素晴らしい。
板の上で、それを証明できる。演劇は、
なんていじらしくて、雄弁なんだ。

明日にでも、僕の作品を打ち上げたいくらいに、昂ぶっている。
キコの仮チラに入れた文言が印刷でかすれていたから、
制作ノートの文字があまり見えていないと思う。
データをここにあげておくよ。
「qui-co.pdf」をダウンロード

 

演劇がやりたい。
演劇をやりながらそう思う。

たばこを吸いながら、たばこを吸いたいと思う。
そんな風に馬鹿げた衝動に駆られる。
この調子で生きていきたい。

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2009年10月 7日 (水)

ロココと行く 次界へ

明日がいよいよ本番だ!

DCPOP9『プルーフ/証明』『心が目を覚ます瞬間~4.48サイコシスより~』上演のお知らせ

ご予約はこちらからどうぞ

来た。
やっぱ本番の日は来るんだな。
いざ舞台を作り、あかりが入り、シュート。
そして僕が苦手な場当たり。
僕は特に場当たりの空気が好きじゃない。
生来、要領というものが極端に悪い上、物事を順序だてて整理することがどうにも苦手だ。さらにはかつて怪我をしたこともあって嫌な予感しかしない。

にしても今日の場当たりは素晴らしい場当たりだった。
こんな場当たりは始めてだ。楽しくすらあった。
スタッフの方々はもちろん座組全員の素晴らしい動きがあってこそだが。
特に、ぼっこさんと照明の大介さんに感謝したい。
ぼっこさんの細やかな気配りで、いいスタンバイができた。
暗いところを走る那保ちゃんを叱り飛ばした大介さん。
半泣きの那保ちゃん。
うん。
いい予感しかしない!!!!!!

 

この板の上に乗れるということは、本当に幸せだ。

東京で一番ヒリヒリする稽古場を抜けてきたんだな、と思う。
板の上はこんなにも豊かだ。
僕達は刈り入れる。

場当たりで途切れ途切れ、すこしだけ芝居した。すごく楽しかった。
明日のゲネプロが楽しみだ。
早くあそこでやりたい。

そして本番だ。
台本と演出を心から信じてる。
あしたから本当にハルになれる。キャサリンに会える。
もう、戻って来れなくてもいいや。

 

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2009年10月 6日 (火)

I wanna be adored

理想のバンドは
The stone roses
だと思う。

4人がそれぞれに代えの利かない絶対的な状態と、
そのバランス。
ジョン、マニ、レニのプレイヤーとしてのポテンシャルもさることながら、
この中でも特に特筆すべきは、
イアンなのだ。

とにかく。
とにかく下手糞。
マニの心臓を突き上げるベースプレイも、レニの幸福なドラミングも、ジョンのキラキラアルペジオも、こいつの第一声、
「アイドンハー。」(完全にカタカナで唄っている。)
で台無しなのだ。
絶対下手糞。

でも、僕…や僕達がこの猿野郎を「マイ・ボーカリストベスト10」に必ず挙げる理由は、
この「アイドンハー」が大好きだからなのだ。
マイクを持ったら必ずイアンの真似をするのだ。
誰もローゼスを知らないカラオケの場所であっても、曲がミスチルであっても。
腰を落とし、右手でマイクを振り回し、マーチする類人猿のようにグルーヴを楽しむ。
僕達はイアンが大好きだ。

まあ、正味な話、声が好きだ。
誰もがそうだと思う。他にとりえなんかひとつもないんだから。
逆を返せば、それだけすごい声なんだということ。

ローゼスは、誰が欠けても駄目で、
実際にレニが抜けただけで駄目になってしまった。
その頃はやっぱレニがローゼスの心臓だったんだな、と思っていたが。
今になって、ローゼスをローゼスたらしめていたのはイアンの声なんじゃないかと思う。
あんな風にやさしくて、ずぼらで、だらしなくて、それがどうしようもなくかっこいいんだと、甘美な虚無感に支配された、時代があの声を欲していた。
時代?まあ、一部の若者か。
誤解を恐れず言うが、僕はイアンに憧れていた。
正直に、不恰好に、
「憧れられたい」
と恥をさらしながら唄う男を、憧れずにいられるものか。

 

演劇のいいところは、
メンバーが変わることが大前提であること。
つまり、再演のことだ。
同じ演目を再び公演する際に、同じキャストでお披露目されることはまず無い。
今回のプルーフもそう。
国内だけで、もう何回目だろうか?世界規模で言うと何回目だろうか?
そもそも初演ってどんなキャストだったんだろうか?

とにかく、ローゼスやらなんやらを持ち出した挙句、何を言いたいのかと言うと、いいバンドが組めたんだぜ、ということ。

DCPOP9『プルーフ/証明』『心が目を覚ます瞬間~4.48サイコシスより~』上演のお知らせ
今回のキャストは丁度4人。
オーソドックスなバンドと一緒の数だ。

僕はこのキャストを「ローゼスみたい」と思っているのかな。
いや、初期のスマパンの方が近いかな。
やっぱよくわかんないな。
でもね、伝説のバンドだと思うよ。おそらく。

演劇の悪いところは、
公演が終わったらもう解散だってこと。
レコードに残せないこと。
くやしいよ。

ここまで読んだ、
クソシニシズムに毒された阿呆は、こう言う。
「自分で伝説とか言ってるやつはロクなやつじゃない。」
特に同年代のやつらなんか、こういうことに敏感だから大嫌いだ。

もうすぐスパイク・アイランドに着く。
とにかく、今の気分はアドアード。
このままいい状態でステージに立ちたい。
純粋に思うから、
僕はマイクを振り回しながら中腰の前傾姿勢でこう宣言したい。
「憧れられたい。崇拝されたい。」

Spi

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2009年10月 5日 (月)

放射能の色

僕は原爆恐怖症だった。
茨城に原発がある。
そのことが恐怖でしかたなかった。
小学五年生の頃だ。10歳。

ふと、今、思った。
放射能ってどんな色だろう。
イメージのスイッチを入れれば、すぐに脳が答えてくれる。
イメージの喚起意外、とりたててとりえの無い脳だが。

 

青。

 
 

僕を恐怖のどん底に陥れたアイツは、もしかしたらキレイな色をしていたんじゃないだろうか。
青。
この世界で最も美しい色。

ルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」でも、真っ先に現れる色は青だ。
ある日、お母さんと約束をした。
「私の葬式にはこの曲をかけてね。」
もちろん。
僕の葬式でもこの曲をかける。

 

明日は小屋入り。
いつもいつも。
小屋入りの日にはどうしようもないネガティヴに陥る。
どういうわけか。死にたくなる。
なんだこれ。明日もあるのかな。やだな。

僕は生きたい。
理由はない。
ふと寂しくて、女の子の体に触りたくなるように、純粋な欲求だ。
僕はリビドーを信じる、幼稚で愚かな大人だ。

誰かが弱っていると、助けたくなる。できないくせに。
でも、助けたい。
そう思える、感じる自分だけが好きだ。
誰かのために生きていけたらと思う。人殺しの僕にそんな資格は無いけど。
思う。

あかり。

「僕らの旅立つ景色は 何年先も光ってるんだ
かくれんぼはやめにして 出ておいで
僕らの旅立つ景色に 君が見とれてしまわないよう
君んとこまで迎えにゆくんだぜ」

迎えにいくんだぜ。
愛しているよ。
愛の意味なんてわからないけど、
愛しているんだ。

 

青。

 


 

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2009年9月25日 (金)

エスパー、女、のりこ

■女はなつみ
今日はproofの稽古はoff。

しかし、今回のDULL-COLORED POPはもう一本或る。
サラ・ケインの「4.48サイコシス」を元にした、
「心が目を覚ます瞬間」。

本日は、演出協力として初の稽古場参加。
谷賢一によって訳されたサラの台本に目を通す。これは上演用の台本ではなく、単に翻訳しただけのもの。
読み始めてから4分48秒でギヴアップ。
キツすぎる。
言葉を「持っている」作家はこんなもん書いちゃいかん。
訳しちゃいかん。
先進国だったら、兵器になるよ、これ。
つまり谷はゾルゲだ。国民にとって不易なことをした。
俺、ハタチの頃にこれ読んでたら、確実に自殺してる。
絶対サラには米軍が関与してる。

上演台本は、谷アレンジが施されているので、だいぶ谷台本になっている。
大丈夫。
あなたがたの生命を奪ったりすることはない。
単純にスリリングで面白い。
兵器を見世物にする、いわば航空ショーのようなものだ。
あなたなら楽しめるはずだ。

でも、願わくば。
笑顔で気持ちよく、ブチ殺されに来て下さい。
きっと健康に死ねます。

DCPOP9『プルーフ/証明』『心が目を覚ます瞬間~4.48サイコシスより~』上演のお知らせ

主宰 谷賢一のブログ「PLAYNOTE」より

ご予約はこちらからどうぞ

■よほほん

今日飲んだ牛乳が古かったらしく、一日中便所とデスクの往復を繰り返した。まるでトレーニングだ。バーピーだ。カラダが苦しむと、脳には少し気持ちいいものが分泌される。

せっかくなので、この分泌を楽しむ。意外にいいインスピレーションが落ちてくるものだ。

稽古に行く直前、ゲリから来た冷や汗のベタツキを流すため、シャワーを浴びる。

シャワーのノイズを頭蓋骨に感じながら、まったくのフラットなテンションから音楽を抽出してみる。

今、自分にはどんなメロディーが流れているのか。

それはあまりにも美しく、でも幼稚でどこか子供だましなメロディーだった。

魔界塔士Sa・Ga

甦るのはあの時の衝動。絶対に触れられないものに触れようとする無垢な性衝動。

あの頃はまさか、自分がセックスをする生き物だとは思わなかった。

自転車で隣町までソフトを買いに行った冬。

ぼくは「のりこ」という娘に恋をしていた。

やっとの思いで手に入れたゲーム。川原で肉まんを食べながらゲームボーイの電源を入れる。開始。パーティにエスパーの女を入れる。

名前はいろいろと悩んだ結果、やってしまった。「のりこ」にしてしまった。一緒に冒険がしたくて。違うクラスだったから、架空の世界でくらいそばにいたくて。

とにかく「のりこ」を死なせなかった。死んだときはリセットして、なかったことにした。

バグで「のりこ」がモンスターになってしまった時は憤り、スクエアに電話しようとして母に止められた。

とか、そんな事を思い出した。
いい季節だ。

 

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2009年9月18日 (金)

芝居大好き

なんだこのタイトルは。

 

■証明への道程

「proof」の稽古は好調。
その、好調です。
好調だと思う。好調。かなり長い好調だ。
もちろんまだ全部できてないし、検証も済んでない。
それどころか僕に検証できるのかどうかもわからない。
でも、もし、この好調が僕が推測した通りの内容の好調なら、
これは…。これは、かなり、重要な、好調です。

いつもならセリフを入れるのが結構遅いのだが、
今回はもう入れてる。

でもカラダに入ってこない。くそったれ!
頭には入るのに、カラダに入らない。頭でしゃべると言葉そのものが消えていく。
もう、スパルタでやるしかない。
道程は見えた。
いいぞ。俺。
自己愛が希薄な自分。いいぞいいぞと盛り立てていこう。
あまりネガティヴからいいものが産めない。 

今日は、
怪物ちゃん、清水那保とのタイマン稽古。
おそろしい娘。小鬼だ。この娘は。

皮が薄い。

やぶけやすい水風船のよう。
小学生のころ、僕は水風船が大好きで、廊下を水びたしにするのが快楽だった。
楽しかったのではない。快楽だった。
頭が狂ってしまうようなぼんやりとした感覚を覚えている。
なかなかクラスに馴染めなかった僕は、みんなと同じ子供になれる瞬間が尊くてしかたなかった。
だから覚えている。
弾けて、笑う、あの水風船の風景は僕の生に対するイメージそのものだ。

 

「proof」の稽古が始まってから、
常々。
ああ。破きたい。ぶつけたい。と思っていた。
今日。チャンスがめぐってきたので、僕は狂った。
今日の稽古で2発ほど食らわした。そしたらしっかり10発くらい返ってきた。
だから52発投げた。おかえしの51発は、頭だけを狙われた。
もう1発は、破裂せず、校庭の砂にまみれた。
砂のとげでやぶけそうな水風船を転がして、眺めていた。
そしたら夜になった。

 

また明日会おう、と言って暗い夜道を帰った。
あの10歳のころの帰路と同じような尊いにおいがした。
もう、秋だ。

 

本番が来なければいい、と思っている。
これは、いい予兆だ。
まずはこの予兆を証明する。

DCPOP9『プルーフ/証明』『心が目を覚ます瞬間~4.48サイコシスより~』上演のお知らせ

是非ともご来場ください。
ご予約はこちらからどうぞ

 

 

■偉人の来る部屋

おそらく、情報解禁だと思うので。

偉人の来る部屋

このバラエティ・ドラマに1本台本を書いたので、
お知らせします。
僕が担当したのは紫式部の回です。

一度、式部にとりつかれたような状態になって…
いや、
彼女が俺ごときにとりつくはずがない。
俺が一方的に、恋をしてしまった。冒涜とも言える恋だ。
かの、紫式部に。
なので、狂ったような草稿を書きまくってしまい、迷惑をかけてしまった…。
バカだと思われてるんだろうなぁ。

放映されるものは、狂っていません。
面白いですよ。

式部役が誰なのかとかはまだ解禁になってないのかな?
とても美人な女優さんです。
撮影中らしい。OA楽しみだ。

感情移入。憑依。交霊。通信。
心霊通信。

死人と話す。

なるほど。やっぱりアートとは、聞こえないものを聞く。見えないものを見る。
そして、

触れないものに触れる。

うん。不滅だ。

 

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2009年9月16日 (水)

the noisy requiem

■蠢

今日は急遽、一日OFF。

午前中は演劇の勉強会。
第七劇場の鳴海さんにお越し頂き、スズキ・メソッドについてなど、かなり刺激的なお話を聞かせて頂く。
先々月から参加させていただいている勉強会。
マイズナーをめぐる議論から始まり、指輪ホテル・羊家さんの素敵なマインドに触れ、今日はレジェンド・鈴木忠夫さんについてのお話。と続いている。
演劇、おもしれえ!

深みに嵌まっていく。
身体性ってなんだろう。リアリティってなんだろう。
キコの旗揚げまでに、自分なりのフレームを構築したい。
勉強会で、僕はおとなしすぎる。享受するだけで精一杯なのだ。
ナレッジが無さ過ぎる。

勉強がしたい。時間が欲しい時間が欲しい。
時間は作るもの?
できん。
くれ。
ください。

帰宅後、改めて自分の演劇のルーツを探してみる。
そもそも僕が演劇界に足を踏み入れたのに、あまり明確な意志がなかった。
なし崩し的なものだった。
なし崩しとはいえ、
一体何が原体験なのか?
青年団か。あれは21で演劇をあきらめた原因だった。
ナイロンか。カムカムか。
なんだろう。

舞台を観たわけでは無いが、おそらく寺山なのだろう。
僕は18の頃、詩人を志していた時期があって、その流れで寺山の資料を読み倒していた。
天井桟敷の公演写真やチラシ、舞台装置の設計図。
そういったフラグメンツから舞台を想像して楽しんでいた。
なんと言っても寺山からあふれ出すフレーズは、僕の「言葉」において影響を受けたと思う。
「ここまで言っても何の問題も無い。何も起きない。」と知った。
凶暴で美しい言葉を探し始めたのは、彼の存在が大きい。
孤独な図書館生活に現れた恋人だった。

というわけで、今日は久しぶりに寺山と遊ぶ日になった。

数々の弟子筋にあたるアーティストのひとり、松井良彦という映画監督の存在を知った。 
「追悼のざわめき」
のトレーラーをyoutubeにて発見。
あまりのツボっぷりに、興奮した。
感性的にも性的にも。
嘔吐するようなグロテスクな絵の一滴一滴が眼球のグラスに溜まり、高原のホテルで出される朝食のオレンジジュースのように、簡単に、爽やかに、僕の体内に注ぎ込まれる。
抉り出された子宮を食べることが、まったく間違ったことには思えない。
とち狂ったことを言ってしまえば、
この映画の絵は、僕の絵だ。
すっごい身近。
トレーラーだけでこのザマだ。
観たい。心から観たい。

TSUTAYAにダッシュしようと思ったが、TSUTAYAにあるわけはない。
サイコシスの稽古に合流する前に、是非とも観ておきたい。 
今の僕の最大の興味は、サラ・ケインの「blasted」と松井良彦の「追悼のざわめき」だ。
グロテスク、シュール、猟奇、狂気。
そういった言葉のフレーム自体が馬鹿馬鹿しい。美しいものは美しい。
僕はなんだか、すごくやさしい気分だ。

そんなやさしい気持ちのまま、ジェフリー・ダーマーやジョン・ケーシーについて復習。
人を殺す、ということについて改めて考える一日となった。

ちなみに、僕はまったく病んでいない。

追悼
Requiem

ざわめき 
noise

素晴らしい色の絵の具だ。いいものを手に入れた。
あ、まだ手に入れてないか。
本編みたいよう。

 
 

■ハルくん

今日は抜き稽古のため、僕は自宅でセリフいれ。
また不意に涙が出てくる。
「proof」はまったくもっていわゆる「感動的なストーリー」ではない。
なんだろうこれ。
わからない。
一昨日も顕史郎さんと、この不可解な不意打ちについて共有した。
もちろんお涙ちょうだいの芝居にするつもりはないが。
これ、お客さんはどう感じるんだろうか。実に興味深い。
心理学的な仕掛けがありそうだ。
研究研究。

キャサリンへの感情の参考として、昔自分で作ったラブソングなどを聴いてみる。
こういう気恥ずかしいサンプルを所有している自分は、好きだ。

「エヴリデイ」という曲が近いのかしら。初恋のことを書いた歌だ。
英詩部分がより近い。
訳すと

----------------------------------------
毎日見ていたよ、デリケートな彼女を
すりへったキネマ、そんな恋だった
いきりたつサルビア、ほら

何もかもデイドリーム、煌きは、ナイーヴな、その身を焼き尽くす

アイラブユー、クラスメイト

明日が少しだけ近づけば、ナイーヴな、その声を、きけるから

エヴリデイ
忍び込んだシアター
くちずさんだ『here,there,and everywhere』
アパートメントは秘密基地、どうか、よりよき人生を

彼女のことを見ていた、
この毎日、毎日

----------------------------------------
でもこれは僕の気持ち。
ハルの気持ちはどんなだろうか。
うまく、一緒に歩めたらいい。

 

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2009年9月 8日 (火)

デブリス・ロード

帰路は遠い。

いろんな都合が重なり、自転車で東京を走り回っている。
日暮里から明大前まではかなりの距離だ。
疲れた汗の玉を市ヶ谷に落とす。

DULL-COLORED POP「Proof」の稽古は、今日で6回目。
役者オグリの挑戦。
いや。
挑戦なんて言葉、言ってる時点でぬるい。甘えだ。

挑戦などしていない。
これは、証明だ。
作品にとどまらず、僕はいろんなことを証明しなければならない。

とにかく。
稽古場は最高に刺激的で、いつもなら本番直前にクる、どうしようもない劣等感がもう来ている。
ネガティヴ全開だ。
苦しめ苦しめ。オグリ。

きっといい本番になるだろう。
今まで体験していない感覚を得られるような気がする。 
顕史郎さんは凄い。ぼっこさんも凄い。なおちゃんも凄い。谷くんは言うまでも無い。
ちくしょう。
俺だってすごいぞ。ちくしょうちくしょう。

と。
その一方で。
ドラマの脚本も書きあがり、ヒト段落。12回のうちの1回だからささやかな仕事だけど。
どんなオンエアーになるのかな。まだ情報は解禁じゃないっぽいので控えておく。

さらにお知らせ。

僕の演劇ユニットの公演についてちょっとずつ、決まってきたよ。

 

Rock'n'roll Playsystem「キコ」
1st impression
「はなよめのまち」
作・演出 小栗剛

3/26(金)~3/29(月)
王子小劇場にて

出演してほしい役者にはちょいちょい仮オファーしているけど、多忙が重なって正式オファーできていない状態。
企画書作る時間が…。ええい!

 

ワークショップオーディションも随時開催していく予定です。
ああー!
HPもつくんなきゃ。
仮チラつくんなきゃ。
キコの表記はアルファベットにしようかとか、そんな次元でも迷い中。

≪このまちにうまれたおんなは、はなよめかかんごふになるしかないの。だいすきなまちだったのに。バイバイ、あたし。≫

1984年。日本の何処か。
まちは、海と山にかこまれた静かな入り江にあった。
このまちに産まれた女は、花嫁になるか看護婦になるかしか生きる手段がない。
学校の開始のベルは21:00に鳴る。
ジャズバーが真昼に営業し、映画館は24時間古い映画を垂れ流す。
ピアノの音が坂の上から漏れてくる。
静かな入り江に、あたたかな陽がポタポタと落ちてくる。

私達はセックスを学び、生殖を使命とする。
夜のとばりにヨザルが泣いた。
ただ抱きしめたかっただけなのに。

性と生命倫理の崩壊を描く、ロマンチック・デザスター・ガーリィ・プレイ。

原始、女は太陽だった。
僕は豚小屋でパンを食う。

 

とか、そんな感じ。

おそらく「女芝居」って言っちゃっていいと思う。

旗揚げから向こう三回は女を描きたいと思っているし。

出演してくれる女優さんふたりと呑んで、ちょっといい予感がガシガシきたよ。
やりたいアイデアもあふれてきた。

こっちゃんも出演させたいね。

こっちゃんはキコの唯一のメンバーなんだよ。

 

 

初恋の話を、顕史郎さんとぼっこさんとした。
僕の初恋はまだ終わってないんだな、と思った。
一生終わらないと思う。
あの娘の冷たくて白い肌に触れるような、
実感的な表現がしたい。
そう思ってる。
いつでも。

 
 

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2009年9月 1日 (火)

スパニッシュ・キャラバン

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■ブルー・ナイロン・シャツ

9月だ。
ミッシェルの「ブルー・ナイロン・シャツ」を聞きながら月が明けた。
横浜の外れをひとりで散歩したことを思い出す。
真昼にも関わらず、僕のエア・ギターは絶好調だった。
今年の夏は暑かった。
熱かった。
日本文理のように、僕は戦えたのだろうか。
結果は、もっと先に出る。
咲きたい。
僕はまだ2死のバッターボックスにたったままだ。

 

■選挙

ほとんど暇なんてないのだが、行った。
もちろん、国体を守るためだ。
国体は僕たちの大切なもの。
僕のおじいちゃんは二二六事件のとき、皇居の警備についたそうだ。
生前それを自慢していた。
そのあと、満州で不器用に笑った。
終戦後は農協につとめ、僕の父に厳しい教育を施し、
その精神は憎しみやら愛やら激動の昭和の中で、僕に引き継がれた。
おじいちゃんはガンで、後進のガン治療の発展のための実験台となって死んだ。
そのおかげで僕のお母さんは、ガンで死なずにすんだ。
お母さんは退院後、高校生になった僕にビートルズの素晴らしさを教えてくれた。
こういうことが、国体だ。(と僕は思う)

結果の数字をみて、おぞましいと思った。
おじいちゃん、怒ると思う。
でも、結果は結果。
嘆く僕を、おじいちゃんは叱ると思う。

「だったらそんなかで笑う方法を探せばいいべな。」
と。
うちの小林家(本名)は奔放主義だが、家訓は
「みんなで、笑う。」

バブルの時ゴルフ場にされちまった小栗山は、今夜、台風の雨に濡れてビショビショのまま佇んでいるんだろう。小栗の地に生まれた男子達の冒険の場所だった。
僕は、そのロマンティシズムを守るよ。

■正しい街

東京に居る。
ここには小栗山も小貝川もない。
背のたけを越えるトウモロコシ畑もなければ、ウチの工場から匂う油のにおいも無い。
ヒーローだったよっちゃんもけいちゃんもひでくんもいなければ、SEGAを一緒にやったヒロシもいない。
正しくない。

だけど、僕はここで物語を書いている。

いつか小栗を舞台にした物語を書きたい。
それが出来たとき、僕は彼の地へ帰ることができるだろう。
今はまだ書けない。
故郷を捨てた僕だが、いつでも帰りたいと思っている。

■荒木

なんか、もう、いろいろと大変な夏で。

追い詰められると自分の本質ばかりが浮き彫りになる。

生とは性で、
死は詩である。

台本で引用部分を探していたとき、
久しぶりに荒木の言葉に再会した。天才アラーキー。

わらけた。
10年前に出会った感銘は、僕の本質に変容していた。
まさしく。今僕が表現したいことはこれだ。こんな簡単に言い表すなや。
荒木さん。

さっちんのように夢中になろう。ヒロシとSEGAをやりまくったあの頃と同じだ。

■スパニッシュ・キャラバン

スペインが好きなのは、あの色だ。
スパニッシュの赤。

僕に才能があるとすれば、なんか変なこの情熱だろう。
歪んでいて、下世話で、幼稚な情熱。
なんだかベタベタしている情熱。

明日から、ダルカラの稽古が始まる。

正直、準備がままなっていない。(すいません)
が、
熱い。

今回のダルカラには、
ドアーズの「スパニッシュ・キャラバン」のようなものを予感する。
僕達はアンダルシアの空の下で血とゲロを吐き、
笑いながら国王を殺し、
お姫様の処女を懸命に守る。

おそらく谷くんはリザード・キングと化すだろう。

僕のボルサリーノは弾け飛び、コンクリートにキスをするだろう。

もう何言ってんだかわからないが。

僕達は証明する。
現在の東京における、ミュトスとロゴスを。

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2009年8月26日 (水)

生きるんだポンちゃん

俺の頃の、
夏休みの読書感想文の定番と言えば
「生きるんだポンちゃん」だったな。

読書感想文なんか、書いたことがないな。
一回、「死神くん」というマンガの感想文を書いたことがある。
マンガをなめるな。
みたいな論調で。

怒られるどころか、無視された。

あたりまえだけど。
今もさみしいままだよ。鈴木先生。

  

さておき。

もう8月も終わる。
甲子園の異常な世界の熱にほだされて思う。
いい夏だったぜ。 
異常だった。

6月に公演があり、チェリーをやめ、
現場を離れて
はや3ヶ月。

優秀な赤子ならしゃべってもいいころだ。

ようやく舞台の現場に戻ります。いろいろジョブをためたままだけど。
9月と同時に戻るなんて、夏休み明けって感じでいいね。
楽しみすぎる。
でも宿題終わってない。
(この感じは再現しなくていいのに。)

ジョブをやっつけながら、ビュンビュンと芝居したいね。
まだ情報がオフレコなので、解禁しだいお知らせします。
公演は10月。役者として参加します。 

ささ!ジョブ退治だ!!!
ノープロットでかいてみちゃお!

ジャっと書き上げて、
「Proof」の台本よまなきゃ!

うほほーい。

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2009年8月24日 (月)

王大人

健康を心配してくれるかたがいらっしゃるので、現在の報告までに。

今年の夏は非常にたくましく、健康そのものでしたが、たった今は死亡中です。
確認もとれました。
ちょっと徹夜が重なったぐらいでこれだ。
自律神経が壊れたらしく、暑さを感じないのになのに10時間くらい汗が出続けている。

ってこれは超生きてるって感じだね。暴発って感じ。

 

眠いのに眠れもしない。
仕事がまだ溜まっているが、脳死で何もうごかず。
爪きったら爪きりが弾け飛んでバラバラになる、など。
そんな日曜。

書きたいブログのネタとか写真とかも溜まっていく一方だ。
今日は備忘録までに。書いておこう。

月末までにやること

企画プロット一本
台本一本
劇場予約

来週以降

「はなよめのまち」役者・スタッフオファー用企画書作成
「はなよめのまち」プロット作成
「はなよめのまち」宣伝作戦会議
「はなよめのまち」WS/ODを実行するかどうか。(WSだけでもいい?)
キコHP作成
「Proof」台本読み込み
DCPOP「マリー・ド・ブランヴィリエ公爵夫人」劇評
「Two of us(仮)」フラグメンツ作成(できれば簡易プロットも)
「Two of us(仮)」役者オファーについて相談
文豪サロンプロジェクトについて呑み!
頓挫している呑みの約束!呑み!呑み!

いやまて。稽古も始まるよな。
ちゃんとタイムマネージメントしないとやばいぞ。
上で月末までとか言ってるのも続行になるかもしれないし。

個人的に

自転車で
舞浜まで行く
松戸まで行く
川口まで行く

書き損じてるブログ
「靖国神社に行ってきました」
「自転車でお台場に行くということ」
「なんだかすごい面子の呑みだった。ブリストンにいるみたいな気分だった。」
「酒井和哉とアベフトシと、あとなんか指名手配になってた殺人犯」
「相対性理論の地獄先生について」

あー。
覚醒剤が必要だ。

眠ると全てが消えてしまいそうな気がする。

 
 

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2009年8月14日 (金)

それでも恋は恋

昔、路上などで弾き語りをしているころ。
俺のレパートリーはこんな感じだった。

松山千春 「恋」
井上陽水 「心もよう」
風 「22才の別れ」
レディオヘッド 「High&Dry」「Fake plastic trees」
スパイラルライフ 「ラズベリーベル」
スーパーカー 「Planet」

など、あとはヴァーヴとかビートルズ。
ベルベットもやったな。
あとなんだっけ。あ、自分の曲だね。

千春さんの「恋」とか、よくふざけてて。
どうしても「こひ~」と言いたくなってしまって、
怒られたりもした。
でも平メロの歌詞がたまらなくいいんだ。
傷ついた女は可愛い。と、思い。
当時は結構サディスティックな付き合い方をしていたな。
ハイキックを側頭部に当てたりしてた。

いい趣味だったな。(弾き語りが)
またやりたいな。
芝居始めてからやってないから、もう3年はやってないな。

やるなら2週間とかかけて自転車でいろんな場所で唄いたいな。
そういや、前にも一度計画したことがあった。
その時は「スーパーカブ弾き語りの旅・北関東編」で、
レベッカやBOφWYゆかりの地を切なく回る、という企画だった。
カブを盗まれてしまって頓挫した企画だ。

今やるなら、自転車でいきたい。
つうか、ギターは重いからいいや。ギターケース荒川くんに貸したまま戻ってきてないし。

話は変わるが、
俺は恋をしている。
四六時中、何をしていてもいつも気にかけている。
一緒にいたい。いつも一緒にいたい。
恋ってこういうことだよな。風景を共有したいんだ。
この娘とだったら、すげえ景色が見れると思う。
ほんと、欲しいよ。君が。

この娘。
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かっこよすぎるんだよ。
FUJIのABSOLUTE3.0!!
自転車屋のおじさんの営業トークにまんまとやられてしまい、
いまやクロスバイクの魅力の虜である。
スポーツ店に行ってはピチピチしたなんか変なサイクルシャツ?みちゃうし。
いままで一度も欲しいとは思わなかったのに。

このオレンジがたまらん。
おじさんは
「いいよねえ。ほんとスタイリッシュ。すっごくスタイリッシュ。乗ってみる?またいでみる?」
ときた。
俺は当然またいだよ。
そしたらまた、
「うん。ほらスタイリッシュだ。うん。」

スタイリッシュはどうでもいいんだけど。
参ったよ。
またいじゃいけなかった。おっさんに完全に弄ばれた。思うツボだよ。
俺、またいじゃったなあ…。

でもほんと、クロスバイクの性能はすごい。
いつも乗ってるママチャリも、ママチャリ界ではトップクラスの性能なんだけど、やっぱママチャリだからね。
この自転車だったら、かなり自転車射程距離が伸びる。
実は、最近、都内の移動をほとんどチャリにしているんだが、やっぱ限界がある。
これがクロスバイクだったら楽だし、速いし、なにしろ楽しい!
東京タワーにチャリで行くとか、最高だよ。
あああああああああああああ!
欲しいなあ!!!

今日も自転車屋の外から、まだ売れていない君を眺めたよ。
毎日、一回は君の姿を見ている。
ストーカーみたいだろ?

自転車相手だけど、
僕は恋をしています。
抱きてえ!!!

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2009年7月26日 (日)

澄み切った色のその先に散る

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それは’98年。

 

徹夜明けのだるい頭を無理矢理もたげながら、会場に向かった。

目当てはベンフォールズ・ファイヴとイアン・ブラウン、あとプライマル・スクリームだった。ケヴィン・シールズがサポートで出演するかも、という情報もあり、興奮がすでにピークの僕は会場に着く前に裸だった。ひとりで。

 

会場が近づくとチバのMCが聞こえた。どうやら何度も中断しているらしい。

足が勝手に走る。

僕のフジロック初体験で、一番最初に観たもの。

それは、アベが制止するスタッフにブチ切れている姿だった。

僕は爆笑しながら、前の渦を目指した。(が、まあ、無理だった。)

笑いが止まらない!

なんとか再開し、「ゲット・アップ・ルーシー」。

外人がアベのギターに「cool!」と言っていた。

目が会ったので「あたりめえだろ!」とかそんな感じのことを返した。とにかく笑ってしまってしかたなかった。

たったひとりで!

たったひとりで参加した、全員が共有していくうねりを。

ミッシェルのステージから降りてくる不気味な存在を。

何か透明で血まみれの得体の知れないバケモノが、

僕らをかたっぱしからブチ殺していくのを。

全員が同じように感じ、嬉々として笑っていた。

あれはロックがロールした瞬間だった。

大きな日だったと思う。

そこで彼はギターを弾いていたんだ。

 

真っ白い砂地に、無音で染み込んでいく血液。

激痛。

あまったるいビール。

脳天から消えていく拍動。

うたかた。

虚無。

くりかえし。

明日がないのに、未来はある。

あの頃は、ロックンロールを心から信じることができた。

それは、彼がギターを弾いていたから。

 

ほんと、たくさん笑ったなぁ。

ミッシェルはチバの歌も歌詞も好きだし、バンドアンサンブルも好きだけど、

やっぱアベのギターには、ほんと笑った。

大好きだったんだよな。

つうか、もういい加減、死に過ぎだろ。

 

キヨシローも三沢も、マイケルもアベも。

こんなにヒーローが死んでしまったら、いやがおうにも時代が終わってしまう。

生きていてくれたら憧れるがわでいれたのに。

終わっていくことを嘆いてもしょがねえ。

 

新しい時代をはじめなきゃなんねえんだな。もう。

アベ!

悲しいのに、虚脱感すげえのに。あんたのキチガイじみたギターを聴いてるとやっぱり吹き出してしまうよ。

あんたのマシンガン・カッティングがこめかみをこじ開けてしまうよ。

 

 

なきたいのに、

笑ってしまうよ。

 

なんなんだ、おまえは。

 

 

 

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2009年7月21日 (火)

栗科日記 2009年夏

■歴史大好き

ドラマ系の仕事で歴史の勉強をしてる。
今日ももうこんな時間だ。
Imageymdb なかなかいい夏を過ごしている。 


 

歴史は面白いなぁ。

僕はなんというか、こう。
入り込んでいくタイプ。
これは昔のコミックボンボンで連載されていた「ファミコン風雲児」という漫画における【ドットチェンジ】という状態に程近い。
わかんねえよな?わかんねーか。
いま世田谷でドットチェンジのこと考えてるのまちがいなく俺ひとりだな。

例えばゲームのキャラクターになっちゃうってこと。
僕の肉体はコンピュータグラフィックのドット構成になってしまって、ゲームの世界に入り込むという、超絶トリップ状態だ。
このトランス感。
これがドットチェンジ。
この状態にでもならなけりゃ、風雲児にはなれねえんだよ。
つうか、みてくれ。これだ。
Comboy9  

 
 
 
 
 
 
 

こういうテンションで、さっきまで。
僕は平安京にいた。
歴史の醍醐味は、やはり生活だ。
僕は今回のドットチェンジで、彼らの食事やセックスについて覗いてきた。

 

■夏は夜
考えてもみれば「枕草子」なんて、ほんとに他愛のない内容だ。
でも、内容じゃない。
やっぱこの人の文章は鮮やかだ。
感性がみなぎっている。

多くのアーティストはその黎明期に一発、バケモノクラスの作品を作る。
よく言われる
「やっぱブルハはファーストなんだよねえ。」
とか
「本谷はデビュー作の『腑抜けども』に限るね。」 
とか。
うん。この例はよくわかんないけど。

モノを作る楽しさがどうしても出ているんだよな。
この「枕草子」にも。

夏はやっぱ夜がいいよ。
その通りだよ。清。
なにがって。
セックスな。
夏の夜が一番燃えるんだろ?
世田谷は真夜中に道端で呑んでる若者が多すぎるよ。 
彼らから漏れ出す雰囲気。
そこはかとない性欲と友情の境目、みたいな情景がたまらく好きだ。
やっちゃえよ。はやく。
さっさと子供を作れ。
その辺のゲロの片付けとか俺がしといてやるから。 

■私生活
今日は、昼の打ち合わせがひとつ飛んだので、
夜の打ち合わせしか用事がない。
楽しみにしてたんだけど。
のんびりしよう。

でも夜の打ち合わせも楽しみだ。
いい話ができたらいいな。
純朴にいどもう。

昨夜は「はじめてのおつかい」を観た。
あいつらのがんばりには、ほんと触発される。
俺もなるべくキレイな気持ちで仕事をしたい。
いつでも。
いつまでも、だ。

彼らの頼りないカラダと、おぼつかないことばは、
僕の穢れたモチベーションをリセットしてくれる。

子供たちの美しい意志に、心から敬意を払う。

つうか、半年分泣いた。
俺が次に泣くのは、正月だ。

 

■私小説
まったく関係ないが、チオビタのコマーシャルはいい。
釘付けになる。
なんなんだろう。すげえな。この女優は。
俺にとっての菅野美穂は、親父にとっての南沙織ぐらいの存在だろう。
この先、穢れても、結婚しても落ちぶれても、俺は彼女のファンだ。
俺の作品つくりにおける脳内キャスティングでは常に主要人物だ。
今回のチオビタのCMで、それはより一層強固なものとなった。 

あと、焼酎の二階堂。
このCMはすごいなあ。原風景とのリンクするスピードが。
ものすごい吸引力だ。
このCMのキャッチとか、ほんとすごいよ。
これは、詩だ。
観て、涙がこぼれたCMってこれ以外ない。 

この前、
演劇に関する勉強会があって、
そこで僕は「リアリティ」ってことばが大嫌いなんですよ。
と発言した。 
発言というか、口を突いて出た言葉がそれだった。
言ってて自分でビックリした。
なんてことを言ってるんだ、と。
演劇においてとんでもなく重要なエレメントじゃないか、リアルというのは。
むしろ演劇とはその追求と言っても過言ではない。
生身を板の上にあげる以上、逃れられない宿命だ。

でも、たしかに嫌だ。
リアルでよかった、とか言われるとものすごく懐疑的になってしまう。
(ほとんど言われないけど。)
まあ結局は語弊の類なんだろうけど。
いやだなあ。
リアルって。
ことば。

 

たとえば、セックスのシーンを書いたとして。
ものすごくリアルな描写をしたとする。
それはもしかしたら面白いことかもしれない。

でも、その面白さの理由はリアリティではないんじゃないかな。
セックスを通じてその人の生活そのものだったり、過去(重い言い方をすれば人生)が
透けて見える瞬間が確かにあって。
それは仕草だったり嗜好だったり。
わずかな歪みが愛おしかったり。
それが面白いんだと思う。

複雑なものが透き通る。

それは綺麗で、可愛い出来事だ。
可愛いディティールを構築したいね。
可愛い必要ないけど。

ディティールの色づけこそが、ストーリーというものの創作の根幹だと思うし。
その作業が俺は一番好きだ。

 

つうか最近セックスのことばっか書いてんな。
書きたいんだろうね。

 
 

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2009年7月 1日 (水)

はなよめのまち(仮)

0.ねむれぬよるにさけをのみ
さあて、
次はどんな物語を書こうかな、と思いながら。

なんとなく、mixiのプロフィールページに
何も決まっていないデタラメの企画をでっちあげて掲載してみた。
何の意味もないし、ただのいたづらだ。

で、作品キャッチみたいなのをツラツラと書いていた。
意外と長くなってしまったので、こっちに載せることにした。

馬鹿みたいにセンシティブな感触にしたいなあ、というのはあって。
(ちなみにmixiはこれ。アクセスしちゃ駄目だよ。)

 
 
1.はなよめのまち(仮)

イメージはちょっとずつ降ってきている。
まだまだだな。
単純に量が足りない。
お客様をブチ殺すには、まだまだ情念が足りない。
やっぱ登場人物を先に煮込むか…。

町の風景を先に見ておこう。

(以下、作品イメージ)
あしたかなた。

明日になれば、あたしは女になる。

明日が恐くて仕方が無いあたしは、今日を精一杯生きている。
無様に、もがいて、抗って、祈って、強く思えば、
明日が来ないかもしれない。
あたしはがんばっている。

港の喫茶店から、海を見ていた。
キラキラと晴れている。
あれは最後の雲だ。
明日からのあたしは、もうあたしじゃない。

かえりみち。
郵便局の角を曲がって、忌まわしい旅館に戻る。
草葉のにほいが、あたしの貧相な胸を締め上げる。
こんな痛みも、今日で最後だ。
いつものように裏口の階段を上り、
手すりの白い塗装で袖を汚しながら、
丘の向こうに堕ちていく、錆びた紅を見ていた。
ふしだらな光が散乱している、あたたかな夕暮れ。

あしたがくるあしたがくるあしたがくるあしたがあたしをさらいにくる

たすけてよ
このまちには愛がない。

頬に伝ったつめたい感覚は、小さな雨だった。
笑いながら、
碧く碧く降ってくる。

真夜中に、あたしは桃色になります。

こわれた階段を降りたら、その踊り場に君が居たらいいのに。
ここで、
真夜中まで待っています。
まっくらな花が湧いて、ゆっくりと楽しくなっていくんだ。 

あした、はるかかなたにみえる。
 
 
2.観音さま    

敬愛するエッセイスト、杉浦日向子さんの一節が好きだ。

“俗に、遊女を「生きた観音様」という。
観音はひらく。
観音はゆるす。
観音はすくう。
遊女が客を満足させることを「ぶち殺す」という。
女ひとりで千人あまりの男を昇天させる。
遊女の赤いふとんの上は天上界で、
そこでは現世の約束は通用しない。
世間的な体面や地位をはぎとり、
一個の肉塊としてなぶり殺しにするのが最高のもてなしだ。
殺された翌朝は、まっさらな魂に生まれ変わって、送り出される。
そして、
死にきれぬ野郎は、
永劫の観音詣でにとらわれるのである。”

 

 

3.スタイルと方法論
「語られるべきはその内容や精神性ではなく、その方法である。」

なんだったか、いつだったか忘れたけど、創作というものを学ぶ上でずっと気にしていた言葉。
ようは、エゴにとらわれてはいけませんよ。
ちゃんと客観視しましょうね。
ということだ。と、思う。

 

僕がよく、女性視点で書くのも方法論のひとつだ。
プロットの組み方(汲みかた)もメソッドがある。

そういった無感情の作業を置くことで、いわゆるオナニー作品という失敗を回避できる。
自己愛の強い作品は嫌われる。

特に、ポップカルチャーにニヒリズムが蔓延しはじめた80年代中盤以降は、作品を作る上でのシニシズムが重要性を増した。
クリエイトよりも、セレクトが重宝された。カタログアーティストが幅を利かせた。

そのせいか、ウェルメイドな作品が激減するという反作用も起きる。
90年代における、アマチュアリズムの台頭である。

おれ、ズムズムうるせいな。この話やめよ。
ようは、これからの演劇だったり音楽だったりのポップカルチャーは、無鉄砲に行こうよということが言いたい。
スタイルも方法論も、たとえその全てが、自らが構築したものであったとしても、絶対に依存してはいけない。
乗る舟はいつも、方舟ではなくドロ舟であるべきだ。
ひとりでの作業の段階ではことさら。
うん。
お客さんは方舟に。俺たちはドロ舟に。 

 

 

4.生きながらブルーズに葬られるために
そういうわけで、今の僕はドロ舟作りに執心中だ。
この作業はまるで、
少年期の砂場の王国を彷彿とさせる。

恥ずかしく、かつ誇らしい僕だけの王国。
ユナイテッド・キングダム・オブ・グレイト・オグリ。 

4才児の世界から始まる。
やがて小5の残虐性と圧倒的な陽気さを携え、
14歳のセックスと切なさを持ち寄り、
17歳の切実なイノセンスを飲み込みながら、
今現在(32歳)のブルーズをもって、この国の感情を鳴らす。

「世界を救う」という漠然とした、
幼稚で誇大な夢と、もう少し付き合おう。

たくさん作品を作りたい。
つとに思う。

多くの命に触れていたい。

 

 

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2009年6月28日 (日)

ワンモア愛妻

すみません。
予告通りにバシっとアップしたかったのだけど。

ワンモア・愛妻
「愛妻」人物設定
「愛妻」バックストーリー   

 

「ワンモア愛妻」としてアップするには余韻もクソもないほど時間が経ってしまった。
今後、こういうことはないようにしよう。

と、なんだかんだいいつつ。
今回の記事を書きながら、すごく思ったことがある。
データベース的な記事にするには借り物のブログでは駄目だ。
今後はキチンとホームページビルダーなどを用いて、みやすくしなければ。

ちゃんと劇中の曲なんかも流しながら、とかね。
これを公演直後にアップできたらちょっとだけ楽しいね。

まあ、俺はこの「ちょっと」を大事にしていきたいので、
がんばろう。

で、

訊かれるし、
このブログもそろそろ引き揚げる予定なので書いてしまいます。
JASRACこえーけど。
今回の公演での使用曲について!

■M0
「 Mas Que Nada」 by Jorge Ben

オープニングの曲です。
マシュ・ケ・ナダ。
ブラジルのヒット曲。
ロックとボッサを掛け合わせたシンプルな楽曲。
結構有名な曲です。いろいろカヴァーされてるけど、これがオリジナルです。
なんと言ってもジョルジ・ベンのボーカルが冴えます。
彼の声は悪魔の声。
ボッサのリズムが持つ殺気とあいまって最高の静けさを演出しました。 

 

■M1

「EIGHT BEATER」 by Number Girl

アングルAからBへの転換曲です。
最初にセットが動くところね。

本番ではちょっとだけ編集しました。
リマスタリングとかもした方がよかったし、するべきだったんだけど、時間がなくてできませんでした。
芝居のハコだとどうしてもドンシャリ(ミキシングについての用語)がね…。
まあ、そんなの俺と音響さんぐらいしか気にしないだろうけど。
「愛妻」の世界観の要素である、荒廃した景色にあわせての選曲。

「甦る性的衝動、繰り返される諸行無常」

という歌詞が脳を突き上げました。んで次。

 

■M2
「Underdog」 by Sly & The Family Stone

アングルBからCへの転換曲です。
ソウルロックの巨人、というか、「ソウル+ロック」を体現した最初のバンド。
スライです。
自分が出ていないパートだったので、ゲネとかでステージを観れたのですが、これ、よかたわ。
「アンダードッグ」は「公僕」という意味もある。
アングルCの歪みまくった教師たちを揶揄する曲でもありました。

 

■M3
「手紙」 by LOST AGE

CからチャプターⅠへの転換曲。
大好きな曲です。
「まる算」くらいからずっと使おう使おうと思っていて、使いどころがなかった曲です。
今回は使えた。

もう一発目の歌詞の

「母さん 俺は もう忘れちまった」

という無常っぷりからテンションが、上がりきってしまう!で次のバースが

「腐った名前と恋に落ちた」

ですわ。
関係ない、心配ない。セックスと愛のイメージを荒野に置き去りにする感じ。
大好きなあの娘のパンティを守りたいです。 
大切な処女を守りたいんです。
他のクソ野郎に奪われないように!

やっぱリッケンバッカーにサンズアンプを咬ませてしまった音は、
狂気でしかない。
当たり前の狂気。それは必要な狂気なんだ。
14歳の狂気。
誰にも迷惑かけないから、狂っててもいい?

無理だな。
かけるわ。迷惑。ごめんね。お母さん。 

 

という感じで、
ラストはカーティス。(「People Get Ready」)
からの。
ブッチャーズ。(「2月」)

音響の牛若さん、演出の荒川さん、ありがとう。
俺、めちゃくちゃ気持ちよかったわ。
やっぱでかい音でかけると、ロックがロールするね。

いつか
ストーンローゼスのレジェンダリーな一曲。
「アドアード」
を使いたいね。
やっぱロックが好きなんだよ。
今、俺を焚き付けてくれるのは
ロックと酒とバルセロナなんだよ。
そこにはファンタジーがあるから。

かつて
「スタンド・バイ・ミー」で追体験した風景と、
「ネヴァー・エンディング・ストーリー」と「ビッグ・フィッシュ」で追体験した原風景をバキバキに表現すべく、やりますよ。 

 

やりますよ。
「キコ」

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2009年5月23日 (土)

1992年。茨城の片隅。教室の窓際の席で「ヒッピーに捧ぐ」を唄っていた。

ただ、すごくキレイな歌詞が好きで
よく唄っていた。

---------------------
お別れは突然やってきて
すぐに済んでしまった
いつものような何気ない朝は
知らん顔して僕を起こした

電車は動き出した
豚どもを乗せて 僕を乗せて

次の駅で僕は降りてしまった
30分泣いた
涙を拭いて電車に乗り込んだ
遅刻してホールに着いた

僕らは唄いだした
君に聴こえるように声を張り上げて

------------------------ 

こっから先はタイピングしたくない。

それにしても。

まさかこの歌と、キヨシローを重ねて聴く日が来ようとは。 

やっぱり、キヨシローについて語りたい。

思いっきり今回の【愛妻は荒野を目指す】 の執筆をしているタイミングだった。
マジで筆が止まった。
「何かしなきゃ」と思ったからだ。
キヨシローのために。彼への感謝を示すために。
結局は、その思いが台本に反映されたので、そういうことで納得はしたけど。
(まあ、ソウルの部分でね。内容的なオマージュはまた後続の作品で。)

本当は、僕は、最後の「ロックンロールショー 」に行くべきだった。
川べりだったり公園だったりでギターを爪弾きながら追悼すべきだった。
(これはまあ、公演が終わったら改めて執り行うけど。参加者募集。)

キヨシローの歌は、14歳の僕にすごくすごくすごく大切なものをくれた。
ブルーハーツもくれなかった、大切で大好きなものをくれた。
それは「孤独」だ。

かの作家、坂口安吾は言った。

「孤独は人間の故郷だ」

それは僕が生来抱え、ずっと苦しんでいた狂気だった。
それは誰とも触れ合えないであろう、生涯の苦しみだった。
キヨシローが肯定してくれた。
キヨシローの歌で、僕の孤独は故郷になった。孤独を愛せるようになった。

だって、その時RCを聴いていたのはクラスで僕だけだったから。
僕の住む小さな世界で、僕だけがキヨシローのやさしい声を聴いていた。
茨城の真っ暗な夜。
多くの言葉とメロディーをもらった。
思春期。
真夜中にラジオの音波をたゆたった彼の声は、あまりにもやさしかった。
僕に音楽を教えてくれた。

思えば。
大人になってから、ロックに心酔し、ノイズに打ちのめされ、酒と怠惰とふしだらな恋愛にかまかけて完全に腐っていた時期。
ソウルミュージックの持つ「正しさ」にもしっかりと反応できたのは。
カーティスやマーヴィンやオーティスのソウルに素直に涙できたのは。
おかげで自分の原風景を守ることができたのは。

14歳のあの時、キヨシローが音楽を教えてくれたからなんだと思う。

死の2週間ほど前に、偶然、キヨシローの歌を改めて聴いていた。
本当にすごいな、と何度も何度も思った。
キヨシローの歌を聴いてると、周りの人間を好きになるんだよ。
風景が拡がって、楽しい未来のアイデアが浮かんでくるんだよ。
しかもそのくせ、なんか切ないんだよ。
言葉にするのもはばかれるような照れくさいものに、確実に繋がっていることに気付かされる。それを皮膚感覚で実現させようと思うエネルギーが自分の中に思いっきりあることに気付かされる。
彼の声はやさしすぎて、希望がありすぎて、僕は頭が悪いんじゃないかってくらいの、多くの夢をみてしまう。

大好きだよ。
キヨシロー。

ありがとう。
本当にありがとう。

しばらくは大気圏あたりでフラフラしてるであろうあなたまで、ぶん投げる勢いで作品を作ります。馬鹿なファンを笑ってください。

またひとり、大切な死者が増えてしまった。
ブルーズが加速する。

この、後戻りのできなさが最高の気分だ。

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2009年4月29日 (水)

キチガイが正気の顔してるときが一番怖い

でも、一番かっこいい。
かっこいいし、おそらくそこらの常識人なんかより正しいことを考えているだろうな。
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「イージー・ライダー」は好きな映画だ。(そもそもこの年代のユースカルチャーに関して言えば、俺はコンプレックスを覚えるほどに憧れる。)

特にこの映画は、景色が最高にシビアな切り取られ方をしており、映像やセリフに無いような部分こそが、饒舌にかつ雄弁に語っている。何が語られているかというとそれは、「言葉にならない言葉」だ。ポップマーケットのアートというものは、こういった曖昧なものをこそストレートに伝えられる唯一の媒体だと思うのだが、この作品の他にもアメリカン・ニューシネマと呼ばれた作品群はことごとく素晴らしい。
そういったいわゆる「わけのわからない表現」が売れたということは、今思えばワイルドな出来事だったんだな。
その頃、日本は昭和40年代。
決して世界に遅れているわけではなかった。
ネイティヴレベルで息づく「ええじゃないか」的爆発力と、それに相反する湿度の高い島国根性。この二面性を充分に携えた上で欧米の文化を真正面から喰らっていた。だから同様に、わけのわからない作品がたくさん支持を得た。

と、ほんとザックリ書いてしまったが、なんか面倒になってきたので省略。
ようするに、みんなキチガイだったし。キチガイになりやすかったんじゃないかなということだ。
楽しいよ。そういうのは。
個人的に2000年代に入ってからのユースカルチャーは壊滅的だと思うのだけど、その背景にあるのは90年代を覆ったシニシズムだと思うの。批評性ばかりに気をとられ、やせ細った「センス」とやらを武器にしていた90年代。そういう中で育ったアーティストが活躍してたのが最近までだった。
もうすぐひとつのピリオドが終わるわけで、次にはこのカウンターが来るんだな。
また、キチガイの時代が来ればいいよ。

今、酒鬼薔薇聖斗の世代が面白い。
あいつを引き合いに出すと嫌がれるけど、僕からすると現在25歳~27歳くらいのアーティストたちの感覚がすごい怖い。なんか、地続きじゃない気がするんだよね。
今までの日本人の感覚と。

こだわりがないというか、スッポリとなにかが抜け落ちている。完全に何かが欠落してる。だからって倫理的に問題があるわけじゃなくて、しっかりと常識のある大人だし…とかなってくると怖いんだよ。読めなくて。
で、「怖い」とか「読めない」ってことはつまり、面白いってことなわけだ。
本能にクルんだよね。

というわけで、いよいよ本題。
イージー・ライダーなんかから切り出したもんだからすっごい遠回りになっちゃった。
本日、幕を開けます、とある公演について。

DULL-COLORED POP7.7『ショート7
2009/4/29(水・祝)~5/6(水・祝)@Pit北/区域 ☆
ショート7特設サイト

こちらにアフタートークで出演させていただきます。
もしご興味をもたれた方がいらっしゃいましたらご連絡ください。

作・演の は、まさにアメリカン・ニューシネマだったり、オフハリウッドだったりにあるような精神を持ち、かつそれを密度のある言葉で紡ぐ知能を持ち合わせた珍奇な青年。
案外、これを持ち合わせている人はいない。
簡単に言うと「キチガイレベルに頭いいのにすっごいバカ」という。
そういう感じ?
セリフの密度だったり、鮮度だったり。素晴らしい切れ味の武器を持っています。
もうおわかりですね。
キチガイに刃物、です。
これは怖い。
確実に何かが起きます。

ちなみに自分がトークで出るのは5/4(月)。
『作家は演劇の神か、奴隷か、愛人か』
というロマンチックな題目です。
愛人っていいね。

----------------------------------------
「愛妻」の稽古も始まっております。
こちらの経過についてはまたおいおい。

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2009年4月15日 (水)

無明

最近、呑みの席とかでLostageというバンドをオススメすることが多く。

で、多くは口頭で伝わらないわけだ。そりゃおんがくだから。

で、Youtubeとかこのブログに貼れないかなと思ったらだめだった。

でもなんかリンクの貼り方覚えた。これはよく呑みの席でおすすめしてる曲じゃないけど。

母乳

あと、パソコンの壁紙替えようと思って

「シグルイ 曖昧」14350

で画像検索かけてみたらこれがでた。

ティーシャツのデザインだった。

このティーシャツ、いいねえ。曖昧を「confusion」ときたか。やられた。

ちなみにこのティーシャツが着たいとか思っちゃう、正しい青少年はこちらへアクセス。

http://www.cospa.com/detail/id/0000011325

なんで虎眼先生の画像なんか探してたというと、いま非常に意識が混濁してるんだわ。楽しいのか、ヘボい気分なのか。

結局アート全般何をやっても、なんだかんだ言って所詮イメージの絶対量で優劣が決まるんじゃねえかな、と最近は思っているのですよ。

「センスがある」というのは、決してソフィスティケイトされた状態を指すのではなく、

とにかくそいつの感性が目一杯あふれている状態なんじゃねえかと。

だからその状態を目指して、とことん日常を楽しんでみた。

ここ2,3日、音楽とか芝居とか漫画とか景色とか、大好きなアートについて熱っぽく語ったり触れたりしてたもんで、反動が来てる。「昨日が楽しかったから、今日がつまらない。」

こりゃいかん。でもな、フィッシュマンズの歌詞であったな。

「死ぬほど楽しい毎日なんてまっぴらごめんだよ」

たぶん、死ぬもんな。ほんとに。死んだもんな、この人。俺だってまっぴらごめんだよ。

ゆうべから今日にかけては頭痛と鼻血で大変でしたよ。だから僕はいま「曖昧な状態」です。伊東さん、鼻血ティッシュ見せてごめんね。

でも、また見せるね。

盲目の剣士と隻腕の剣士が御前試合をする話にしようと思ったけど、やめました。

チェリーブロッサムハイスクール

PLAY_⑥「愛妻は荒野を目指す」

北野誠があんな理由で干されちゃうくらい、この国のカルチャーには明かりが無いよ。

荒野だよ。

この作品で僕は「風と共に去りぬ」のような、クラシカルな人間を描きたい。

それはたぶん、東京の真昼間、道端で砂まみれになって寝転がるような女なんだ。

空が見たいがために、それだけで。人目も気にせずに。

キレイなものを見るために、選ぶ手段になんの躊躇もねえんだ。

 

おれ自身はまだまだ模索してるけど。

明日は「タラのテーマ」を聴きながら自転車に乗ることにしよう。

彼女の煙草がきっかけになり、煌々と燃え尽きる東京を妄想しよう。

だんだんいい予感がしてきた。

 

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2009年2月25日 (水)

バモイドオキ

今日ふと、酒鬼薔薇聖斗のことを思い出した。
ともだちとバオイドオキ神(こいつの手作りの神)の絵とか描いて遊んだ。
うろ覚えだったが、俺の描いたバモイドオキ神はなかなか特徴をつかんでいた。
こんなことで騒いでいた。
楽しかった。

俺たちがローティーンから20代初期までを青春として過ごした90年代は、良い時代だったなと思う。まだネットもそんな発達してなくて。
こんな出来事を書くのも、部屋のノートに書いていたな。
日記を読み返してみると、いろんな人の名前が出てきて懐かしい。
極々プライベートなことだから、てらいもない愛情が記されていたりして、すごく貴重な感情の記録だ。ブログじゃこうはいかない。
いろんな人が好きで、そういった身近な人がとても大切だとか、そんなことばかり書いてあるのに、当時の日記の登場人物たちは、今の俺のそばにはいない。もう。
あれは、
もう過ぎてしまった時代だ。
俺はもう日記を書いていないし、ブログでそんなことは書かないし。
自分の今持っている私的な愛情を文章で記録することは、ないんだな。

ただ、あのころと違うのは、今は俺は台本(や小説)を書いている。
フィクションではあるけど、やっぱりこういった感情は無意識にも反映される。
今年はまた音楽も作ろうと思っているし、どんどん反映されればいいと思う。
と、言うわけで、次回作、

チェリーブロッサムハイスクールPLAY_⑥ 
「愛妻は荒野を目指す」

http://www.cbhs.jp/

タイトルに「愛」が入っている。
照れもなく入れてみた。入れてみて恥ずかしい。
が、
こういうことだ。ジャズが持つような、擦れた情景を描写したい。
現在プロット製作中。

 

それと、あさって。

FM FUJI Radical League
オクイシュージのオレがカバやねんRock'n roll show!!!」毎週木曜日20:00~24:00
2月中の毎週木曜日(5日、12日、19日、26日)20:30頃~
『代々木オレカバ劇場』というコーナーに出演。

最終出演となるあさってはラジオドラマをやるのよ。 

聴いてくださいね。

 (番組にウチあてのメールをくれた方、ありがとう!!すごく嬉しかったです。)

あと、こないだ帰省したついでに家族と日光に行ってきたんだけど。

やっぱり「その夏、13月」では日光への愛を消費しきれていなかったので、なんか小説を書こうと思って。これもプロット製作中。

やりたいことがたくさんあるのは、あのころと変わりない。



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2009年2月23日 (月)

オペラ イン グローヴ

20090220_1592月。
ちょっとした隙をついて森に帰ってみました。
「還る」かな?
「孵る」かな?

かなりいい賦活となりました。
時間やらなにやらが歪んで 

20090220_214  

 
 
 

五感がふくよかになる旅でした。
20090220_136_2

 
 
 

このノーウェア感がいい。
どこでもない。どこでもいい。

20090220_234  
この町の生活も叙情もすべて、
ひとりじめしたい。

ずっと、
覚めかけの夢の世界とおなじ、
心臓の音が聴こえていました。

理由もなく、感謝の気持ちでいっぱいでした。
すごく不条理な感情でした。
海が近くにあったので、
たぶんそのせいでしょうかね。

東京に森を持ち帰ってきました。
良い作品に加工して、売ろうかなとたくらんでおります。
----------------------------------------
森にいる間、聴こえていた歌はオペラのようでした。
でもよくよく考えても見れば、
あれはただの話し声だったのかもしれません。

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2009年1月23日 (金)

みんなたのしく

新年あけましておめでとうございます。

小栗、並びにチェリーブロッサムハイスクールを今年もよろしくお願いいたします。

今年のテーマは、
「70年代ソウルミュージック的な生き方」
「生け捕り」
「卑屈にならない」
など、いろいろありますが。

「咲顔」

ですかね。これで「えがお」と読みます。
薬師寺だったかの坊さんの説法で、
本当はこう書くんだよー、とか言ってました。
笑うという行為が「咲く」という感覚を我が身に知らしめてくれたらいいな、と。
なんつーか、こう、パッとした感覚をたくさんコレクションしたいです。
わがままに。エゴイスティックに咲きたいですねー。
感情豊かに、遠慮せず生きたい。 

 

あと、「生け捕り」。
日常の生活の中のちょっとしたにおいだとか、今なら肌に着く寒気だとかそういうささいなものをきっかけに頭の中に降ってくる情景。
思い出す。
それはどこかの町の風景だったり、人との会話だったり。音楽だったり。
それは、自分の記憶をひっくり返してみても無かったりするしろもので。
無い記憶を思い出す、という変な感覚なわけです。
ようするにこれこそが「インスピレーション」なわけで。
モノを作る源泉なんですね。
自分なんぞ、こういうインスピレーションがなかったら生きてる価値ないですからね。
例えば、極端な話。
作家もなんもかんもやめて茨城の実家に帰ってボヤボヤと生涯を送ったとしても、このインスピレーションが生きる糧になると思うんです。

このインスピレーションを生け捕りにしたい。
つまり落ちてきた情景をそのまま表現したい。
まあ、今年に限らず永遠の課題になるでしょうけど。楽しく生きたいですねー。

かつてね。
「お前はバカだから、バカらしく生きろ。」
としつこく言われたことがあって。バカっぽくしてた時期があったんですけど。
やっぱそういう生き方は、濁るんです。
自分は100メートルを11秒で走れる。けど周りにあわせて15秒で走る。
これは苦しくて、呼吸ができない。呼吸ができないと濁るんです。

風景が。

たしかに自分はバカだなー、とか思いますけど。
何が間違いかと言うと「バカっぽく」という意識ですよね。
友達とか、仲間とか大事にしようとか思うとこういうことが起こるし、濁る。
濁るからもたなくなる。
そういう繰り返しだったと思います。自分。

なんかウダウダウダウダと書いてますが。
ようは高校サッカーなんですよ。

今年は運よく準決勝と決勝を観戦することができて。
心底感動していっぱい泣きました。
こういうテンションで生きたいと、つとに憧れたわけです。
濁らずに、ピッチに立ちたい。

試合の結果がどうであれ、誰かに言ってもらいたいのは
「振り向くな、君は美しい」
(高校サッカーのテーマ曲のタイトル。作詞:阿久悠)
というひとことなんですよね。言いたい言葉でもある。
言ってもらえるかどうかはともかく、言ってもらえるような資格を常に持っていたい。と。

まあ、つまらん抱負でした。

みんなたのしく、濁りない一年になりますように。

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2008年12月31日 (水)

窮鼠

今年は例年よりもずっと忙しかった。

俺の生活の中心はやっぱりチェリーブロッサムハイスクールなわけで、俺が忙しない気持ちで一年を過ごしたということは、チェリーという存在もまた、ブルブルと生命が蠢いた一年だったんだろう。

■1月 
なんと言ってもワークショップ。6月公演の「その夏、13月」のオーディションを兼ねて。
後にチェリーメンバーとなる山咲、武蔵、モエ、トミマルと出合った。
こんなこと言うのもなんだが、この3日間はものすごく楽しかった。
いい予感しかしなかった。

出演者の選考では吐きそうになるぐらい胃が痛かった。

■2月
「アキストゼネコ」の初稿を一週間で書く。
事情あってかなり切羽詰った状況だった。追い詰められた時、自分の本質の中の本質しか描けない。この初稿はチェリーの台本ではなく、俺個人の本になってしまった。
お蔵入り。

■3月
イチゴ狩りに行く。

■4月
チェリーの面子プラス、カグミさんと一緒に名古屋へ日帰り旅行。荒川出演の舞台観劇を兼ねて。野田さんがワンボックスを運転。高速で300km/hくらい出してた気がする。

■5月
「その夏、13月」構想。稽古開始。
OPムービーのためにロケ。イオリアパートメントhttp://www.iori-apartment.com/top/top1.htmlとの出合い!出合いっつうか、邂逅。
いい予感しかしない割りには逆回転というアイディアが作家的自殺にしか思えない。
なんとか予感だけで乗り切る。

■6月
初旬、「その夏、13月」脱稿。
ダルカラhttp://www.dcpop.org/がオールナイト公演を試みるとのことで、稽古後、面白がって泥酔で駆けつける。
深夜に酔って観劇なんて!作品も素晴らしく、数年ぶりにロックンロール気分に浸る。
下旬、稽古最終日に急に寂しくなって泣く。
本番。

■7月
初頭、引き続き本番。
「13月」は個人的にも好きな作品。っつうか自分とこの作品は全部好きなんだけど。
これは「愛おしい」作品。
以前に自殺した友人へ捧ぐ意味もあったし、彼はどう思ったんだろうな。どうも思ってないよな、死んでるんだから。

終わってから改めて、死を思う。メメント・モリ。

■8月
上旬、是枝監督の「歩いても歩いても」を観る。
その場で小栗アカデミー全部門受賞決定。感動しすぎた。
「ありがとう是枝監督。」と思い、
スクリーンに向かっての感謝の一礼、一万回。

多摩川にてチェリーBBQ大会。今年一番の酔っ払い方をしたと思う。
作品のプロットの作り方について学ぶ機会あり。ほぼ毎日柴田と会う。一回ケンカ。

■9月
PLAY_⑥「アキストゼネコ」に向けて始動。
新メンバー4人が正式加入。メンバー10人になる。
「大所帯だね」と言われて大所帯だということに気付く。

■10月
「アキストゼネコ」稽古開始。
稽古2日目、帰り道にて突如「ネネ」の存在に気付く。その場で泣く。
プロット変更。

■11月
「アキストゼネコ」脱稿。
予定より大幅に遅れての脱稿。だが、いままでには感じたことのなかった手ごたえあり。
カラダが丈夫になる。

■12月
「アキストゼネコ」本番。
これは僕にとって特別な作品になるだろう。とか、毎回思っているんだけど。
これは異質な存在として僕の中に残る。
「小栗の本はどうせ誰か死ぬんだろ?」とか揶揄されるけど、これは死んだなんてもんじゃない。たぶん一番たくさん死んだんじゃないか?

改めて、死を思う。メメント・モリ。

作家として、生も死も平準化した価値観とそれに基づく視点で、思う。

死は、憧れだ。

ノノとネネは悲しい存在。でも美しい。

でも美しすぎて怖い。

(あの双子がしようとしたことは太陽に触れようとするようなことであって、傍目に見たら狂気でしかない。)

だけど、仮面ライダーもジギー・スターダストも、この世に存在する全てのジャズも同じ悲しみを孕んでいる。くるほしく、かなしい。それはうつくしく、いとほしい。

死に、憧れろ。
全ての死人を美化しろ。

世界中の神を全部殺せ。

ついでに仏も殺せ。

死人が一番美しい。

なんつって。
こんなこと言いつつ、俺の趣味である寺社廻りは平然と続くんだよ。
なんかトンチだな。禅問答だな。でもこういうことなんだ。
俺は神殺しになりたい。
大好きな存在を殺せる人間でありたい。

そうだよ。2008年。
俺はすごいものを見つけたんだよ。
だから今年はクソだった。と言える。相対的に見て。
だって、来年がすごいことになるはずだからね!

正気でがんばるよ。
小栗先生の狂った文章が読めるのはブログだけ!

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2008年11月10日 (月)

きみしかいない

今日飲んだ牛乳も豆乳も、腐っていたようだ。

やられた。

さっき煙草を吸おうと思って外を歩いたら100円拾った。
何年ぶりだ?金なんかひろったの。
4秒後には至近距離の自販機に投入。
5秒後にはコーヒーになっていた。まるでマジックだ。
すばらしい。

そしてこのコーヒーがまた弱った胃にクる。

気持ち悪い。

雨だし、寒いし、夜中だから、誰もいない。
誰もいないから、俺しかいない。

「最終避難場所のともだちとキスをして
 トカゲの住む公園を後にした。
 君のあたまは誰かのいたづらでもう壊れちゃってるから
 図書館のガラスを割って入る
 誰もいないからきみしかいない。
 誰もいないから僕の言うことを聞こうね。」

「誰もいないから、きみしかいない。
 誰もいないから、きみがこの世で一番ブス。」

というラブソングを聴いた。
あまりにやさしい詩世界だった。

書きながら冷たい感触があった「アキストゼネコ」だが、
ちゃんと最初の理想通り、あたたかい血が通いそうだ。
そんで、やっぱり俺は
できるだけ小さいものから先に触れようとしている。

早く書き上げたいな。

とにかく今日はあと4分以内で寝る。

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2008年11月 4日 (火)

生理

男なんで、生理の苦しみはわからないけど。
Gh39

女の人は、東大卒のキャリアウーマンだろうが、ガストのウェイトレスで月収8万だろうが、平等にみんな味わうんだよなあと、東大の横をチャリで走りながら思った。

それは素敵なことなんじゃないかなあと感じたのは、イヤホン耳にぶっさして聴いていたビートルズの「ストロベリーフィールズ・フォーエバー」の影響だろうか。
俺が14の時、英語の教科書に「SFF」が載っていた。オーストラリアから来たピーターという外人講師がギターで弾き語りしてくれた。
今思えばサイケデリックな歌詞を教科書で紹介するなよ、という話だが、なんとも、いいチョイスだったと思う。
教科書はこのセクションの後、日教組お得意のグローバリズムの生贄として「イマジン」を持ち出してしっかり興ざめさせてくれたが、ジョンの真髄としての「SFF」はほんとにグッドチョイス。

ほんと思う。

世界平和なんかどうでもいい。
温暖化ガンガンしろ。むしろ燃えろ。滅べ。死ね。
何がどうあっても、、
ジョンのふるさとが穏やかであることが重要。
俺のふるさとと、その情景が穏やかであることが重要。
14才で体験した、ヴィヴィット極まりない生と性の嘆きが重要。
温暖化ごときで、我々は滅ばない。

帰りしなに環七沿いのガストでチーズハンバーグを食べながら台本のプロットを煮込む。
幸の薄そうなウェイトレスが俺のノートをチラ見。
生理のくせに。

今日は稽古でエチュードした。
誰とは言わないが
「愛のあるセックスしたことない!!私は愛のあるセックスしたい!!」
という言葉を吐いた役者がいた。(エチュードだぞ?)

女は、面白い。 
俺たちはかなわない。

だから、男は女を、ひどい目に遭わせたくなるんじゃないだろうか。 

だとしたら、いい女は幸せになれないな。
嫌なら、少女になるしかない。
Gh231

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2008年9月30日 (火)

ディストラクション・ベイベー

だからもう、何度も言うように、
カタルシスってのは「浄化」みたいな綺麗なもんなんかじゃなくって、もっとゴツゴツした感覚なんだよ。

グチとか弱音みたいことを吐露して悦に入りたいわけじゃないが、
言う。
今の俺はスランプだ。

チェリーブロッサムハイスクールPLAY⑤「アキストゼネコ」の
台本作業に四苦八苦しているわけだが、なかなかノってこない。
チラシのキャッチとかストーリー概要考えたり、プロット作ったり、登場人物の設定を練りこんだりという、執筆前の仕事は一番楽しく、大好きなんだけど、今回はここでもがいちゃってる。
チアノーゼっていうか、溺死してる。ブタ。

 

と、言うわけで、気分転換に最近感動したものを記す。

■崖の上のポニョ
こいつはすごかった。千と千尋以来の衝撃。ほんとすげぇ。
神道やら心理学やら民俗学やら、俺たちの根幹に打ち鳴らされる「響き」に満ちた、しかしあくまでシンプルな「童話」。
これはもう、理想。
千と千尋の時もそうだったんだけど、「いつかこういうもん作りたいなあ」という俺の理想をこういうクヲリティでやられると、やる気無くす。

■マーサ・リーヴズ・アンド・バンデラス
モータウンの3人組女性シンガー。なんで20代で出会わなかったか!
特に「ヒート・ウェイブ」「アイム・レディ・フォー・ラブ」でソウル・ミュージックの真髄に触れる。
歌詞は「あんたのことが好きなんだ」ってそれだけ。
恋愛ってのはそれだけでロマンチックで、狂ってしまうものなんだってことを思い出した。
そして、その狂気は人にとってとても大切なエネルギーなんだということを。

■lostage
奈良県のバンド。よくナンバーガールに似てるとか言われてる。まあ、音の選び方とかパッと聞きはそうかも。
特に「手紙」という楽曲で吹っ飛んだ。
「腐った名前と恋に落ちた」
「しょうちゃんは言った。『つかえねえ、偽善者』」
など、錆びた針で静脈注射されるような最高の絶望感。
気持ちいいくらい何も無い荒野でセックスと愛のイメージをひたすら反芻するような、ひしゃげた孤高感。
生きているということを、おぞましい位に実感する瞬間がこの楽曲には、ある。
七尾旅人しかり、こういうアーティストが一線にいないというのは、文化の恥だ。 

■THE SHAMPOO HAT「葡萄」
下北沢スズナリにて観劇。
芝居って面白いなあと思った。この前に観たピチチ5とか柿喰う客も最高に楽しかったこともあり、いままでで一番演劇が好きになっている。
芝居がどうして、生でやらなきゃいかんのか。
そりゃ、それが一番うまい喰い方だからだよ。寿司ってうめーべ?

日比大介さんの顔にやられた。なんかもう子供の頃に見た「かわいそうな大人たち」を痛烈に思い起こした。そういう大人たちの中でひとりだけ子供がいた記憶。俺なんだけど。
酔っ払ってダメになってる大人たちを見て、なんだか寂しかったんだけど、その大人たちの光景が好きだったんだな。ダメになって笑ってる大人の顔が好きだった。これはとても大切な記憶だ。
日比大介さんは、そういう顔をしていた。
とても愛おしかったので涙が溢れてきてしまった。

 

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カタルシスってのは、ぶっ壊れるってことだ。
そういえば、17歳の俺の日記にはこうあった。
「何も感じなくなるぐらいなら、ぶっ壊れろ。周りに人がいなくなってもいい。」

いなくなっちゃ困るが、きっとこういうことだ。

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2008年9月16日 (火)

きこゆるは 深夜の街の 遠き海かな

呼吸。

ここんとこ、もぐりっぱなしだ。

「もぐる」というのはイメージを模索する作業。

台本を書いている身なので、よく
「やあ、君はどんな風にして台本を書くんだゐ?」
とか聞かれる。
「頭の中はどうなつているんだゐ?」
と。

どうにもなっていないし、こんな季節の変わり目にはエロいことばかり考えている。
「ナイスなおっぱいだ。悲しくなる!!」
とか。
あまりにも健康だ。

人と変わっているとすれば、いまだ思春期のテンションでエロいことを考えれられるというところぐらいだろう。
まあ、たいした個性でもないし、さっきまでちょっと色々読んでいたのだが、三島由紀夫なんかと自分を比べてみると、ほんと虫だ。虫程度のバイタリティだと思う。

んで、潜る。
凡人の僕が天才になるには無理をしなくてはならない。

意識を沈めるのは、イメージの海。
素もぐりだ。
アマさんのように、潜る。

ウニやらアワビ(映像や言葉)やらを狙って潜る。時化の日こそ潜る。
何度も潜るうちにコツがつかめる。
うつぼなんかがいてもビビらなくなる。
すいすいエモノ(ストーリー)を獲る。 

まあ、こんな感じだ。
「書く」前のイメージは、潜る。何度も潜っていい餌場を捜す。

で、最近思ったんだが目的はエモノじゃなかったんだな、と。

チアノーゼだったんだな、と思った。

潜って、窒息して、しにかけて、脳がこう、フワ~っとなるのがいいんだな。
そうすっと色々思い出すのよ。
幸福な記憶を。

 

で、思い出した幸福の生の感じを舞台におこす、と。

結構忘れてんだよね。幸福なことって。
だから、これからも色々と、幸福な時間を過ごして生きたいよ。
なんつーかね。

不幸な方が楽だな、って思ったのよね。
幸福なほうがメンドくさいって。つきあいとか。
そうじゃないからね。

「あの一瞬をカスメ獲ろうぞ、友よ」
みたいなね、よくわかんないけど、ほんと一瞬じゃない?幸福って。
つきあげてきて「ワッ」となるのって。男だからかもしんないけど。
とにかくそれを覚えておきたいもんだね。

 

来年の今頃に、最近の変な感じを思い出しながら、公園でビールを開けたいものです。

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2008年7月 8日 (火)

13月 キャスト ノー シャドウ

役者に影なし!

 

1週間経ってしまいましたが「その夏、13月」。
無事終了致しました。

ありがとうございます。
ありがとうございます。

板の上でも外でも、たくさんの事が起こり過ぎて、たくさんの感情を経験してずっと落ち着きません。
寝ても悪夢。起きてる方が楽なので疲れが抜けません。
ハナは僕を呪っているんじゃないかしら?

たとえそうであっても、呪いにさえありがとうと思います。

本当にありがとう。

今回はずっと「逆光」のイメージがありました。
日光を舞台に選んだ理由は、日光独特の張詰めた大気と繊細な太陽が織り成す、目潰しの灯りを描きたかったんだと思います。
美化された記憶の世界は、よく見えません。
美化された記憶の世界に、かなしみはありません。

その記憶が陰惨な出来事であっても、かなしくはありません。
美化されているからです。
記憶の視界は、逆光。

日光は、日本で一番美しい逆光がある土地なんだと思います。

これは、記憶の物語でした。
いままでで一番、抽象的な作品でした。

 

先週まで板の上にいた役者は、実在した人間です。
ハナ役の宮本さんは死んでいないし、みんな仲も良いし。
でも、舞台を降りて、彼らは影をなくしました。

実存の世界に帰り、今「彼ら」は完璧に架空の存在となりました。
今、彼らは「13月」という架空の月に居ます。
今、物語は本当に作り話になりました。

 
 

次は現実の12月。
「アキストゼネコ」
これは、おまじないの話。
今は、そこに影だけがあります。

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2008年6月29日 (日)

13月 マスト ゴー オン

二日目終了。

律儀に更新。
律儀になりたくなるほどに、お客さんの熱い意見をいただく。

おおむね好評であり、演者のモチベーションも日に日に上がっていくであろう。

おおむねってなんだよ。

ようするに賛否両論のことで、結構真っ二つに分かれるかなと思っていた。
「凄い好き!」と「こんなものみせやがって!」に。
でもそうでもない。
いい意味で目論見が外れた。
要は前者の意見を多く聞くということだ。

細かく張り巡らせた伏線や、サブリミナルもちゃんと楽しんでもらえている。
ほんとに良かった。

「13月」が確実に存在している、何よりの証拠だろう。

本番をこなすごとに作品への思い入れも高まる。
自分で「13月」のチラシを見返してみた。

「そういえば、心の汚い私たちは、とても必死だった。
 全てを犠牲にしてもここにいたい。そう思った。
 あれは全部つくり話。
 ―嘘ひとつないつくり話。」

 

時間は決して進まない。
これは、記憶の物語です。

 
 

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2008年6月28日 (土)

13月 ハズ カム

今日が初日であった。

袖裏は今までの公演には無い空気。

「13月」という架空の存在を、あるはずの無かった月を存在させるための強制イマジネーションがバキバキと行われている。

たまらん緊張感。
これは小三時におけるリコーダーのテストに近い感覚だ。
これをヘマったらおしまい。
万が一、演奏中におもらししてしまったらどうなるだろう?
おもらしなどするはずないが。

だけど、そこでオモラシしてしまった子供こそが俺の物語の主人公。
「ニュー・シネマ・パラダイス」?
俺に書かせろ。
日本版のNCPを俺に書かせろ。
ロケは広島。尾道。
すべてのシーンが逆光。
セリフは無い。
ただ、尾道の風景の壮絶なノスタルジーと、
オモラシの音とピアノソナタ。

まったく関係ない話になったが、今回のチェリー。
「その夏、13月」 

初日を終え、好評を頂き、幸いな事この上ない。
旗揚げからの好評意見を元に守りに入ればいいものを、毛色の違うものに挑戦したため、多少の不安はあった。
しかし、「今までで一番いい」という言葉を多く頂き、安心した。
明日以降、この安心が「悦び」に変わればいい。

舞台は生。
言葉でも顔でもなく、
役者の皮膚がストーリーを紡ぎます。

これはおそらく、日常に埋没し取り殺されたあなたの皮膚でもあるのです。
是非ともおいでください。
何かが甦ります。

 

 
 

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2008年6月26日 (木)

ハイジの最終回

明日はシュートと場当たり。

うまく時間が回れば通し稽古もできる!
今日一日、舞台の仕込みのため、役者は久しぶりに「本人」だった。
中にはすっかり役名があだ名になっている人もいる。
たった一日の日常が、芝居への飢えになる。
明日になればまた架空の彼らに会える。
これは喜びだ。
明日があるということは、なんとも平和だ。
感謝せざるを得ない。

 

今回の「その夏、13月」には明日がない。
ラストシーンから始まり、オープニングにたどり着く。
時間は過去にしか進まない。

 

自分でも演じながら「性格の悪い脚本だな」と思ったよ。
明日を楽しみにしているであろう彼らが未来に進むことはない。

そんなことを思いながら、独り、ぼんやりとUDONを喰った。
おろしと納豆とキムチで最高のアンサンブルだった。
ぼんやりと、「ハイジ観てえなあ」と思った。
客入れの曲を選曲しながら軽く踊り、我ながらイカレた選曲センスに梅酒を一杯。

ハイジの最終回。
ペーターがくだらん嫉妬心をむき出しにし、車椅子を破壊。
クララが「CREEP」状態になり、
ハイジがキレる。
クララが立つ。
絶叫。

という最高のスクリプト。

こういうのいいよな。うん。こういうのいい。

でも、現実ではここにわけのわからん軍隊だかなんだかよくわからん男達が現れて、彼らを虐殺するのだ。
男達は民族浄化だとか狂ったことを言って、高原から銃を構える。
高揚した顔のままクララは撃たれ、ハイジとペーターは絶句する。
1時間もすれば、ユキちゃんの鈴の音ももう二度と聴けなくなるだろう。

文化を根絶やしにするとは、こういう行為なのだ。
完全に明日を奪う行為なのだ。

何が言いたいのかというと、すっかりチベット問題が風化しちまったってこと。
世間はすっかりオリンピックムードだ。
やっぱり未来には絶望しかない。

今、世界は決してリスクを負わない。
つくづく悲観的になる。  
だって、ウルトラマンとか以外に解決方法が見つからないんだもの。

それでも僕は。
明日が楽しみ。

新宿という狂い果てた町で、正気のままお待ちしております。 

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2008年6月25日 (水)

小屋入り前夜

眠れない。

早く寝なければ。

明日、セットを組む。
セットを組んでしまえば、あとは瞬間の連続だ。
舞台は消える。 
形あるものはかならず消える。

 

舞台「その夏、13月」が、いよいよ我々の現実において披露される。
お客さんも、僕たち演技者もとことん飽きるまで公演し続けたいところだが、
まあ、演劇というものはそういうことができない。
2ヶ月かけて作った芝居は一週間にも満たない時間、そこで披露されて消える。

なんだか感傷的なことを言ってしまっている。
違う。
こんなつまらんことが言いたいわけではない。
逆の発想。

結婚式を6日間やりつづけるようなもの。
これだ。
えらいめでたいじゃないか。よし、これにしよう。
まあ、実際やるのは結婚式じゃないけど。

http://www.cbhs.jp/

今回の話の根幹は、僕が体験した実話がモチーフとされている。
「EXPO'85」においてもそうだったが、こういうことをすると、ほんとに現実と舞台の境目が曖昧になる。悲しい記憶が何度も目の前で再現されるし、感情がぶり返すし。
なんか、自分の「生」がぼんやりする。
まあ、そうなりたかったんだろうけども。

あくまでモチーフであって、発想の種子でしかないから、
当時の当事者たちが観ても、「ああ、あんときのことか」とは思わないだろうけど。
あくまで舞台の作品だから。見世物として育て、アレンジした。

つまり、僕は「記憶を商品化した」わけだ。

どうなんだろう。こうして文字にすると「刺青をいれた」とか「性器にピアスをした」とかに近いものがある気がする。

お!眠くなってきた。
いい感じだ。

とにかく。
今回はすごくストレートな芝居だ。

作家として「思いが伝わって欲しい」だの「物事を考えるいい機会になれば」だの「明日からの活力に」だの、そういう気持ちは一切無い。
ただ単に、騙したい。

驚いた顔がほころんでいく様を舞台から見たい。

つくづく幼稚だな。おれ。
今はそんなことを考えている。

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2008年6月22日 (日)

SSW

スウィート・ソウル・ミュージック。
板の上も外も、今回のチェリーはフラワー・ムーブメントのかほりがする。
やさしくて、儚くて、人の肌が温か過ぎて吐き気がする。

チェリーブロッサムハイスクールPLAY_④
「その夏、13月」
の公開も間近。

稽古は順調。グッドフィーリングだ。ナイスなグルーヴだ。
これはジャズだ。

仮タイトルで
「疾走するジャズの死に方」
という案もあったが、まさにその通り。
打ち合わせたコード進行の中で偶発的に発生するわずかな歪みや、
ズレがグルーヴを産み、発現した感情は即座に憂き目に会う。

セリフのテンポが噛み合った時のスィング感は、まさにジャズ。
その心地よさに登場人物の「ブルーズ」が加味されたときのマジックは、まさに60~70年代のロックンロールだけが持つ、荒々しくて儚いロマンチシズム。
もはや、僕の台本は僕の手を離れた。
もはや、今回の芝居に作家などいない。 

毎日、架空の「彼ら」に会えるのが嬉しい。

あと、半月にも満たない月日でこの架空は消える。
舞台とは、芝居とはなんとも儚いもので、
うちのチーム名が桜であることもなんかしらこういった感覚を暗示しているような気がしてきちゃったよ。
本番が終わればもう二度と
「彼ら」
には会えない。

仮に再演があろうと、この時間は再現できない。

時間は決して、戻らないのだ。

 

だから脳がさかさまになる。
吐き気がする。
いい意味で。

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2008年6月17日 (火)

私はそこに首を吊る

自分はチェリーの作家なので、いろいろとチェリーのことを知っている。
今回の出演者が知らないようなチェリーの事情も知っている。

ようするに、俺個人の秘密の事だ。

 

ここに、チラシ用にとしたためてボツになったキャッチの一部を紹介しよう。

 

「ふざけた朝は、涼しげに鳴く光

 まだ渇かない睫毛

 にじむコーヒーカップ、青色

 

 楽しい交通手段と

 かよわない心

 くだらない絵空事と

 希望のない絵画

 パイプ椅子に座る君

 唄っていたのは古いフォークソング

 庭で作ったサッポロ一番

 

 わたしたちの生活

 

 アパートメントで撮った写真は

 一枚も現像しなかった

 フィルムを轢き吊り出して、不必要には笑わない

 

 砂塵にけむる水飲み場で

 目 を洗う

 すぐに

 夜になる

 

 小指の爪で引っ掻いたような

 真っ白な三日月

 

 私はそこに首を吊る」

 

これは、あまりに抽象的ということでボツ。
で、次に書いたヤツをコンパクトにしたものが、今回のチラシ用キャッチ。
というわけだ。
http://www.cbhs.jp/

 

今日は稽古後、演出の柴田とふたりで軽く呑む。
互いに演出と作家という立場でありながら、ふたりで呑む時はそこに「同級生」というエッセンスが加わる。
これは、17歳の多感な自分達に再会する作業でもあり、表現における初期衝動の純性を確認する儀礼でもある。
あの頃の、エネルギーの向けどころも解からなくて馬鹿な事に執心していた俺たちに、「どうだ!」と見せられるものを、30を過ぎた今の俺たちは作ろうとしているのだ。

とか、そんな青臭い話はまったく無くて(実際はたまーにするけど)シビアに「何をどう効果的にお客さんに伝えるか」という話をした。
もう長い付き合いだから以心伝心かと思いきや、根本的に俺と柴田は正反対の人間で在るがゆえ、伝心できていない部分もあり、面白い発見があった。 
似た資質であったらツーカーで話す必要も無いのであろうが、それでは作・演を別にしている利点も無い。

「なんで演出もやらないの?」とは度々言われるが、余計なお世話だ。
このコンビでやるからチェリーブロッサムハイスクール。
柴田は役者を活かし、俺の本を活かしてくれる。
俺は漁師で、柴田は寿司職人なわけだ。
俺が演出もやってたら、殻のまま貝類出すし、ネタは不揃いで無駄にデカいぞ?
あと、ガリに執着するぞ。

最終的にふたりともいい予感のまま分かれたので、いい作品になると思う。
感触的にはハルストレムの「ギルバート・グレイプ」とかコッポラの「アウトサイダー」に近い感じかな。
俺は、登場人物たち=アーティスト達に「ステイ・ゴールド」と言いたい。
このタイトルの「その夏、」の部分にサマー・オブ・ラブを込めたい。

でも、作家のそんな気持ちは届かない。
届かないほどに、今回の舞台は切ない。

 
 
 

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2008年6月14日 (土)

ついでにちょっとまた君に電話したくなった

FUJIROCKまで、あと一ヶ月。
今年は、何と言ってもマイブラ。マイ・ブラッディ・バレンタイン。
おい!おい!おい!俺らには!俺らには!おい!聞け…。それ以外ないんじゃ…。それ以外ないだろ?全国のサンズアンプシンドロームたちよ!(大仁田風で)

むしろ、あえてマイブラしか観ない。3日間でマイブラしか観ないつもりだ。
僕はもう狂ってる。
想像してしまったのだよ。
SEなしでそぞろに現れるあいつら。ジャズマスター(ジャガー?)をダルそうに肩に掛けるケビン・シールズ。愛想笑丸出しのビリンダ。こっちは興奮しすぎて準備ができてないのに、すっげー自分勝手なタイミングで「Only Shallow」。
喜びを爆発できない間の悪さに苦笑いしながらも、変な涙がこぼれっちまうんじゃないかな?

そもそもなんでマイブラ。こんな好きなんだろう?
チケット取ってないけど。

? 
違う。こんなことが書きたかったんじゃない。軌道修正しよう。
昨日のブログもそうだ。
全然、書きたかったことと違うこと書いてる。
おまけにすごい暴論だし。

僕が書きたかったのは、チェリーのことだ。
いよいよ2週間を切った。

「その夏、13月」
http://www.cbhs.jp/ 

昨日、ショートムービーの撮影も無事クランクアップ。
でも、ムービーの出来は無事じゃない。ラッシュを見せて貰ったが、鳥肌が立ちすぎた。かなり毛羽立った。
やってくれた。イオリ・アパートメント、最高。
自分が思い描く心象風景を自分以外のアーティストにモノにされることはよくある。
これは悔しさもありつつも、感情のほとんどは嬉しさだ。
最近の僕のipodで言えばナンバーガールだし、ELOだし、デスキャブだし。

でも、他者に自分の「原風景」を形にされてしまうと、とんでもない焦燥感に駆られる。
これは恐怖にも近い。ドッペルゲンガーみたいなものだ。

出会ったらゲシュタルトが崩壊して、狂うんだよ。

やばい、ほら。また妙なこと書いてる。
何がゲシュタルトだ。意味わかんない。

 

そんな自分がゲシュタルトを大気圏までぶん投げて台本を書いた、「その夏、13月」。

稽古は、すこぶる順調。
それぞれの名前が薄れていく。今日はついに雪森しずくと名乗るメンバーの名前さえ忘れた。

ああ、名前と言えば。今回の物語の主人公が「ハナ」という名前で、役柄はカメラマン。
昨日、何気にジャケ借りしてきたギャラクシー500というバンドのアルバムの1曲目が「フラワー」で2曲目が「ピクチャー」だった。
なんかがシンクロしている。

いまごろ大気圏では、羽のない全裸の子供が笑っているだろう。
ファンキーな輪廻の只中にいることを実感する。
天国のあの娘に電話したくなった。元気でいるかな。 

 
 


 

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2008年6月13日 (金)

おおよそすべての父親役は田中邦衛に

ラストフレンズ。
先日のロケでこのドラマのロケと勘違いされたことや、話題ということもあり、
たまには、と思って観てみた。
今まで観ていなくとも、前半の20分でストーリーは大体分かる、緻密な構成。

ラスト10分の急展開で次週への興味を惹きつけるシーンの連続にドキドキ…せず。
フラグの立て方やセリフのシンプルさとオーソドックスから、常に数手先が読めてしまい、物足りなかった。
最近のドラマはこんなものなのかな。
なんとなくコンセプトや評判から期待はしてみたものの。
結局、諦観の構えで観終えた自分にちょいと自己嫌悪。なんか、無粋な観方をしてしまった。今学生だったら俺、明日が憂鬱だったな。

今回の肝は父にカミングアウトするシーンだろう。
平田満は好きな役者だが、この父親役がもし、田中邦衛だったら、それだけでこのドラマは名作だったかもしれない。異物だもん。邦衛が出てきた時点で読めないから。
邦衛の存在そのものがサスペンスだから。
(そんな異物が主人公のドラマはやっぱ凄すぎた。)

でも、これなんだろうな、と思った。「読める」と「読めない」のさじ加減の最新モードはこれなんだろう。かつての野沢尚のドラマなんて、たとえ青春群像やラブストーリーでも展開がまったく読めなくてドキドキしたけど。
今夜の話の内容、野沢尚なら第2話くらいで起きてたろう。倉本聰ならプロットにしかでてこないだろう。
読めないドキドキ感が欲しい。でも。

そんな高揚なんか、もう誰も欲していない。
「北の国から」はあの時終わってよかったんだろうな。
言葉や感情に刺激を求めるなんて、それはもはや90年代の錆びた価値観だ。
テレビのあり方は完全に変わった。

古い男になっちまったな。なんとも寂しい。
観なきゃよかった。

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2008年6月 8日 (日)

ORF

今宵。

オグリ・ロック・フェスティバルも佳境。

エアギターならまだしも、エアボーカルはまずい。

深夜の住宅街にフレディ・マーキュリーがいては駄目だ、

 

昨日、今回の脚本を書き上げ、只今ひとり打ち上げの真っ最中。

昨日は昨日でみんなで呑み、あまりにもいい夜だった。

今宵は、よりディープなブルーズと孤独の祝杯。

まあ、祝っちゃいないけどね。

祝うのは、終演後にお客さんの顔をみてから。

これは、よりミニマムなねぎらい。

 

毎回思うけど、今回もホントにいい役者たちと出会えた。

毎回思うけど、チェリーというチームを作ってホントによかった。

孤独が気持ちいい。

宇宙で命綱が切れたような、恐怖と快感。

浮遊した僕の命を、このチームが探してくれている。

とてもあたたかい。

 

 

稽古中に立つトリハダが多すぎて、肌荒れをおこしそうだ。

この場所に携わっている事を、心底幸いと存じます。

 

 

 

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2008年5月16日 (金)

放電

ブログ書くなら一行でもセリフ書けよと、自分でも思うが。

これは放電である。

 

ようは眠れない。

こういう、書くエネルギーってのは、いわば仮想メモリみたいなもので、

虚数とかそういう感じのエネルギーなんだな。

20代前半の頃みたいにムチャクチャな生活だったらこんな事に気を病まずに

済むんだけど。

バチって電源切ってOKなんだけどね。

30代ともなるといろいろあるから、ファミコンみたいにはいかないんだな。

30台の脳はパソコンなんだよ。

 

そういや、あの頃は一日が36時間くらいあって、二日にいっぺん寝る算段だった。

20代前半の無駄な時間。

古いカメラを持って、街の死景を撮って、俳句を詠んで、私景を切り取って、

雨宿りした潰れた電器屋の軒先で、春のにおいを嗅いでた。

こないだ見たら、あんときのフィルムは、現像されないままカメラの中に残ってた。

今回の台本では、そのフィルムを現像している。

いま、朝方のシーンを書いてるから、思う。

 

怠惰で感傷的で自虐的で、救いのない朝。

あれが今、欲しい。

テレタビーズを観ながら眠りについた、

あー!とか死ねー!とかいいながら寝付けなかった、

そんな腐った朝々。

寝ないまま、思いつきで行ったのが日光だった。

 

 

よし、今から行くか。 

 

 

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2008年5月11日 (日)

中目黒で会った

昨日ついに、顔合わせの日を迎えた。

チェリーブロッサムハイスクールPLAY_④

「その夏、13月」

手作り開始!

http://www.cbhs.jp/

 

いわば、日本酒を造るような感覚で舞台を作りたい。

水を選び、米を選び、じっくりと時間をかけて。

この場所でしか呑めない、地酒を造りたい。

 

で、できたらできたで

「岩戸から染み出す湧き水が、そのまま酒でした。」

と、うそぶきたい。

騙したい。ああー。騙したい。

「うまい」と言ってくれる人を騙したくてしかたない。 

 

昨日は顔合わせで、軽いブリーフィングを終えた後は酒を交わした。

この面子で交わす、最初の酒。

この味を覚えておこう。

最後の酒のとき、呑み比べてみよう。

全員が最高にうまい酒が呑めたらいい。

 

今回は何が起こるか分からないと思う。

作品も、現場も。

なんかもう、昨日本番が始まっちゃったような、境目のなさがある。

そう、たとえば、

台本が一枚もあがってないのもなんかの演出なんじゃないのかって。

あー、わからない。 

 

カレーを食おう。カレーを食えば正気に戻る。

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2008年4月27日 (日)

コンビニを取り戻せ

中国人や中国という国に対して疑問を持ち始めたのは、5年前だ。

当時、新松戸という町に住んでいた。
ダイエーの近くに近代的な建物が建築されていた。なんだろうと思って楽しみにしていた。
どうやら、街の中心部に流通経済大学の校舎ができるという。
へえ~、いいねえ。なんて呑気に考えていた。

その頃から、生活になんとなく違和感というか、「嫌なひっかかり」を感じるようになった。
毎日、なんとなく面倒くさい気分。
それは軽い自己嫌悪を持ってやり過ごした。

「貧しい国から来た人をむやみに差別するなんて、サバいぜ。」

確かにそんなことを思っていた。 その程度の認識だった。

それからしばらくして、バイト先が新橋になった。
ビジネス街なので朝のコンビニは超混雑。8台のレジがフル稼働している。
その日、二日酔いのぼんやりした頭がアレルギーを引き起こした。
直感的に「いやだ」と思った。

 

8台のレジ、全てが中国人。

 

立ち寄るコンビニを変えたが、そこも同じ。

帰宅して夜のコンビニをはしごした。
以前の「嫌なひっかかり」はこうなることを予感していたからなんじゃないのか。
確かめるために街中のコンビニをまわった。

新松戸の街のコンビニ、ほとんどのレジが中国人だった。
聞けば、流通経済大学は数千人単位の中国人留学生を受け入れたとのこと。
そして、新松戸に建った校舎は留学生のために造られたとのこと。
気持ち悪いくらいに親切だな。
ってことは、バイトの斡旋もあたりまえにしているよな。

「コンビニ」という超日常に外国人が常駐している。
仕事しないわけじゃないし、接客のレベルの低さも日本人の若者と変わらないか、勝ってるくらいなので、問題ないのかもしれない。
が、そういうことじゃない。

とにかく、気持ち悪いんだよ。

それから、先の大戦のことだったりとか仏教のことだったりとか勉強する機会に恵まれ、学んでいたら、まあ、出てくること出てくること。
中国という国が。
さすがに、アレルギーになってしまった。

中国のあさましさも、それに対する日本の許容も気持ち悪い。

まあ、国とか行政とかでかい単位でやってる話であって、個人レベルでの話となると論理の次元が違うんだけどね。

この辺の次元を行き来させちゃうからややこしい事になるんだよな。

とにかく、今中国で起きてることは戦争だし、現代倫理ではまったく許される余地がないこと。

日本は日本で、人権擁護法案なんて可決されたらチベットの二の舞になるかもしれないってこと。

それをわかってて推し進める政党は悪だってこと。(つーか悪い政党しかないじゃないか)

マスコミがキチっと報道すれば容易に啓蒙できるのにね。

亀田とかコウダとかの時はあんなに「正義」丸出しで謝罪させてたのに。「民意だ!」とか言ってイデオロギー気取ってたくせに。

今回はどうしちゃったのかしら。

今回の件に対する民意は?

まさか「スポーツと政治は別だもん!」なんて学級会レベルの意見を民意とは言わないでしょうに。

とにかく。

今回の聖火リレーの件は、こういった日常の膿がひねり出される、いい機会なんじゃないだろうか。

この方の日記が素晴らしいルポになっております。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=787996903&owner_id=2071143∨g_id=788238433

ミクシーにログインできるかたは是非とも一読あれ。

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2008年3月29日 (土)

川口純情ディスコード

今は川口には住んでおらず、世田谷にて、虫のような呼吸で生活している。

だからブログタイトルも変えなくてはいけないな、と思いつつ、

だからといって「世田谷純情ディスコード」では自分のモノではないな、とも思う。

なのでとりあえず保留。

タイトルは重要だ。名前だからね。

 

タイトル。

僕はタイトルから入ることが多く、タイトルが気に入らなかったりするとディスコードに陥る。

気に入ったタイトルが在ればスパパパーンとイメージがつながる。

恋愛などにおいても、名前は重要。これは、カギだ。

「あー、こいつ可愛いなあ。」

「話してて、楽しいなあ。」

「こいつの名前、なんだっけ?」

で、ナイスな名前だったりすると鍵が合って、開くわけだ。

最近だと、古風な名前にヨレる。

若いくせにおばあちゃんみたいな名前だと、いいなあと思う。

 

チェリーの場合、

「酸素」

「EXPO'85」

「まるで算数を知らないこどもたち」

と、自分で考えたんだからそりゃ思い入れのある単語がタイトルを作る。

次のに関しては、「思い入れ」から離れたいと思っていて、かなり難航していた。

「思い入れ」がないものなど、グッと来るはずがないのだ。

矛盾だ。

 

そして、やっとチェリーブロッサムハイスクールの第四回公演のタイトルが決まった。

http://www.cbhs.jp/

思えば最初の草案は「まる算」の稽古中から浮かんでいて、それから候補に挙がったタイトルは20を越える。

「db」

「the Generation NO.9」

「the Circle」

「壮絶なジャズの死に方」

「the Apartment」

…。

…。

「the」にこだわりつづけた結果、「the」はナシにした。

「the」が好きだ。ああ…。いい。「the」。

 

んで、桜が満開じゃないか。

ウチは「チェリーブロッサムハイスクール」じゃないか。

思えば、変な名前だ。

「チェリー」と呼称されることが多く、

こりゃ童貞という意味の隠語なわけで。

童貞差別主義者の自分としては少し不本意でもある。

 

だが同時に、どうしてもこの季節は、

童貞でない自分に劣等感を覚える。

「知らない」と「知る」は、「0」と「1」だ。

「1」をどんな情景にするのか、さんざ悩んで憧れていた「0」の時代。

「1」を決めてしまった時、高速計算するコンピュータのように、あっという間に自分の性は決まってしまった気がする。

マダラ蜘蛛糸のように、自分の嗜好は張り巡らされてしまった気がする。

あの夏の、妙な自己嫌悪はそんな退屈だったのかもしれない。

 

決まってしまうと、つまらないのものだ。

「0」と「1」のハザマの「0.5」の感覚が絶妙なんだろう。

いわば、ペッティング止まりの時が、なんかがピークだ。

今回のは、そんなタイトル。

「0.5」の引き返せないような感じをセリフに起こせたらな、と思う。

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2008年2月 5日 (火)

ホセ、もしくはエンリケ

気がつくと一月終わってる。

なんといってもワークショップは貴重な体験だった。

「まる算」が終わってしばらく経っており、いち舞台人として記憶喪失になっていたフシもあったため、芝居の現場は最高に刺激的だった。

刺激が強すぎて胃を痛めた。

「勉強になった」などと青臭いことを言うつもりはない。

ただ単純に、ここに出会いがあった。

出会いとは?

出会いとは?

明日また会いたいと思える状態のことを指す。

でも、それは現実になってくれない。胃が痛い。

今回はオーディションの残酷さを痛感した。選ぶ側もキツイんだな。

参加してくださった役者さんたちには本当に、

「ありがとうございます。」

に尽きる。

 

 

1/30の誕生日もパキっと過ぎた。

気負い過ぎずいい感じ。

友人からもらったお祝いメールのたまらん優しさにびっくりしたり、酔ったり。

舞台イメージ用に写真でも撮りに行くかと思いつつ電車に乗る。

トランスポイント(乗換駅)の情感で行き先を決めていたら、浦安に着いた。

海ね…。

自分の浅はかな感性に自嘲しつつ、イクスピアリに向かう。

なんとなく実感するのは20代と変わらぬ、渇いた感覚。

なんか醒める。

煙草を吸う。

「ニューシネマパラダイス」の曲が流れている。

 

自分は、なるべくきれいな気持ちで生きていたいんだなと思った。

歳を重ねるごとに、自分の中の何かがかすれていく気はする。

裏切ったり、裏切られたり、期待されたり、見下されたり、君がいてよかったと言われたり、死ねと言われたり。

結局いろんなことが相対化されていて、感性が鈍化している。

ファミ通の1000号が発刊されたこともあり、自分の少年期から振り返ってみたら、明晰夢を見た。

夢の中で夢と気付いても覚めない状態。でも意識は現実以上にクリアー。

世界を思いのままにすることができる。

「ネバーエンディングストーリー」のバスチアンのように。

真っ暗な世界の建物がいっせいに黄金色の夕焼けで光りだす、

莫迦らしいほど美しい景色だった。

バカだな、と思った。

 

キッチョム(吉兆夢)だと思って、希望と判断しようか。

とにかく今は、楽しいことを考えよう。

なんか有名なホテルのビュッフェ喰いたい。山の清水飲みたい。

なんでもいいからマンガ全巻読破したい。できればジャンプ黄金期の。

Wiiやりたい。ドラクエのレベル上げを延々としたい。

飛行機乗りたい。

安ワインをガブ呑みして一晩中踊り明かしたい。自宅で。

フラメンコギター弾けるようになりたい。薄暗い部屋がいい。

見知らぬ女に興味を持たれたい。

ホセ、もしくはエンリケと呼ばれたい。

パンツは白ブリーフ。

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2008年1月 5日 (土)

俺はパソコンに詳しい

27 IE7を導入した。

タブ機能が便利だ。シビれる。

こういうことを平然とできるようになった自分に酔う。

近頃はパソコンの得意な人とのパソコン談義に花を咲かせることもできる。

「他人のipodの曲を自分のPCに取り込むには?」

「itunesにおける音量設定は一昔前のMTRのリマスタリング機能に匹敵するか?」

酔う。

ほんの半年前まではOSの意味もわからなかったのに。俺はできる。できるんだ。

 

で、そんなことはどうでもよくて

Yahoo!動画「テアトルプラトーチャンネル」 にて、

チェリブロッサムハイスクール

PLAY_③『まるで算数を知らないこどもたち』が放送されます!

視聴方法など詳しくはテアトルプラトーHPhttp://www.t-px.com/)をご覧下さい。

パソコンで無料で見れる!!

もう一度観たい方、公演を見逃した方、是非ともこの機会に。

でもWINのみです。1/7~1/14までですよ。

 

 

観る。

観る。

最近、映画観てないなあ。

音楽聴いてないなあ。

ああ、調子悪い。

今日はビルの8Fのトイレの窓から暮れ行く世田谷を見た。

冬晴れの夕焼け。切れ切れの色濃い茜たち。

小津安二郎の「東京物語」が観たいと思った。

あれはどんな気持ちで撮ったフィルムなんだろう。

ビデオの音を消して、にごり酒をチビチビやりながら、みかんを肴に。

メグ・ベアードなどという舶来モノのフォークを聴きながら、今、深夜になった。

 

コーヒーのサイフォンから滴が垂れるように、一滴ずつ夜のジャズが溜まっていくようだ。

 

次は久しぶりにベルベットアンダーグラウンドでも聴こう。

ルーリードのノイズが染み入っていくはずだ。

脳にジャズが溜まる。

ジャズは静かに疾走する。

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2007年9月 6日 (木)

コナツ最後の日々

Y1pk_obqnrvgbv_t2r6j78wqfamdvj8hk6i チェリーブロッサムハイスクール

PLAY_③

「まるで算数を知らないこどもたち」

 

 

全日程終了いたしました!!

お越しいただいたお客様方に心より御礼申し上げます!

カーテンコールの拍手。

本当に嬉しくて、本当に作ってよかったなあと思えました。

 

あえて簡易に作家からの解説を。

チェリーとして3回目の公演となったわけです。

公に明かしていませんでしたが三部作となっています。

PLAY_①『酸素』のメインテーマが「呼吸」。

PLAY_②『EXPO’85』のメインテーマが「血」。 

そして今回が「身体」。

 

「酸素」の時に思ったのが現代社会の窒息感でした。だから呼吸を描きたかった。

呼吸によって循環するのは「酸素」。酸素を運ぶものは「血」。血を作るものは「身体」。

身体を作るものは?

セックス。

ことのつまり「こども」です。こどもに向けて何かを伝えたかった。

なので「こども三部作」と言っています。

最終的に僕が子供にどうしたいか。それを今回の作品でどう表現するか。

子供のいない僕には直感的に出てこない答えです。

行き着いた結論。それが「抱きしめる」ということでした。いろーんな情報に撹乱されながら、結局大人が一番しなくちゃいけないことはこれなんじゃないかな、と。

 

子供に限らず。

 

サブテーマは「情報社会」でした。

世界はいらない情報で溢れています。暗い森のようです。

鬱蒼とした森を抜けた瞬間の感覚。

その時の寂しさや不安。

情報の森を抜けた後なので、どうでもいいことを散々考えているでしょう。

その時、傍に人がいるなら抱きしめてあげてほしいのです。

常識も良識もしがらみもなんもかんも、一瞬だけ捨てて。

最も原始的な情報を伝えてあげて欲しいのです。

おそらくそれが一番大切な情報。

スキンシップという風習のない我々日本人や東亜諸国だからこそ、情報化が進みすぎているこのタイミングでどうしてもやりたかった話でした。

 

やっぱ、テーマについて話すと重くなりますね。

ここらで控えます。

 

 

まだ、テアトルプラトーさんhttp://www.t-px.com/にてWEB公開が控えているので、

ネタバレは程々に続けます。

 

コナツという名前が出てきます。

七尾旅人というアーティストの楽曲「コナツ最後の日々」からとりました。

歌詞はよく聞き取れないのですが、はっきりと聞こえるバースが

 

「これからのことを伝えたいんです。このコナツ最後の日々に。

 顔を上げて、感じる。震えが止まらない。」

 

 

では、逆に「抱きしめられない」状態はどういう時か?

自分に自信がない。関係が浅い。

うん。これはなんとでもなる。

一番厄介なのは、罪悪感。

「私がこの子を抱きしめてもいいんだろうか?」

「僕がこの子に触れていいんだろうか?」

これこそが余計な情報。おのれで作り出した余計なモノです。

感情さえあればいい。どんなクズ野郎でも。

 

これからのことを伝えるのは、とてもドキドキします。

現実になるであろう未来を語るとき、いつも震えが止まらないです。

ある時は顔を上げられないです。

でも躊躇してたらいけない

コナツが最後に伝えたいものを、しっかりと受け止めてあげないと。

 

うーん。無理やりつなげたかな?

 

とにかく。

 

ご来場、ありがとうございました!!

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2007年9月 4日 (火)

「呼んできて」

楽しい。

http://www.cbhs.jp/ 

本当に舞台は楽しい。

僕の演じるシーンでのお気に入りのセリフが

「呼んできて。」

なんか酔ってしまう。

たまらんものがある。理由はよくわからない。

客席には背を向けているので、その顔は見えない。っつうか、見せない。

非常にこっそりとした、僕の愉しみだ。

その顔を唯一見ているのが、今回「純子」という非常に難しい役を演じている宮本奈津美さん。

うん。

ごめんね。

 

 

明日が楽日。

終わったら少しオフになる。

前回のエキスポから気を抜ける時間もなくテンパり続けた半年だった。

明日を終えればようやく本当の休みが来る。それは正直、ずっと望んでいたものなのに。

やっぱり、終わりたくない。

もっと芝居がしたい。

それは明日、終わる。

 

 

チトセもはじめも

純子もDも

サトウ先生もミト先生も

ウサミ先生もカツトシ先生も

タグチさんもムグルマさんもマチコさんも

阿刀田さんも、オオモリさんも。

すべての登場人物が愛しくてたまらんのです。

明日で、僕が演じるヨモギともお別れ。

 

僕の人生の10曲のひとつ。ハイロウズの「青春」。

「時間が本当にもう本当に、止まればいいのになあ。ふたりだけで青空のベンチで、最高潮のときに。」

そんな気分。

 

最高のキャスト陣、スタッフのみなさま、お手伝いのみなさま、チェリーのメンバー、そして本当の意味で舞台を完成させてくれるお客様。

ありがとうございます。

あした、もうひとつ最高のモノを産みましょう!

 

最高潮の予感がする!

呼んできて!

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2007年8月29日 (水)

スターダスト

かなり前にも書いたけど、僕のヒーローの1人

「デヴィッド・ボウイ」

Siggy  

 

 

圧倒的な意味のわからなさに完璧なロマンチシズムを覚えたのが丁度7年前。

それ以来、仮面ライダーに次ぐ僕のヒーローだった。

特に好きなのはもちろん「The Rise And Fall Of Ziggy Stardust

Jigi  

 

 

異星人であるジギーがスーパーマーケットの駐車場に降り立つ。

「これからの五年間(Five years)を思うと気が狂いそうになる。頭に貼りついて忘れられないだろう。ただし、地球にとってこれが最後の五年間だ。」

母親達の日常会話に過剰すぎるほどの絶望を覚えたジギーはそう口にする。

だが、ジギーはスターとなって子供たちにブギーを与える。

「どうか子供たちにブギーを!」

その子供たちはMoonageと呼ばれ、白昼夢の中で踊る。

ジギーはやがて火星の蜘蛛たちとバンドを組み、客席に手を差し伸べる。しかし熱狂の最中では彼の愛は掻き消される。

少年はブルージーンズを履いていた。ジギーのステージは彼にとって恐怖にも近い恍惚だった。長い夜を越えて彼はレディ・スターダストになった。

それは

「こわいぐらいに美しい」

出来事だった。

ステージを降りたジギーは朝日に焼かれる。

時間をシガレットで燃やしながら自殺をした。

「手を差し伸べてくれ。君は独りじゃない。」

と独り言を言いながら。

その独り言は絶叫にも聞こえる。

 

その時、五年間が過ぎていた。

 

 

みたいなストーリーがこのアルバムの中で展開される。

今、うろ覚えの歌詞を適当に訳しただけなので本当にテキトーなのだけれど。

ポイントは

「子供たちにブギーを!」

という点。
なんかもうよくわかんないんだけど、夢がある。

この感じは仮面ライダーにも似ている。

異形の悲しみと無償の愛。暴力のようなやさしさがここにはある。

 

 

んで、今回のチェリーブロッサムハイスクール。

Play_③「まるで算数を知らないこどもたち」。

http://www.cbhs.jp/

今回も前二作に続いて脚本を担当させてもらったわけで。

この

「子供たちにブギーを!」

というマインドをバシっと込められたと思う。

ジギーのストーリーとはまったく関係ないけど。ソウルは同じ。

子供たちにブギーを。

 

なんだかさっきプレイボーイを立ち読みしたら、今の30才前後は「ロスト・ジェネレーション」とか呼ばれているらしい。ザッとしか読んでないから記事はわかんないんだけど。

「喪失の世代」ということなのかな。

まあ、いろんな時代の波の「谷」にばかり遭遇している世代ではある。

チェリーはこの世代。

世代自体になんの期待もされてない世代。

だが、子供たちにブギーをあたえることの出来る最初の世代だ。

今回の作品でそれを証明できると思う。

ブギーとは何か?

 

それはいずれ分かる。

近い将来、全ての子供たちはブギーを踊る。

あと五年もすれば。

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2007年8月21日 (火)

世界は鳴り続ける耳鳴りのようだ

ただ、それが心地よかったりもする。

ライブ後などに後日鳴っている耳鳴りはなんとも酔える。

僕はipodなどを音量全開で聴いてしまったりするので日常的にそういうことはある。

今回の「まるで算数を知らないこどもたち」にはそんな心地よさがある。

稽古で出来上がっていくシーンを見るにつけ、チェリーという共同体そのものの表現力やチームワークが強度を増していることを実感する。

一年前の「酸素」のときに感じたうねりはいまだ続いている。その音色は耳鳴りのようだ。

血液の流れる音にも似ている。

 

脚本を書き終えて、今少し明け方の商店街を歩いた。

「提灯まつり」と銘打たれた幕が弱い風になびいていた。

そのぼんやりとした明るみが道を滲ませていて、なんとも可愛らしい。白い猫が逃げずに鳴いていた。

提灯の連なりに、供養を連想する。

川口という町で消えていった命は無数にある。

そのひとつひとつが子供のような純真さでこの静かな朝を見ている気がした。

ここはそんな町だ。

死者はいつまでも懐かしい。

「忘れないことも供養」

「忘れることも供養」

盆も過ぎてしまったが、死者が近くに感じる。

そろそろ蝉が鳴き出す。

 

夏だ。

世界は鳴り続ける耳鳴りのようだ。

悪くない。

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2007年7月30日 (月)

選挙してる場合じゃないけど

ウチの目の前が投票所だったので、散歩がてらに行った。
政治は勉強すると面白いから、いろいろ考えて楽しみたいところだが、今回はそんなヒマは無い。

先週の台風の日にレッズのユニフォームみたいの来てずぶ濡れで走ってた人に入れた。

今回は選挙権放棄するつもりだったんだけどな。投票所が小学校だったから、なんとなく校舎の中が見たくて行っちまった。
前もそんな動機で選挙行った時に政変が起きたから、くだらないシンクロニシティを感じたりして。

まあ、とにかく、久しぶりに嗅いだ学び舎のかほりはたまらんものがあった。
台本書いてる真っ最中なので、ここの教室でのストーリーがガンガン浮かぶ。
アイポッドでフィッシュマンズの「頼りない天使」を聴きながら、なんだかものすごくあたたかい気持ちになる。

うん。
今回の話はかなり書くのが難しい。
「まるで算数を知らないこどもたち」
というタイトル。
数式みたいに複雑に絡ませながら解ける快感を提供したくて、シコシコ書いてる。
数式ってのはもともと現実を証明するために発明されたもので、だからこういうものを取り扱ってると書いてる方は結構キツい。
現実が描きたくて書いてる作家なんかいない。
現実が変わる可能性が描きたくて、みんな描いてる。

というわけで、なんつーかその。
今日の学び舎で見た子供たちの幻影だとか、そこにある可愛らしいニオイが「可能性」になってほしいなあ。
数式で解けないような可能性があってほしい。
何言ってんだかわかんねーや。

とにかく、よろしくです。
http://www.cbhs.jp/

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2007年6月16日 (土)

ベヘリット

因果なものです。

 

先程、見知らぬ携帯番号から着信がございました。

とってみると、

「おひさしぶりです…。」

と、女子の声。

『女子』です。明らかに中学生か高校生。

まったく身に覚えがございません。こちらも緊張します。

酒に酔って失くしたであろう記憶の断片を召集しますが、ありません。

そんな記憶、ございません。

彼女はそんな僕の狼狽に気付きもせず、会話の本題に入ろうとしています。

まさに、告白されそうな、もしくはヨリを戻されそうな勢い。

まてよまてよと思い、

「すいません。どちらにお掛けですか?」

と、水を差してみると

「え……?」

と絶句。

こちらも絶句。

この無言の緊張感がなんとも懐かしく、心地良いです。

(ぼくは部外者なんだけど。)

 

「イクミくんですよね?」

と聞かれたので、率直に

「いいえ、小栗剛です。」

と答えてみました。

少し傷ついた様子で電話を切った彼女。

イクミくんは悪意で違う番号を彼女に教えたのでしょうか?

違うと信じてます。

うまくいくといいですね。

 

 

いまどき間違い電話ってのも、オツですね。

ほっこりします。

 

 

ところで、

そのあとにもう一発鳴った電話。

それは実に3年ぶりになろうという知り合いからの電話でした。

彼はかつてちょっとばかり名の知れたバンドマンでした。

その彼が紆余曲折を経てライブハウスの店長になったとのことでした。

「用件はなんだい?」

と聞くと、

「小栗くん、音楽はまだやってるのかい?」

と。

アコースティック系のイベントを企画しているので出てみないかとのお誘いでした。

たまたま全裸だった僕は、全裸のまま硬直しました。

かつて『チェリーブロッサムハイスクール』という曲を作って、レコーディングした時、ベースのパートを作ってくれたのが彼。 

因果なものです。

…。

 

つうか、どうしよう。

とりあえず、服を着よう。

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2007年6月14日 (木)

日々、ジュビリー

滞っておりました。

 

今後も、「まるで算数を知らないこどもたち」の台本が書きあがるまでは滞りがちになると思います。

コメンツ等、返せないことも多くなると思いますが。

いつも、うれしく思っております。感謝しております。

ほんとに、ありがとうございます。

 

さて、この無言の日々。

いろいろなことがありました。

書きかけの文章が結構残っていたりもしますし、書きたいこともたくさんあるのですが。

今後、台本としか向き合わない日々になりますので、

日常では何も起こりませんので、

このところの無言の日々の出来事を徐々に小出しにしてアップしていこうかなあ、と考えております。

 

んー。と言っても、あんま無いな。

とりあえず、予告。

「中学の頃の友達が結婚した」

「やっぱり土手が好き」

「部屋にてんとうむしがいる」

一番上以外、地味だな、おい。生きてんのか?おれ。

…。

無理やり更新してしまいました。申し訳ない。

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2007年5月18日 (金)

赤羽ドリーミン

滞りがちなブログ状況はもちろん憂いています。

 

間が空くと書こうと思っていたことが取り止めもない状態に陥るのでよくないですね。

箇条書きになってしまいます。

 

①5/13「味わい堂々」を観劇

うちの「EXPO'85」において小島千代(チヨ)役で出演していた宮本奈津美さんの所属する「味わい堂々」http://www.geocities.jp/ajiwaidou/

旗上げ公演である『母の日』を観劇。

宮本さんは好きな役者です。エキスポ時とはまた違った芝居が観れて楽しかった。

普段はボケっとした感じも否めない宮本さんですが、改めて彼女の頭の回転の速さを実感しました。舞台に上がるとなんかよくわからないものが憑依してますね。それがホントによくわからないから、この女優のポテンシャルには昂ぶるものを覚えます。

あくまで小栗の私見ですが、深夜にテレビでみる映画のような得体の知れない不気味さが漂う舞台でした。好きです。

いろんな魅力の片鱗があって、いろんなエレメントが垣間見えました。

今後は、数ある要素(可能性)のどれを特化させていくのか。僕のツボなところだったら嬉しいです。

 

②ユーミン

最近、軽く不眠症らしく、睡眠に充足感を得られません。

夢を見ている時間が長過ぎるのです。

夢の中では6時間経っているのに、ハッと目を覚ますと40分しか過ぎていない。要するに眠りが浅いのです。

実質の睡眠時間は4時間程度。体にも脳にもよくないですね。

ただ、こんな時に観る夢は総じて面白いですし、覚えやすい。

人生の三分の一が寝ているわけですから、「覚えている」というのは「もうけている」ということです。

だからといって、浮かれていると明晰夢というのを観てしまいます。

これは「夢の中で夢だと気付いても起きない」というモノです。

夢の中でそのことに気付いた瞬間、とんでもない状態になります。

よく知りませんが、ドラッグってこんなんだろうなっていう覚醒感です。

ぼんやりとしたモノの感覚が現実以上にリアルな触感で感じれます。アスファルトの凹凸の細かさも、大気の臭いの粒子も。そこにあるモノに触れようものなら、指の先から波が引くように遠くまで拡がっていくわけですよ。怖いですよ。それは快感なのですから。

で、そんな時に荒井由実の「ひこうき雲」がかかっていたりするわけです。

ズワーっとなって、号泣しますよ。それ以外になんも行動の選択肢が無い。

美しい歌は、大概、どうしようもなく悲しい歌詞です。

自殺しちゃった友達のことを謡っているわけですが、天下のユーミンがこんな曲でデビューすんなよって思います。

デビュー曲がコレ、というので僕はユーミンが好きです。http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=36235(歌詞のみ)

ほんと、どうしようもない。

よく、文学やら哲学やらの界隈では「メメントモリ」というキーワードが登場します。

これはフランス語で「死を思う」という意味です。

生きている人間は何かと驕ってしまいますからね。

いいんじゃない?たまにはこういうのも。と。

 

③赤羽ドリーミン

都内で呑んだ後は大概、赤羽で降りて川口の自宅まで歩きます。賞味一時間。

これはもはやライフスタイルの一環です。

赤羽まで行ける時は川口まで行ける電車はありますから。

「歩くか、乗るか」

という選択をするわけですが、ほぼ歩きます。

つまり、週に1回は歩きます。

 

最近は呑む機会も少なかったので、今日はひさしぶりに「歩く」を選択しました。呑んでいなかったのですが、列車を降りた瞬間の初夏の匂いが決め手でした。

赤羽の商店街を抜けて122に出ます。

荒川を渡り、遠くの橋を走る電車を見ます。

何度も鼻腔を衝くのは新緑の香り。昼の五月雨に濡れた後なので尚更強烈です。

来月に結婚式を挙げる中学校の同級生のことを思いました。

あいつの結婚式でやる余興はどうしよう?

歌でも唄うか。

僕らはブルーハーツが好きだったなあ。

ふとよぎるのは「Too Much Pain」という曲。

 

「はみだしものたちの遠い夏の伝説が

 廃車置場で錆付いてらあ

 灰色の夜明けをただ黙って駆け抜けて

 あなたに会いに行けたらなあ

 忘れない 月明かりに濡れた

 人気の無い操車場で

 それぞれの痛みを抱いたまま

 ぼくら 必死で分かり合おうとしてた

 歯軋りをしながら

 あなたの言葉が遠く

 旋律のように

 頭の中で鳴っている Too Much Pain 」

  

んー。却下。

だめでしょ。こんなん。愛しすぎ。

やっぱオリジナル作るか。時間あんのか。「まる算」の脚本は捗ってんのか。

それだよ。おい。

やっぱブログ書いてる場合じゃなかった!

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2007年5月 5日 (土)

リハビリ中断

所要があり、横浜に。

 

駅前のざわつきを見、GWだということを実感。

横浜の人気のないオフィス街を歩く。ボルヴィックのレモン味を飲みつつ、ひとり浜っ子を気取る。

繁華街とは離れ、ほどよく閑散。なんだかノンビリした気持ちになる。

足を止め、煙草をくゆらす。遠くに目をやる。

高層マンションの一室のベランダから、Tシャツのおっさんが出てきてボーっとしてる。

おっさんを見てたらビールが呑みたくなった。

ビールと枝豆と、ナイター。GWの夜はこんながいいな。どれも好きじゃないけど。

 

子供の日じゃないか。

すっかり気付かなかった。曜日も日付けも感覚が麻痺してる。嫌な感じだ。

 

Theピーズの『リハビリ中断』を聴く。

「鉄道6号」という曲が、特に今日はナイスチョイスだ。

 

鳥肌ポイント:

「どれくらい過ぎただろう 10年 いや5分 5秒」

の5秒の瞬間にゾワッ!

「汚れる程 汚れる程 愛しい眺めがおかげで 増えるよ 悪くはねーね」

愛しい眺めという言葉のチョイスにカッツーン!

「こんなもんか 終点まだか ダラダラ線路は続くよって しぶてー」

から

「まだ走るよ 生き延びるんよ」

の流れでパッキーン!

 youtube捜して貼ろうかなあとか思ったけど、あんま貼ってると削除されるからな。

 

子供の日なので子供の頃を思い出してた。

あんま無い。子供の日の記憶。サッカーの試合やってる風景ぐらいしか思い出せない。

よくもまあ、休みもなく毎日練習してたもんだよ。5月くらいだと丁度、町の選抜チームを作る時期だったかな?選ばれた時はすっごい嬉しかったなあ。家でもユニフォーム着てたんだよな。試合の帰り道に買い食いして大騒ぎして。あの時の会話の内容とか、思い出したいもんだね。さっぱりでてこねえや。

 

 

 

夜、川口に帰ってきて、やっぱこの街は好きだなあと思った。

駅前のクソガキも、親に抱かれて寝ちゃってるお子様も、やっぱ川口の子って他の街よりも愛くるしい。

なんか、不細工で。

はあ、お疲れさんだよ。みんな。

僕もいいとこまで辿りつこうかね。愛しい眺めは今日、また増えたよ。

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2007年4月30日 (月)

まるで知らないこどもです

4/28、4/29の2日間、チェリーのワークショップがありました。

参加してくださった皆様、ありがとうございました!

とても楽しかったです。ひさびさに笑った!

 

http://www18.ocn.ne.jp/~cbhs/home.html

渡部ラムや雪森しずくのブログも様子について触れてますので、覗いて見てください。

 

「酸素」や「Expo'85」の出演者も駆けつけてくれたり、また、今回のエキスポを観てチェリーに興味を持って下さって参加してくれた方がいたり。

ゲームやサッカーも面白かったけど、やっぱりエチュードが一番面白かった。

自分は観てるだけだったんだけど、ほんとに「役者ってすごいなあ」とつくづく思った。

即興で雰囲気とかストーリーのうねりとか造れちゃうんだもんなあ。一瞬の閃きとかテンパリとかがまた、いい味になって。

いっぱい笑わせてもらったし、ちょいとホロリともさせられてしまった。

 

って、なんかちょっと頭の悪そうな文章になってしまいましたね。

しっかりしないと。

 

さあ!

五月です!

景色が綺麗。4月と5月は特に好きですね。4月はもちろん桜に尽きますが。

5月。

緑がバーっと増えて、いつも風がざわついている。

なのに景観は非常に静か。なんだかいつもどこかに静寂がある。静寂の「寂」がある。

んー。

実家。

実家帰りてえかも。

田舎なので大きな家がたくさんあります。庭にちょっとした林があったり。

そんな集落を原チャリで走るのがたまらなくいいのです。

新緑の青臭さとホコリの匂いが混じって、その合間を縫って飛んできた小さい虫が頬に当たり、死にます。

夕方に遠く、市街の坂に点り始める街燈。

人気のない農道。

東の空からゆっくりと夜になっていくのを背中で感じながら、迷子になります。

それは、とても静かです。

目的もなく走り、目的もなく停まる。

まるで何も知らないこどものように、素直に「寂しく」なる。

自分が亡霊にでもなってしまったかのような5月の感覚は、

相反する「高揚」という感情を産む。

 

そうだな。なににも頼らずにハイになれてたな、ちょっと昔は!

5月。ナチュラルにがんばっちゃおう。

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2007年4月28日 (土)

My life as a dove

明日はチェリーのワークショップ!

楽しみだー。

 

ちょっとだけ久々に酔ってみている。執筆モードに入ると妙にストイックになってしまって、人生が楽しくない。鳩のように生きたいと常日頃思っているものの、この作業の時ばかりはどうも蛇っぽい。

ポッポポッポ言いながらちっちゃい幸せをついばむのが、僕のライフスタイル。

たとえば。

2007_013 このマグカップ。

結婚式の引き出物?でもらった。

こいつで豆乳を飲むとリラックスしたナイスな時間が過ごせる。手で持った重みと質感もグッドだし、デザインが多少、女好みっぽいがオシャッた気分になる。もちろん豆乳もうまい。

やっぱ食器にはこだわらないとな。前々から思ってはいるものの、なかなか踏み切れない。

次。

2007_020 このギター。

去年に一目惚れして買った。

基本、ちょっと乾きつつも丸みのあるいい音を出す。弦をマーチンあたりにしてゲージも軽めにするとかなりイカしたコードストロークができる。

僕はエリクサーという弦を張って、フィンガーピッキングでやさしい感じの音を出して喜んでいる。指盤から指に吸い付いてくるような感触がたまらん。

ってか、

なんつってもこのボディーの絵が決め手。

2007_021

おじさんがいて、カウガールがいて、馬がいて、空が綺麗。

 

マグカップに豆乳。ipodにギター。

小栗の夜を彩るちっちゃい幸せたち。

と、今宵はいかにも「ブログ」な感じで書いてみた。

なかなか楽しい。

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2007年4月24日 (火)

ネタバレ禁止

作り手として、大好きな言葉。

「ネタバレ禁止」

 

バラしたくてしょうがないのに、「ネタバレ禁止だから詳しくは言えないんだー。」

とか言ってうそぶいてるのがすごく好きだ。

大体がチェリーにおいて特にそんな取り決めはなく、自分で勝手に禁止という設定にしてひとりで盛り上がってるだけなのだが。

でも、公演間際になるとメンバーはもちろん、客演の役者さんたちもみんなネタバレに関しては気を遣ってくれる。

と、言うのも僕が書く台本は随所にネタバレポイントがあるので、ストーリー説明なんかフツーに言ってしまうと「サプライズ」が半減してしまうのである。ある意味、デリケートな台本であり、みんなにはその点、悪いなあとも思う。

 

んで、次回作の『まるで算数をしらないこどもたち』。

 

今日は劇場を見に行ってきた。次回の舞台を作る「中野ウエストエンドスタジオ」。

都内の小劇場界では有名な所なんだけど、僕はあまり演劇を観ない方なので、ここは訪れたことがない。とは言え、「劇場」という建物自体が僕のフェチシズムに感応するので、とても楽しみだった。

見て思ったことは「ホントに演劇やるところだなあ」と。

前回の『酸素』は池袋の「シアターグリーン」。旗揚げで舞い上がっていたので劇場を見学しても何も感じれなかった。記憶が無いので割愛。

今回の『EXPO'85』は大塚の「萬スタジオ」。僕のフェチシズムの感応する、天井が高い劇場。とは言え劇場をどう利用するかとかは柴田まかせ。「とにかくいい所だ」どまり。

次回の『まるで算数をしらないこどもたち』。次回も天井が高い。ナイス。

(ちなみに天井が高いという点で明大前の「キッドアイラックホール」も好きだ。40人位しか入らないけど。)

演出の柴田と振付担当でありブレーンでもある荒川くんとああじゃないこうじゃない言いながらアイデアを話す。

台本の構想の枝葉が折れた。

これは言わば、盆栽。

 

 

次回で描きたい「美」が浮き彫りになる。

 

帰りにみんなで、最近にしては珍しいダラダラとしたミーティング。

ちょっとした放課後みたいなノリ。ハイスクールなだけに。

野田さんが青い火の出るマッチを持ってたり、ラムのメガネ面を見たりで楽しげな時間。

雪森が客演で出演するプリセタの稽古で欠席だった事が心残りだが、なんともポテトの旨く感じる時間だった。

 

帰りにひとりになり、赤羽から川口まで歩く。

賞味一時間。ipodを両耳に挿入。BGMは「B」のつくアーティスト。

ビートルズやブレンダン・ベンソンやビョークやブッカー・Tで、ナイスな時間。恒例にしている川口神社への参拝(マジでご利益あり)も軽く済ませ。

来た。

 

おもろい。次回の「まるで算数をしらないこどもたち」。

通称「まる算」。

ああああああああああああああああああネタバレしたい!!!

 

もともとエキスポの初稿書き終えた直後に浮かびあがっていた話だったんだけど、エキスポに集中するのにバシっと止めてたんだな。「役者になる」がエキスポにおける僕個人のノルマのひとつだったわけで。役者としてはほんと、大根の域を出てないから。本気で自分が書いた本だってのはわからなくなっちゃてたし。使う脳がまったく別次元なのよね。

 

「次はどんな話?」

「次はどんな役?」

「どんな音楽使うの?」

 

聞いて欲しい。答えないけど。

散漫だったイメージが収束し始めた瞬間というのは、言わば、童貞を失う前夜に似ている。

誰にも教えない。恥ずかしくも気高い夜の思考なのである。

 

是非ともお楽しみに。

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2007年4月20日 (金)

「Expo'85」リ・ボーン

正式発表を待っていたので、若干タイムラグがありますが。

4月14日未明。

「EXPO'85」にて『海老沢尚子』役を。また、「酸素」においては『ハスミ』役にて出演していた

雪森しずく(旧名・中野妙子)

チェリーブロッサムハイスクールのメンバーに加わることになりました。

http://www18.ocn.ne.jp/~cbhs/

皆様、よろしくお見知り置きの程を。

 

6人になったチェリーです。土曜。その日はメンバーのみのミーティング。やはり1週間前とは明らかに顔が違う5人、と僕もおそらく。

リラックスしつつ、ポジティブな会議内容は長くに及んだ。チェリーの前途はハードで楽しい。チームとしての強みが増している。僕もちゃんとみんなに遅れないようにしないと。

ミーテの後は焼肉。うまい。

タエちゃん(雪森)の芸名を考える。芸名を付けるときはみんな、変なテンションになる。特に柴田。絶対に使えないのしか挙げない。

前回の芸名会議で散々な目に遭った荒川くんはビシッと自分で考えてきてた。

「荒川修寺」

グーの音も出ない。いいじゃない。野田さんもそうだったが、やはり柴田に付けられるより早く自分でいかないとな。そういや、僕もさっさと自分で決めた。

思い出すのはラムの時…。あんな女なので候補名は実生活に支障をきたしそうなすごいものが羅列した。ラムに決まってよかったね。

 

さて、プライベートのライフスタイルがとてもオシャッているチェリーの面々。

最終電車には乗らず、ビリヤーズに興じる。写真を見てもらえば分かると思うけど、僕は撮ってないので、他の人のブログを参照してください。上のHPから飛べます。

とにかく、ラムに負けたり、雪森になめられたりしたのが悔しかった。女め!

 

 

日は過ぎ、「EXPO'85」出演者で再集結。渋谷で呑む。

公演から日も過ぎて、少し落ち着いてきた所。みんな多忙の中、なんと全員が集まった!しかも舞台監督の順平さんまで!!

けっこうみんな「終わってから寂しいんだよね…」との感情を吐露。

そうなんだよな。今回、妙にさみしい。5回しか打たなかったせいもあるのか、ハードな稽古の日々の反動なのか、はたまた役への思い入れの強さなのか。

思わず、僕とひろひさ(邦夫役)なんぞ「あのシーン、まだできるよ。」なんつってコソコソとセリフあわせをしてしまう始末。苦笑いする雪森。やさしく見守る野田。

テーブルの随所でわずか1ヶ月半ばかりの日々の出来事が思い出として語られている。

1年半くらいの(もっとそれ以上の?)濃度で。

 

感慨深かったなあ…。ハードな作品だったけど、乗り切れた理由が分かった。あんなに殺伐とした物語なのに、人間の味やニオイが溢れた優しい作品に仕上がった理由が分かった。

この人たちの人間の素の温かみなんだな。

やっぱり、今回の公演は幸せな体験だったと思う。

 

 

こうして、板を降りた(舞台を終えた)僕たちは、それぞれの日々に散らばっていく。

この繰り返し。何度でも。

繰り返せるだけ繰り返したいものだ。

仲間にもスタッフにも、お客さんにも。友達にも親にも。 

今回は、熱をたくさんもらった。

有難いものだ。

この熱を喰う。

飢えた野武士が握り飯を喰らうように「ありがてええ!!ありがてええ!!」と。

 

そうして一足先に、次回公演の台本執筆という孤独な作業にダイブするのです。

また「繰り返す」ために!

さみしいけど。

いってきまーす!

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2007年4月17日 (火)

薦めたくてこの苛立ち

メガネを無くしました。

 

極度の近視なので裸眼だといわば「プールの中」です。

今日などは雨なので東京は水中都市のようでした。ワンダフル。

 

帰宅してメガネを探せども、見えないので見つかりようもなく。勘でまさぐれども手に触れるのはバームロールの空き袋ばかり。困った。いよいよ困った。

誰か助けて欲しい。

独りじゃダメだ。

そうだ。あの子が居てくれたら…。

 

僕の脳裏をよぎった「あの子」とは、

そう。

 

おちょなんさん。

ご存知の方には「今さらおちょなんかよ。」と言われそうですが。そうですよ。いまさらですよ。

今日、薦めたくて苛立つ漫画は週刊少年チャンピオンに連載中の

「不安の種」

です。

作者は中山昌亮という方。

今年の一月の連載開始早々、あまりのツボっぷりに久々に感嘆した漫画です。

大体が3ページか4ページで終わるショートオムニバス。

ホラーなんだけど。説明とか全然ないし。これが生理に来るっつうか。たまらんのですよ。

タイトル通り、不安の種だけを読者に植え付けて終わり。っていう。

こういう無責任なスタンスでやられると読者としては最高の気分になれます。

三十路突入後、初のインパクトはこの作品でした。

 

んで、掲載直後から2ちゃんなどでも話題になっていたらしく、僕の知らぬ間に有名になっていたのが、そんなオムニバスの内のひとつ「おちょなんさん」。確かに、僕がこの漫画のファンになったきっかけは、おちょなんさんです。

さわり↓

「ぼくのうちは ぼくとおとおととおかあさんと たまにおとさんと それからおちょなんさんがいます」
「おちょなんさんは みんながいるとき かくれています ぼくだけのとき うちのなかおぐる ぐるまわります」
「おちょなんさんの かおは、こんなです」

 

(画像、下の方に貼りますよ。

 怖いの苦手な人はスクロールしないように。)

薦めたいのに、怖いからなかなか薦められない。

ストーリーテリングの手法も、感覚に訴える言語のチョイスとか、キャラクターの造詣のセンスとか、もう大好き。

才能に出会うってのは喜びですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Photo_12 こいつが僕の部屋を歩き回って、メガネを探してくれるわけです。

 

メガネ、みつかりました。ありがとう。おちょなんさん。

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2007年4月16日 (月)

「いってらっしゃい」

チェリーのHPのプロフィールにも書いたんだけど。参照→http://www18.ocn.ne.jp/~cbhs/

僕は「いってらっしゃい」という日本語が一番好きだ。

独り暮らしという現状で、こういう家庭的なモノに対する憧れもあるんだろうけど。

要するには言われたい言葉ってことだな。おい。さびしんぼう丸出しじゃないか、小栗。

 

逆に、言えるか、と。自分に問う。

この言葉は「送り出してやる」ってことなんだけど、心配だけども「送り出してやる」ってのはある種信頼の気持ちだったりしてさ…。なんつうか、その。

例えばそいつが「本番」に挑む時に言いたいんだよ。ホントは。「いってらっしゃい。」って。

 

今日、親友が結婚式を挙げた。

以前にとある大手企業で働いていたときに知り合った友。新郎も新婦も。

新郎の方なんてよく二人で夜中まで残業とかして、馬鹿を共有したりして。いい煙草を何本も吸った。

新婦の方は新人で入ってきて、すっごい生意気なヤツだったりして。でも妙に熱いもんだからなんか仲良くなって、三人でふざけたりとか、よくあった。

ふたりが付き合うことになって、素直にうれしかった。…なんか学生みたいな文章になっちゃってるけど、こういうことがあったんですよ。

まあ、とにかく。

ホントにキレイな夫婦(めおと)だった。

ふたりともすっごい素直に感情表現するから、ホントにいい顔してた。

これから人生の「本番」をやるんだ。

長い永い本公演。ずーっと続く夫役と妻役。

そう思うとやっぱこの言葉がでてくる。

「いってらっしゃい」

 

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2007年4月13日 (金)

「Expo'85」サブタイトルと引用元

劇中のスクリーンに映し出されたシーン毎のサブタイトル。

一部のお客様からは「読みきれなかった」というお叱りも受け、また、知り合いの方からは「あれはなんのパクリだ?」というちょっぴり傷ついてしまうツッコミも受けました。

なので、今一度、レビューを含めて公開します。

同時に引用元となった音楽のお話なんぞも踏まえ、ほのぼのと書きます。

あくまでパクリじゃない。引用と言うんだ、こういうのは。

 

ChapterⅠ【Stranger】

85年パート。青柳が国府田旅館に呼ばれてやってくるシーンです。

青柳はいわば「よそもの」。Strangerの直訳ですね。

青柳という存在は、それまで筑波で生活してきた邦夫やせいちゃんたちのコミューンにとって「新たな血」です。それを受け入れるのか、利用するのか、はたまた拒絶するのか?

このシーンでは全面に許容していますが、シーンの終わりでポツリと吐露される感情は田舎者ならではのものでしょう。

「ああ、あそこの青柳さんか…。」

引用の元は。ペイヴメントというバンドの「Spit on a stranger」。「よそ者につばをはきかける」という曲のタイトルから。ペイブメントの朴訥とした音色が想起させた言葉です。

 

ChapterⅡ【The good life】

2007年パート。直志とチヨの部屋が舞台になってます。現代の若者の凡庸な同棲生活や友人関係が描かれました。ここでは

「たーちゃん…。私、たーちゃんのお母さんみたいなママになるね。」

というセリフが好きです。いろいろと手前味噌ですが。凡庸なセリフですが終わってみるとグッと来ます。ホントに手前味噌ですが。

引用元はweezerの「The good life」。そのままです。ずっと続いていたのかも知れない「良き生活」。凡庸であることは時として尊いものだと思います。

 

ChapterⅢ【I didn't want to hurt you】

85年パート。彼らの日常に少しずつヒビが入り始めるシーンです。

訳は「傷つけるつもりじゃなかった。」

青柳の尚子に対する気持ちとも取れるし、もしくは邦夫が通子に「万博行こう」と行ったことを後悔している言葉なのかもしれません。結局、通子は万博が観れませんでしたから。

あるいは、せいちゃんとユゲがサカエに思った言葉なのか…。

昭和丸出しの彼らのちょっとした優しさに焦点を当てて選んだサブタイです。

引用元は teenage fanclubというバンドの「the concept」 という曲のサビの歌詞から。

 

 

ChapterⅣ【鳴いた私の心に花を】

2007年パート。アコがつくばに帰ってくる件です。

言わば都落ちであるアコの心情にスポットを当てました。心配や期待をしていた旧友が、理由はともかく自分達のもとに帰ってくる仲間の心情ともリンクさせています。「泣いた」ではなく「鳴いた」にしたのも、それが良い音色だと思ったからです。ストーリー上、最後の優しいシーンとなりました。

引用元はなし。強いて言えばエレファントカシマシの「ココロに花を」。うるわしき今日の俺に捧げるのさ。オーイエー。

 

 

ChapterⅤ【Expo'85】

85年パート。万博のシーンです。

85年パートの登場人物たちの様々な思いが過酷な現実を突きつけられて交錯するシーンです。

この辺からストーリーが加速しました。

引用元はもちろんないです。そのまま、僕らが見た夢からです。

 

 

ChapterⅥ【鳴いた僕の心にイバラを】

ChapterⅣのサブタイと対になる形で。ベタですが。

ここでの「鳴いた」は前述のシーンとはまったく違う音です。サチの悲しみなのか、直志の怒りや葛藤なのか。心にイバラがあると痛いです。

「イバラを」に続く文章は想像してください。イバラを欲していたのかもしれないし、もしくは単に痛みを拒絶したかったのかもしれないし。

引用元はなし。

 

ChapterⅦ【今日を生きよう】

85年のラストシーン。通子のお通夜のシーンです。

これはシーンのラストのセリフからそのまま取りました。月並みなセリフだとは思いますが、これしかありませんでした。ホント、キャストの方々に感謝です。喪失の先にある再生の希望を表現してくださったと思います。

僕はひねくれた感性の人間ですので、このようなダイレクトな言葉を使うのに気が引けてしまうタチなのですが、キャストとディレクションを完全に信用していたので躊躇なく書けました。間違いなく、このチームだから使えた言葉です。お客様にはバシっと届きましたでしょうか?

引用元はラストシーンにも使用されたグラスルーツの「今日を生きよう」。

60年代のヒット曲です。

 

 

ChapterⅧ【血も吸い上げるような青空】

ラストシーン。

レビューは控えます。

引用元は、夢です。

執筆中、ちょいと情緒不安定な夢を見まして、そこに出てきた女の人が延々と歌っていた歌詞がこれでした。

素敵な言葉だなあと思って、起床後に書きとめ、その後この言葉を反芻するように川口の土手を歩きました。今回の台本はこの言葉に繋がる様な青春群像にしようと強く思いました。

意味は僕もよくわかりません(ホントはわかってるけど)。

一行の詩です。なんとなく感じてもらえたなら幸いです。

 

 

以上でございます。

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2007年4月11日 (水)

小栗の車窓から

僕はテレビを観ない。

一切観ない。

内容云々よりも、もう色合いと音の並びの時点でダメ。生理的にダメ。

体調の悪いときはポケモン状態になる。

最近はヤフーニュースも見ない。週刊誌も読まない。

世の中の事を知る手段といえば近所のトンカツ屋においてあるスポーツ新聞くらいだ。

電車は利用するから最近は比較的吊り広告で世の動向を垣間見ることができるが、電車を使わない生活になるとホントにまったく世の中のことが分からない。

仮に、もしいきなり四国が沈んでいても僕は気付けないだろう。

 

ネットは好きな方。

ミクシも嫌いじゃないし、2ちゃんねるも嵌らない程度のたしなみなので不快な思いはしない。youtubeも酒を呑みながら閲覧するとホントにいい気分。

ネットはのんびりと時間が過ぎるからいい。こうやってダラダラと文章を書いているのもまたオツだ。

ようするに、僕にとってネットは世間と僕をつなぐ唯一の窓。

情報を吟味することができるから、いい。

テレビのように無理やりねじ込まれなくて、気楽だ。

ただ、夢中になることもある。ハマリ症なので、ひとつのものごとに嵌ると徹底的に調べまくる。いつのまにか僕のパソコンのモニターは付箋が貼り巡らされている。それはさながら一昔前の電話ボックスのようだ。

付箋には、その時に気になった言葉や気に入った言葉が書かれていたり、中には台本のセリフや構成案などもある。

「Expo'85」のキーワードのひとつ“虫”に関するスクリプト案や登場人物の“サチ”が壊れていく過程のメモが見られる。なつかしい。(このへんは作家っぽくて格好いいと思う)

今夜見回してみるに、古くは11月頃から貼り始めたらしい。上記はまだしも、ほとんどはなんのメモなのかはわからない。

「わたぬき」

「燻製」

「とどろきないもの」

「チャリーブロッサム」

「尚子への想い」(終わってから発見するとちょっと悲しすぎる)

 

メモは往々にしてそうだが、ちゃんと書かないとダメだ。

「わたぬき」なんて気になって仕方がない。もしかしたらとんでもなく面白いアイディアかもしれない。

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2007年4月 8日 (日)

悲しみの果て

悲しみは、悲しい。

 

悲しみは、苦しい。

 

悲しみは、晴天の最中の沈痛。

口の端の僅かな感情。

悲しみは、雨天の最中の鎮痛。

目の端の僅かな愛情。

 

冷たい金属が体内に入るような痛みと、新しさ。

 

悲しむその顔は、美しい。

 

 

明日が千秋楽です。

泣いたり笑ったりしたところで、明日が最後です。

これはこれで悲しいなあ。

これまでにお越しくださった皆様、本当に、心の底から御礼申し上げます。

 

そして明日、ご来場いただく皆様。

お楽しみにください。

http://www18.ocn.ne.jp/~cbhs/

 

私達の結露は、悲しみの果てに咲きます。

暗い冬をかき消すかのごとく咲く、桜のように。

 

まあ、その。なんだ。

そんなかたっ苦しくはないですよ。

もともと、観に来ていただいたお客様、千差万別に楽しんでいただけるような舞台が作りたかったのだけれど、その目的は結構果たせているようです。

明日が最後!

明日で完遂!

 

がんばろう!

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2007年4月 1日 (日)

田園に死す

いよいよ。

 

いよいよ本番が近づいています。

思えば前回の「酸素」終演間際から約半年間、作ってきました。

チェリーブロッサムハイスクール PLAY②

「EXPO'85」

半年間ずーっと考えていた物語がいよいよ実現されます。

僕の故郷である茨城の田園を舞台に繰り広げられる青春残酷物語。

 

今日は初の通し稽古でした。

通してみて初めて気付くことも多々あり。残りの数少ない日数でもう2レベルくらいあがりそうです。まだまだまだまだもがく価値がありそうです。

 

なによりも、芝居の難しさが死ぬほど楽しい。むしろ死んでしまうんじゃないか?

生きてる感はMAXです。

高3の最後の大会の気分です。

出演者だけでなく、スタッフをはじめとする多くの人の協力を頂いてここまできました。

もう少しです。

 

観に来てください。

ホントにそれだけです。

ひんやりとした新鮮な舞台がここにはあります。

http://www18.ocn.ne.jp/~cbhs/

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2007年3月26日 (月)

桜上水

「なんでチェリーブロッサムハイスクールっていうの?」

 

これはよく聞かれる。

サイトにもあるように、小栗が以前に作っていた曲のタイトルから柴田が取った。

「一緒に劇団を作る」という話は口約束だけの冗談じみた酒の肴だった。これは6年以上前のこと。

まさかお互いが三十路に到達してホントにやっているとは。

そういや想像していなかった。

 

大概の劇団名に対するツッコミはここで終わる。

誰も、「なんでそんなタイトルの曲作ったの?」とは聞いてくれない。

当時。

当時とは1999年~2000年に当たる。

小学生のころから待ちに待った世紀末。僕は大学生だった。だったが、あまり学校にはいかず、夕方に起き出してシャワーを浴びて散歩して、帰ってきてギターを弾いたり短編ポルノ小説を書いたりしていた。バイトもせずに悠々自適なアートライフだった。

とにかくインスピレーションだけが生きがいで、感度を刺激してくれないものは「退屈」の一言で伏していた。

たまに学校に行ってもそのスタンスはそう。

仲の良かったヤツが桜上水の近くに住んでいて、なぜかそれだけのことが非常に面白かった。桜上水を舞台にしたハードボイルドSF小説の構想を練っていた。

お気付きであろう。

桜上水もSFならば「チェリー・ブロッサム・ハイウォーター・シティ」と称する。

好きだったオーシャンカラーシーンというバンドの曲に「ハンドレッド・マイル・ハイ・シティ」というやたらとカッコいい曲があったので、それみたいだなあと思ってかなり気に入っていた。

それからしばらくたって、「そいうや俺は青春ソングを作ったことがない」と思い、作った。

それの仮タイトルが「チェリー・ブロッサム・ハイウォーター・シティ」。

「金八」や「紡木たく作品」、もしくは「銀色夏生」といった80年代青春モノに感化されまくっていた時期だった。

コードを紡ぎ、メロを固め、いよいよ歌詞。歌詞が一番難航する。最初の一行が出ればすぐなのだが、これが難しい。

本棚を見回すと紡木たくの「かなしみのまち」という漫画があった。

「かーなしーみーのまーちー(Bm)♪…なんだ乗るじゃん。決まり。」

あとは一行目を考えているうちにボツった言葉を適当に合わせて完成。一行目を考えているうちに全部できてるものなんだな。

 

今やってる芝居とはあんま共通点とかないけど、これがはじまり。

チェリーがまだ精子だったころの話。

あーめんどくせー。

 

「チェリーブロッサムハイスクール」

 

かなしみのまち 目を覚ませ姫 さよならの日が来る

夢に見ている 学舎の影 覚えていたいんだ

 

手と手を繋いで 未来を語った ともだちに笑われるから

その くちびる塞いだ

「もうダメさ。」 笑うわたしたち 心を閉ざして

逃げるんだサンデイ 春が川を流れ わたしたちを殺しに来る

 

増えすぎた人がこぼれ落ちるプラットホーム

何も始まらない朝に 誓いを立てたんだ

もう一度 笑うわたしたち 心が壊れる

壊れたスクーター 菜の花畑 わたしたちは立ち尽くした

 

プリーズ・クロース・トゥ・ミー 舞い上がる

光まみれのチェリーブロッサムハイスクール

乾いた瞳 何もかも焼き付けていた ふざけた孤独も

イッツ・ア・ワンダホー

 

かなしみのまち 目を覚ませ姫 はなればなれになる

この手を離し 夢から醒めても もう、どうか泣かないで

もう、どうか

 

何もかも焼き付けていた 瞬きもせず

こぼれ落ちるものは

こぼれ落ちるものは

 

 

 

…。

なんか、ごめん。

寝る。

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2007年3月17日 (土)

思ひ出迷子

今日は「EXPO'85」のオープニング映像の撮影のため、千葉へ。

(5時間40分遅刻)

みんなが田んぼや森で頑張っている頃、ぼくは合流できずに東武線のとある駅で立ち往生。

そこは自分の青苦い思い出の場所だった。

2007_015  

ぼくはここで告ったことがある。

 

この時、僕は告白にいたるプロセスが重要だと考えた。(いっつも後先考えないから)

プランニングは2週間前から始まった。

まず、告白のセリフを吟味し、決定。

当時はまってた魚喃キリコの漫画から引用することにする。

このセリフから逆算し、スクリプトを描く。つまり、うまくいく状況を作りだす会話だ。

これは前日までに前フリとなる話題をふっておくことにする。たとえばCDを貸したりしてそれとない共通話題を作る。

そして、ロケハン。

三日前くらいからこの辺をウロウロし、ベストプレイスを吟味。彼女のウチからなるだけ近く、かつ遠回りして長く会話ができ、ムードもいける場所。同時に歩くルートも考える。「あそこが彼女のマンションだから…。」と綿密に計算。だんだんストーカーじみてくる。

最期に演出のアイデア。

サブリミナル的に「小栗はいい男だぜ。おいらに乗り換えなよ?」というアピールをいかにさりげなくできるか?

土手→たばこ→背を向ける→何気なく口ずさむ鼻歌がブランキージェットシティ

…。

完璧だ。鉄板だ。むしろAまでいけるんじゃないか?

かくして、決戦の夜は来た。

 

 

 

さあ、そんな恥ずかしい話はともかく。今日は撮影。

 2007_023  

 

宮本奈津美さんと

2007_024  

土倉有貴さん。

 

なっちゃんとトッキー。俺、もしかしたらファンなのかも。共演者のファンになってどうする。

映像作家の平野さんが鷹のような目でカメラを覗きながらデレクションし、柴田が鷲のような目で確実なサポート。俺は鳩のような顔でそれを見ていた。

 

今回の「EXPO'85」はひとつの断片的なイメージから始まった。

それはまだ「酸素」の公演中、バーでかなりいい感じに酔っていた僕は連れと舞台の話で盛り上がっていた。

「次は恋愛とかも描きたいんだよなあ。」

「やればいいじゃん。」

「でもチェリーのカラーじゃねえんだよなあ、たぶん。」

「やればいいじゃん。」

「いや、なんか恥ずかしいべ?」

「でも、やればいいじゃん。」

「うーん。」

「なんかイメージあんでしょ?」

「いやあ、まだない。」

「今考えてみれば?」

「はい。…。まずね、こう雑然とした部屋があってさ…。」

 

まさか、この時のイメージが今回、形になるとは思わなかった。言ってみるもんだ。

あ、ちなみに上記のようなこっぱずかしい恋愛模様ではないです。

それはそれ、これはこれ。

プライベイトの小栗はドスの利いた恥部人間ですが、表現するときはちゃんとピシッとします。

とにかく、イメージが現実になっていくのは最高に幸せ。

それも、僕が考えていたものよりも何倍も素敵になって実現される。

チェリーブロッサムハイスクールをやってると何度もそんな感動を味わえる。

だからもう、遅刻はしない。

 

今日は本当に申し訳ありませんでした。

 

 

あと、今回の話は「恋愛もの」ではないです。http://www18.ocn.ne.jp/~cbhs/home.html

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2007年3月12日 (月)

小栗はマルチにせせこます

激務。

チェリーブロッサムハイスクール PLAY②

「EXPO'85」

公開まで一ヶ月を切りました! 

合間を縫って無理やり更新。と、いうのもひとつの仕事にメドがたったから。

感覚的には脳の80%ぐらい使ってる感じだけど、実際は6%くらいなんだろうな。

ガンガン開いていかないとね、間に合わない。チャクラオープン!

Photo_1 これはチラシのユンボーの椅子に座っている女の子。

チラシだとちいちゃくてよく見えないので、ブログでしつこく公開していきます。

だって、これもぼくの仕事なんだもんさ!(彩色はプロの方だけど。) 

イラストなんて5年ぶりくらいに描いたよ。でも、だいぶ好きな感じに描けた。一番描いてた時よりもうまくなっててあせった。わけわかんなくて。なんで?チャクラでしょ?開いたでしょ?

思えばチェリーをはじめてから、いろんなことがはじめてづくし。

PlAY①の「酸素」の時には

・作家デビュー

・役者デビュー

つうか、むしろ演劇デビューだったわけですよ。29才にして。

それまで演劇やダンスのステージには10回弱、立っていたけどあくまでアドバンテージ枠(ミュージシャン枠)だったわけで。「酸素」の時はおいそれと「作家です。」とも「役者です。」とも言えなかった。

んで、今回。2回目となれば多少は経験値もありますから、欲張るわけです。

ああしたい。こうしたい。というやつ。

チェリー自体も初演を踏んで成長してますから、恰幅が良くなってて、いろいろ「できる」わけです。これはできるな、というのが見えてくる。そうするとつまらない。

今回の台本は一部の役者には「死ね」とさえ思って書きました。

やってみせろ、と。(ってか、野田さんなんだけど。)

それでバチがあたったのかなんなのか。いろいろと大変なことになってます。小栗。

今回は台本、役者、イラストに限らず、いろんな仕事をしています。今回もいろいろと「はじめて」があります。逃げればいいものを、それが「やりたかったこと」なので、やらいでか!

結果、お客さんに喜んでもらえたら。

終演後のシュプレヒコールを夢想して寝ます。

 

一番ほしいものはそれ。

是非、いらしてください。あります。夏の冷やし中華のような、ひんやりとした感動が。

お客さんのその顔だけが見たくて、僕らは頑張るのです。

これが(胸を張って言える唯一の)嘘偽りのない感情だからこそ、

 http://www18.ocn.ne.jp/~cbhs/

演劇が一番面白いメディアだと思うのです。

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2007年3月 5日 (月)

春になった日

今日、春になった。

 

ぼよよんとした気持ちのまま、有明に。

柴田、荒川と三人でニブロ-ルの「No direction」を観る。http://www.nibroll.com/

タイトルの「ノー ディレクション(演出なし)」をなぜか「ダイレクトではない様子」と訳してしまい、まったく意味が分からなくなってしまう。疲れてるのか?

それはさておき。

やっぱり身体性の舞台は好きだな。

僕の好きなダンスカンパニー、コンドルズとはまた違って、オシャった感じではあるが、オシャり具合が半端じゃないというか、突き抜けている。そうなると気持ちいい。観劇の快感があった。

おかっぱの出演者がかわいかった。おかっぱなのにすっごい激しい動きをしていた。

「おかっぱのくせに。」

と思えば思うほど、気持ちが惹かれた。憑かれてるのか。

 

観劇後、三人で軽くミーティング。サイゼリアへ。

「EXPO’85」のムーブの部分について荒川と柴田が話し合い、小栗が食べる。の図式。

昨今は僕があまりに酒を呑むので、チェリー界隈ではノグリ(呑栗)と渾名された。ならば今日はショクリ(食栗)か。まあいい。

 

ミーテ後にふたりと別れ、僕はひとりお台場に残り、ぼんよりと歩きつつ写真を撮る。

ニブロールの舞台の残像が頭から離れない。

「オシャりたいよ…。俺だってオシャりたいんだ!!」

鈴木保奈美の幻影を追いかけながら、ひたすらトレンディな写真を目指す。

夢中になりすぎた。

僕は鳥目だ。

ホントに悪気はないのだが、夕暮れの視界の悪さから、ベンチで愛し合う恋人を撮ってしまう。ブチューってしてた。女の方と目が合う。

「やべー。これじゃ俺、デバガメじゃねえかよ…。」

しかし、逆に燃え上がる女。ブチュー。

無視。

 

 

帰宅後。

詰まっていた台本を柴田と電話でやりとりしつつ、脱稿。

いい。

いいね。http://www18.ocn.ne.jp/~cbhs/

トータルとして、現在の進み具合だとちょっと不安が多いが、まあ、そんなもんだ。

まだみんなは作品を探りながらの状態だけど。僕は役割柄一足先に全体像が見える。で、思う。

 

いい。

 

「EXPO’85」早く観たい。

観れないけど。

 

 

追記:

なんか文脈上、ニブロールをバカにしたような感じになってるような気がしました。

違います。バカは僕です。ニブロールのステイジはグレイツ!

せっかく土手みたいな客席だったから呑みながら観たかった。ほんとに花火見るような感じで。

サイケデリックの再構築というか、ポストロックならぬ、ポストビートニクというか…。

スマートさの中にしっかりと、嫌なくらいに血の臭いがあって、「新しい価値観」を予感させてくれた。

意外に音楽がベタだったので、もっとアブストラクトなものをのわ~っとやっても凄いのかなと思った。エイフェックスとかマトモスみたいな音で。

 

…。

ただいま、すだち酒を呑みながら「ひとり脱稿まつり」を開催中。

今夜呑んだら、しばらく禁酒の予定なので、感慨深く呑みまどろみます。

音楽。イヤホン。マイブラの柔らかいノイズが毛細血管にまで染みわたるわ。このまま落ちたい。

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2007年3月 2日 (金)

それはくらげのやうにうかんでいたのです

チェリーの新作、EXPO’85。http://www18.ocn.ne.jp/~cbhs/

稽古開始から2週間。今はただ、めまぐるしい。

なるべくフラットな精神状態をキープしたいと思いつつ、気がつけばふと自分を追い込んでいる。それがいい感じの「研ぎ澄まし」になればいいのだけれど、ネガティブの沼にズブっとはまることもある。

よくない癖だ。

大丈夫か?俺の本。みんなに迷惑だと思われていないか?芝居は?足ひっぱってないか?嫌われてないか?これが終わったら誰も相手にしてくれないんじゃないか?

単に、パラノイアでしかないわけだけど。

はまると、自分が世界人類において最低で最悪の人間に思えてくる。宮崎勤よりも下の人間に思えてきてしまう。

で、やっぱロックを聴いてみたりして。

「何回だってやり直す。何回だってやり直す。

 悲しみなんて川に捨てる。悲しみなんて川に捨てる。

 本当は内ポケットにしまったままだ。しょうがねえから連れて歩く。

 午後の陽が陰ってきて、俺は目を挙ぐ。

 何も見えちゃいないが。」

(イースタンユース 「矯正視力〇・六」

http://www.youtube.com/watch?v=i6s7S8b922s

イースタンを聴いて、素直にまどろんで、素直に元気いっぱい。何回だってやり直すんだ。

ホームの一番電車にはわざと乗らずに夜明けの空を見ているんだ!っつって。イースタン聴いてると気持ちいい。

今は素直に聴ける。

「がんばれ。」と言われれば素直に「はい。」と答えられる。

安手の仮面と間抜けた男。

がんばれなかった20代にケリをつけるためにも、千切れるくらいに感動したいなあ。

それができる環境に僕は今、居るわけだ。

のうぇい!

ぶっ壊れるくらいに動け!脳!

 

 

…で、脳が動いたら動いたで変な夢ばかり見る。

昨夜はくらげを追いかけて群馬に到着する夢を見た。

くらげだと思っていたものは初恋の人だった。なぜだか僕は謝った。

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2007年2月20日 (火)

目黒で会った

今日はチェリーブロッサムハイスクールの「EXPO’85」の稽古初日。顔合わせでした。

 

…。

ん~。

いい予感しかしない。

もしかしたら単に僕が躁なだけなのかもしれないけど。

いい予感。

 

軽く呑んでオヒラキ。

こういうハイな日は、決まって赤羽で電車を降り、川口まで歩くわけです。

賞味一時間。今回で使われるであろう音楽を聴きながら荒川を渡ります。ロックもボッサもクラッシックも脳を揺さぶります。

なので踊ります。

エアギターを弾きます。

職質寸前のアクションで煙草と焼酎を両手に、真夜中のひとりランデブー。明らかに不審者です。

 

やっぱり。

いい予感しかしません。

今日、目黒で会った12人がステージに立ちます。僕は想像します。

うん。

あるね。

ブルーズが。

僕達の裸足が鳴らすリズムが、観劇者の皆様の心の芯に響くような。

清々しいブルーズが、今のところ僕にだけ聴こえます。

桜の咲く頃が楽しみです。確実に「共有」があると思います。どうか、お楽しみに。

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2007年2月19日 (月)

心に茨を

いよいよ明日から『EXPO'85』の稽古が始まる。

今回の話の舞台は茨城県つくば市。
タイトル通り1985年という昭和の時代と現代の2007年が舞台となっている。
過去と現在の田舎者たちをステージの上にあげるわけだ。

作家として、またはその他もろもろの製作者としてのスタンスとは別に、ここからは演者として新たな脳を使う。
台本にない部分の生活だとか趣味だとかはたまた性癖だとかを作家の断り無く勝手に考える。
前回は「境目」が自分でもすごくわかっていたが、今度はわからなくなっちゃうくらいにやっちゃいたい。
多分、役的にも自分と性格が近いし。面白そう。楽しみだー。

今日は最後のオフであろうと思い、仕事をこなしつつもノビノビ過ごした。
資料に使う書籍を買いに本屋を巡っていたら、ふと鏡に映った自分があまりにもバカそうだったので、「作家っぽい」衣類をさがすことに。盛り上がる。
「いや、違うだろ?本さがしてんだろ?」
「ねえよ、本。もうねえよ。」
「だよな。じゃ、メガネ買おう。」
「いやいや、使い勝手のいいパーカーとかでいいよ。」
と独り言で話し合い、古着屋へ。
 
 
結局こまごまとよくわからない(カーディガンのようなものやポンチョのようなもの)アイテムを買い、TSUTAYAでジェンカを借りて帰った。
 
そういえば、僕はモノの名前がよくわからない。テーブルの種類とか、わからない。
大丈夫だろうか、僕の台本。
まあ、いいや。
とにかく、明日。僕らの2007年が本格的に幕を開ける。
http://www18.ocn.ne.jp/~cbhs/

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2007年2月18日 (日)

2月のレインシティ・東京

今日の雨はいい感じだった。

 

The Smiths の傑作アルバム「The Queen is dead」を聴きながら埼京線に。ひさしぶりに聴いたが、あまりの素晴らしさに新宿到着後、迷子になる。

気を取り直してファーストに切り替える。

迷子が加速。しかも新宿の2丁目だ。2丁目でスミスはやばい。

ipodをカチカチさせて、とりあえず違うヤツに。雨が降っていることもあって手際よくやらなければならない。

「雨ならストリングスが利いたやつがいいな。よし。これでいいや。」

クイーンだった。

さらにまずい。

「『ママー』じゃねえよ…。いいや、もう適当で。」

カチカチ。

ルー・リードだった。

「全員ホモじゃねえか!なんで俺のipodにはホモしか入ってねえんだ!」

(正確には「全員バイ」)

ホモ音楽を聴きながらホモタウンを闊歩する俺は、やはりホモなのだろうか。

まあ、どうでもいいことだが。

ドトールで時間を潰す。

「んー。いいドトールだ。猥雑さがある。よし、本でも読むか。」

トートバッグに手を突っ込む。最初に触った本を取り出す。

三島由紀夫だった。

 

 

こうなって来ると、周りの人間が全員同性愛者に見えてくる。そうなると、ノンケの自分がひどくつまらない人間に思えてくる。なんだかんだで多数決なんだ。

雨は弱く降っている。少しだけ春のにおいがする。

 

この後、「なす我儘」の公演を鑑賞し、終わった後はチェリーの舞台美術の打ち合わせ。

柴田、荒川の両名に会う。

今日はこっそりと「ふたりはホモ」という設定で見てみた。

そんな、少数派被差別性癖者が多く所属するチェリーブロッサムハイスクールのホームページはこちら。

http://www18.ocn.ne.jp/~cbhs/

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2007年2月 9日 (金)

さくせん:こまっていこうぜ

僕はいろいろやる。器用貧乏。

不器用だけど。

 

最近の肩書き。

・作家

・役者

・イラストレーター

・映像コーディネイト

・シンガーソングライター

 

さらにこまごまと仕事があり。

こうなってくると自分の中にいくつも人格があるような気がしてくる。自分の中にドラクエのパーティーがあるような?大変なんだけどとても楽しい。どうしようもないくらいにハイだ。

作戦は「こまっていこうぜ」

 

楽しいのはいいが、こまる。常に二つ以上のことを考えているのでメシくうの本気で忘れたりする。逆に何回も食べちゃったりもする。

やばい。

今日、川口から上野にいくのに気がついたら埼京線に乗っていた。

 

だけどさ。思うんだな。

「こまっていこうぜ。」

俺なんかもっとこまっちゃえばいい。もうどうにでもなっちゃえ!

なんかね。最近人が変わったように楽しいんです。それはたぶん、困ってるからなんです。

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2007年2月 6日 (火)

小栗日記

ここ最近の出来事。

1/30

 三十路突入。

 

2/2

 昼、中野でかわいこちゃんに知り合う。テンションが上がった勢いで変な説教をしてしまう。夜、チェリーの野田さんちでバースデイ祝いをしてもらう。鍋やゴーヤチャンプルや野田サラダをご馳走になる。あまりのウマさと温かさに感激。しかし、ケーキの上の苺をなぜか野田さんが喰う。それを除けば最高にいい日だった。

 

2/3

 チェリーのミーティング。最近のミーテは熱い。野田さん以外のメンバーは仕事は山積み。お互いのテンパリ具合をぶつけ合う。次回公演「EXPO’85」が前回以上にいい作品になるという確信を誰よりも一足早く作家自ら得てしまう。というか、この時期での確信は油断と言うんじゃなかろうか?いかん。早まった。なし。確信なし

 前々から議題にあがっていた野田さんの芸名が決まる。「野田政虎」になる。これでテンションがもう一段あがり、23:00だというのに柴田が「行く?」と聞く。僕は条件反射で「行く。」と答えてしまう。終電は間に合うだろうか。

 案の定、呑みは楽しい時間になった。うまい酒だった。荒川くんの芸名も決まりかけるが、頓挫。これは持ち越しになった。荒川君がチェリーに加入して半年。5人での空気が出来上がってきた。チェリーへの愛が増す。もちろん終電を逃し、ラムと野田政虎のウチに行く。話した内容はよく覚えていないが、ロマンチックな話を3人でしていた気がする。

 3人で川の字になって寝る。こんなザコ寝も久しぶりだ。軽く幸福な睡眠だった。

 

 2/4

 起き抜けで、なぜか「犬神家の一族」を鑑賞。たしかに素晴らしい作品だが、タイミング的に複雑な気分ではあった。

 用事があり、狛江へ。

 用事を済ませたあと、狛江の街を散歩。イカシた寺を発見。可愛らしいお地蔵さんを見つけたので近づいてみると地獄絡みの文字が羅列されていた。悲しい気分で帰路につく。

 風邪をひいた。

 

2/5

 川口で一番うまいであろう「麺屋 番」にてラーメンをすすりあげる。幸福なひと時。帰りには最近できた「たい夢」と言うたい焼き屋で黒豆あんのたい焼きを食べる。

 チラシ用のイラストが完成。満足の出来。自分で言うのもなんだが、素敵だ。協力いただいた方にも多大な感謝。

 台本の直しが捗らない。しかし、あせってもしかたがない。しっかりと空気を乗せないと作品の意味がない。

 ipodを耳につっこんで夜の川口を散歩。猫を3匹見つける。風邪をひいていたことを思い出す。こじらせちゃいかん。

  

 

 いつも本番前にはピリピリするものだが、今回はそうならないようにしたいなあと思っている。忙しいから難しいことだが、作品にのめり込むのにこのピリピリは邪魔なんじゃないのかなと考えている。

 公演終了後、前回の「酸素」以上に『日常にもどれない』という感覚を味わいたい。

 作家という立場上、台本の内容は誰よりも早く、深く知ることができる。役者としてはかなりのアドバンテージだ。

 劇中に使う曲を聴きながら、自分がすでに役に入り込んでいることに気付いた。

 早く稽古がしたい。

 けど。その前に台本しあげないとねー!

 

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2007年1月31日 (水)

聖地巡礼

僕は現代日本人にしては珍しく、信仰心がある。

なんらかの教団に属しているわけでもない。まったくの個人的な信仰だ。

己のアイデンティティの形成の上で非常に重要な役割を果たしている。 

宗教には「神」がつきものだが、僕は「かみさま」にこだわっている。

宗教理論上の「神」ではなく、子供の頃に感じた「かみさま」。山で遊んでいて、日も暮れた夕方に山を後にして家路に帰るその背中に感じていた「かみさま」だ。

僕が日光という土地に惹かれた理由は「かみさま」の存在を思い出させてくれたことにある。

日光は、怖い。

もとい、畏い。

東武日光駅を降り、バスターミナルを抜けて右折。

ゆるい坂道を東照宮に向けて歩を進める。やがて左手に金谷ホテルが見えたらすぐ、突き当たりになる。

左を向く。

朱色の美しい神橋の向こうに山々が連なる。

20062007_347 静かな風景を映す視界を手に入れると同時に、張り詰めた空気に気付く。

わずかな戸惑いを胸に、とりあえずは世界遺産でもある東照宮に向かう。人気のない杉の並木道を上る。やがて輪王寺の入り口にあたる。

こころのざわつきは何のせいなのか。静寂が高揚感を掻き立てる。

寺社の造形のひとつひとつに、違和感を覚える。明らかに異常なものを感じる。

振り返る。

日光の空。

中空に鳶が舞う。上空を真っ白な飛行機が飛び去る。掌のような白雲が蠢いている。

人間ではない者の存在を確信する。

怖い。

しかし、なつかしい。

帰りたい、と思う。

なのにずっとここにいたいと思う。理由もなく涙が溢れそうになる。子供の頃によくあった感覚なんだと思う。

かみさま、います。

ぼくもいます。ねこもいます。いっしょにおうどんをたべます。

にっこうではみんななかよしです。

…。

ん~。やっぱうまく書けねえや。

何度もチャレンジしてるんだけど、だめだ。日光が書けない。

まあ、ようするに

「日光の景色みてたら、宗教とか抜きにした神の存在を信じるようになり、異常に好きになった」

ってことです。

もちろん、観光地フェチになったきっかけも日光です。僕にとっては故郷の次に大切な場所なんですね。平たく言えば、聖地です。

んで、行ってきました。日光。

三十路の区切りには通常の誕生日とは違って「10年」を誓わないといけない。

それにはディズニーランドじゃ駄目なんです。好きだけど。

心の清算と賦活を求めるなら、やっぱ日光しかない!

いざ、日光!

朝、20062007_287 東武鉄道にて。

三十路突入直後。

妙にスッキリした顔してます。

ボックス席が郷愁を掻き立てます。やがて車窓は栃木の田園を映しながら、山を登っていきます。

20062007_288 日光到着。

晴天!しかし山の天気はあなどれない。今までの日光巡礼で雨に降られた確立はなんと100%。こんなお天気でも雨や雪が降るのです。

とにかく、格別に空気がうまい。肺機能を存分に駆使して徹底的に味わいます。

20062007_299 神橋到着。

改修後の朱色がお洒落すぎる。

 

20062007_352 絶句です。

愛しくてたまらない!

大谷川の水がまた鳥肌が立つほど絶妙な蒼色なんですよ!

20062007_324 いてもたってもいられず、走って東照宮へ。

陽明門!

絶句…!!

20062007_321 これは陽明門の手前。

誰が作ったのか、可愛らしい雪ダルマが。

たぶん、この雪ダルマにも神様が宿っているのでしょう。

日光は国内有数の霊場なんです。

ちなみに、僕がこの写真を撮っているこのあたりが風水的に「日本で一番運気が強い場所」なんだそうです。つまりこの雪ダルマは「日本一ご利益のある雪ダルマ」です。

それにしても東照宮は素晴らしい。

有名な「眠り猫」、写真には撮りませんでした。

今回、眠り猫のデザインと配置について、その意味を知りました。その意味のあまりのハイセンスさに写真に収める行為は無粋だと判断したわけです。

同様に、家康公の「お墓(正確にはこういう言い方はしない)」もシャッターは切りませんでした。

ただの旅行者である僕ですが、敬意を払わずにはいられない。

狂った色使いが奇跡的な一点で結ばれる豪胆かつ繊細な色彩。

訪れるものの心理を細部に渡って操作してしまう建物の配置。

風水的な意味。過剰なまでに家康公を守る設計。明らかに意思を持っている動物の彫り物たち。

あまりにも完璧な東照宮。

凄すぎる建造物なんです。

そういや、世界遺産だもんな!すげえわけだよ!

で、気がつけば3時間経過。

東照宮って、日光の入り口なんですよ。完全に時間配分を失敗しました。

いろは坂も中禅寺湖も戦場ヶ原も華厳の滝も、どう考えたって回れません。

 

20062007_346

 

まいったなあ…。

 

結局、市街の裏道とか散策しまくって、観光資源じゃないものばかりカメラに収めて川口に帰ってきました。

ちゃんと電車の乗り継ぎとか調べればすっごい安い値段ですっごい早く日光にいけてしまうことに気付いたので、これからはちょくちょく行きたいです。

でもやっぱ、泊まりたいなあ。

日光の夜がなつかしい。

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2007年1月29日 (月)

寸止め

いる。

 

三十路さまじゃ…。三十路さまがおいでなすった!

今、部屋のドアの前に三十路さまがいらっしゃる。たいそう凍えていらっしゃる。

 

 

あと、30分。

 

感慨深い。

僕の青春が終わろうとしている。

そしてすぐに、朱夏が始まる。人生の夏が始まるわけだ。

14歳の頃に夢中で聞いていたブルーハーツの一曲にこんな歌詞があった。

「今日から僕は汗をかいて生きよう。ああ、いつまでもこのままさ。」

思えば20代では汗を嫌がる瞬間が多々あった。

いかん。

 

これからはこれまで以上に「自分の血が言うこと」に従ってスパンスパンとやっていこう。

血が流れる音をちゃんと聴こう。

なるべくおしゃべりに、なるべく挙動不審に。空気を読んでばかりいないで、会話をしよう。

僕の夢は、地蔵になること。

いつか小栗の地に骨を埋め、地蔵になれるよう。

人にこだわり人を見つめ、山が云う言の葉を理解し、稚児らに愛を伝えるような地蔵に、僕はなりたい。

今はどうしようもなく、人。

血を濃くしなきゃなあ、と。漠然とそう思う。

まずは牛乳でも飲むか。

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2007年1月24日 (水)

2007年三十路の旅

いよいよ、三十路が近づいてきている。

 

未知の領域だ。

子供の頃から夢想癖のあった僕は、よく、未来の自分を想像していた。

大人になった自分。

それはあくまで「二十代の自分」であり、その上の年齢の自分を想像することはあまりなかった。それは今現在の年齢である29歳になってもそう。

想像だにしなかった自分が、来週に待ち受けている。

 

僕には「理想の三十代」という観念も理想もない。

ただ目と鼻の先に「来週の自分」がいる、という味気のない節目。

う~ん。

 

さすがにいかんな。直前にあせっても仕方がないけど。

重要な誕生日だ。せめてハレの日にはしたい。

というわけで「一人誕生日祭り」を企画することにした。

 

「ハレ」とは「ケガレ」の対義語。

“日常”を古語では「ケ」と言い、「ケガレ」とは「ケ」が「枯れる」。つまり、日々の生活の営みにおける身体的、もしくは精神的な疲れを意味する。簡単に言えば「くたびれて心が汚れる」ということを「ケガレ」、ひいては「穢れ」と言う。

この薄暗い心の汚れを賦活するのが「ハレ」。

古来、農耕民族である日本人は収穫の節目や年齢の節目に「晴れの日」を設定し、多くの日本人はその朴訥な儀礼の中で土地や土地の人間に「洗礼」を受け、育ってきたというわけだ。

この慣わしに沿い、個人的な儀礼をしようというのが今回の企画だ。

 

まあ、

今思いついたんだけど。

 

明日より、なにやるか考えよっと。

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2007年1月22日 (月)

氷雨

乳首が立った。

 

思えば、中三の受験シーズンにいきなり「アルプスの少女ハイジ」に嵌り、一話から全部観出した挙句、例の

「クララがたった!」

のシーンでも僕の乳首は立っていた。

長い月日と多くのエピソードを経てたどり着く、クララの自立。その引き金となるペーターの嫉妬。ハイジの無垢と老婆心。「ハイジ」におけるこの最終話のストーリーはまさに、カタルシスであり、立った僕の乳首はカタルシス探知機なのである。

 

立て立て、僕の乳首。

 

最近は脚本を書くのに感性をオバーフローしていたこともあり、頻繁に乳首が立つ。

高校サッカー観戦しかり、「はじめてのおつかい」しかり。

同時にぶっ壊れた蛇口のように涙もちょちょぎれるわけだが。

 

昨日や今日は寒さのせいもあり、乳首が固いまま一日を過ごす日々を送っている。

こうなってくるとカタルシスと生理現象の区別がつかなくなって困る。

「俺は今、電車の乗り換えに成功した!ピキーン。」

という、ただの躁病になる。

 いくら僕でもそんなことにまで感激したりしない。

 

今日はチェリーブロッサムハイスクールの本年最初のミーティングだった。

いろんなことを話し会ったわけだが、いつになく楽しかった。

解決しなきゃいけない問題も課題も山積みであることを実感したわけだが、楽しかった。

やっぱり、「作る側」でいることが幸せだ。

なるべく客席にはいたくない。

板の上にいたい。

上板にいたい。

上板橋に行きたい。

というわけで。

上板橋のラムの家にメンバーで押しかける計画になった。

チェリー男子五人で紅一点のラムの部屋を、乱す。荒らす。整える。

あわよくば、「男のにおい」をなすりつけてしまおうという計画だ。

まあ、普通に呑んで桃鉄とかトランプとかやって終わりだろうけど。

なるべくなら、もう僕らも大人なのでお洒落な嫌がらせをしたいものだ。

 

 

さあ、これからが四月の公演に向けてのエナジー・フロウ。

仲間のツラを久々に見て、これからの日々を思い、乳首が立つのでした。

http://www18.ocn.ne.jp/~cbhs/

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2007年1月14日 (日)

煌々と爛れ落ちるブルーズのようなストーブの灯

思えば、ちゃんとあいさつをしてませんでした。

私個人からももちろんのこと。

チェリーブロッサムハイスクールのメンバーとしても。

 

 

 

 

 

 

あけましておめでとう御座います。

 

 

 

 

今年は。今年こそは!!!

毎年言う言葉ですが。

「飛躍の年にする!」

何を持って「飛躍」とするのかって話ですが。

今年は、「ステージに4回立つ」をもって飛躍とします。甘い?んじゃ5回!

5回立つ!

 

まず、一回目となるステージはチェリーの「EXPO'85」。

4月の最初の週。

http://www18.ocn.ne.jp/~cbhs/

 

 

 

 

 

僕が台本を書いているわけですが。

とりあえず初稿は上がってます。ゴスッと書けました。2稿、3稿を経て皆様のお目に掛かることになりますが、肝心なのは初稿。

とりあえず、前作の「酸素」よりいいものを書けたと思います。

これが稽古の川を抜けて、いい石になってステージに転がってきます。

是非ともお楽しみに。

 

 

 

この後、年内もう一発、公演を打つ気でいます。

僕の制作ペース次第なんだけど。

やれたらいいなあ。じゃなくて。やる!と思っています。

あくまで僕次第だけど。

 

 

 

 これが打てたとして2発。

 

 

さて。

最近はもっぱらブルーズな日々を送っています。

 

僕は埼玉県の川口市に住んでいます。

川口といえば、他地区の方から見れば「治安が悪い」「ヤンキーが多い」「風俗の街」など、印象の悪さの枚挙に暇がないことと思われます。

 

たしかにその通り。否定はしません。

川口は酷い街。

 

週末の路上には若者の叫び声。深夜コンビニの接客の極悪さ。路上飲酒者の間におけるイジメ。マヌケな交通事故。市内の過酷な労働条件とそれを受け入れしまう労働者。

淫らなセックスビジネス。

やたらと濃いラーメン。500円以下じゃないと成立しない駅前の飲食。無理な近代化。

いたるところで勃発する暴力。暗い歴史。鉄の焦げる臭い。

血の臭い。

 

最悪な街かも知れません。目を背けたくなります。

でも、あるのです。背けた先に。

可愛らしいブルーズが。

 

それは、子供の笑い顔であったり、道を行くおばちゃんや犬であったり。商店街の妙な飾り付けであったり。

ドモリ持ちの工場長が楽しそうに愚痴を言う安い居酒屋であったり、その日暮しの彼が誇らしげに彼女と手をつなぐ本屋の前の駐輪場であったり。

 

 

 

僕はこんな川口の風景にでくわす度に、「ブルーズを唄わなきゃ。」と思います。

勝手に自責の念にかられます。

川口の土手で鳴っているような、可愛いらしくて、悲しくて、ひどく杜撰なブルーズ。

それを3回、ステージで打てるように今年はやります。

で、計5回。

う~ん。

 

なんか、「飛躍」にはものたりないな。

 

 

そう考えながら、背伸びをしてみると。

僕の部屋の石油ストーブが燃えています。

とてもあったかいです。

 

なんとなく。

「住む」ってこういうことだなあ、と。妙に実感しています。

 

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2007年1月 8日 (月)

This is a new year!

今日は凄い風。

TSUTAYAから帰ったら僕の洗濯ものが飛ばされて変なところに引っかかってました。

文章にするのもメンドくさいところに。

 

 

にしても。やっぱ冬は空の色が異常。

この青はやばすぎる。トぶ。ってか、トんだ。

来週からはずっと外にいよう。もう、大丈夫だろ?体とか健康とかなんとかなるよ。

僕達はしあわせだ。

 

 

 

みえた…。

もうすぐ書き終わる…。

もうすぐ、春の公演の脚本が書き終わります。
長かったここまでの道。

書き終わったら「すだち酒」を呑みます。
すだち酒で身を清めます。
禊です。

つれえ。
今、クライマックス前の一番精神的につらいとこを終えました。
書いてる本人がズタボロにやられました。
俺ダメだ。稽古でも見たくない。ここのシーンは。

あとはクライマクスだけだ。
大サビはドンシャリでいく!
むしろミドルはカット!

つうか、全体的にドン(低音)とシャリ(高音)の極端な感じだな。
んじゃ、やっぱラストはミドル(いい具合)でキレイにまとめるか…。
いや!
超シャリで!
むしろ舎利で!
死ぬ!!!


公演日、ちょっとした作品の触り、等は
http://www18.ocn.ne.jp/~cbhs/

こちらで確認できます。
団長、遅れてすいません。もうちょいです!

いやあ、しかし。BOOWYいいな…。

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2006年12月 8日 (金)

パブロ・ハニー

Picasso_bthumbnail2 ピカソが好きです。

と率直に言ってみます。

ピカソというと岡本太郎と並んで「アート」の代名詞とも言えます。

いわゆる、わけのわからん絵だと。

たしかに。

 

学生の頃に無理やり友人に連れられて「ピカソ展」に行きました。もちろん、行くまでは「ヘボンダラが。所詮画家のオナニーじゃろうが。」と思っていました。悪口いっぱい言ってやろうと思ってました。

しかし、いざ実際に観てみると圧倒されてしまいました。まさにグウの音もでないという状態に陥りました。これね。非常にわかりやすいんです。ホントは。

ピカソと言えばキュビズムだったり、目やら鼻やらがあっちゃこっちゃ行ってて帰ってこない絵を真っ先に連想すると思います。これがね。「わかる」んです。生で観ると。

理由が明確なんです。

何故、目がここについてるのか。

何故、顔が異様にデカいのか。

ようは「みたままを率直に書くとこうなる。」ということなんですね。好きな娘の顔を見るとき、意識は彼女の目に行きます。自分の目にはデカく映ってるはずなんですよね。顔が。

(あるいはオッパイなどが)

これ以上ないくらいに「論理的」な絵画なんだと思います。そう解釈したらすっごい面白い。単純にポップです。

僕も「よくわからんもの」は嫌いです。ピカソはよくわかるから面白いし好きです。

スコーンっと入ってきます。絵に宿る感情が。んで、僕はスポッと入ってしまってウワアアアアとなってしまいました。この瞬間がポップなんですね。

ちなみに、ピカソさん。パクリの天才なんだそうです。このキュビズムという手法もブラックという画家さんが編み出したモノなんだそうで。

しかし、ピカソさんが代名詞になったということは、やっぱピカソさんの方がポップセンスに長けていたということなんですかね。ちょっとやりきれない気分です。

次。

2 エドワード・ホッパーという画家さんの絵です。

中学時代に美術の教科書で見て、惚れました。

なーんでこんなつまらん絵に?

気配です。

光があり、実存があり、影がある。

これが極度のシンプルさで「置かれている」。そうすっとなんだか気持ち悪いくらいのリアリティがあるんです。

「誰も居ない」けど「確実に誰かが居た」という確信。この絵に限って言えば、この部屋の主は窓から海に飛び込んだのでしょうね。奔放な人です。

このニュアンスをテレビゲームで表現したのが「ICO」ですね。僕の人生の10本に入るゲームです。

次。

Kimiko 「KIMIKO」という作品です。

この、ベターっとした塗りつぶしがたまらんですね。

生で観るとやたらとデカくてギラついているそうです。

作者はアンディ・ウォーホル。

いわずと知れたポップ・アートの代名詞とも言える方です。

僕はベルベット・アンダーグランドが好きだったのでその絡みで知りました。有名なのはこの

Photo_10 バナナのジャケです。

音源も最高にかっこいいです。

 

アンディさんは逆に、「よくわからないけどなんだかよくわかる」というポップさです。

キン肉マンの与作さん曰く「言ってることの意味はよくわからんがとにかく凄い自信だ!」というところでしょう。

バナナがなんだよ。

芸者がなんだよ。

わかんねーよ。と。

単純にインパクトがすっごい。かつ、スマート。さらに、どこかしらクレイジー。

理屈抜きの「面白さ」。

鳥山明の作品なんかも近いものありますね。絵だけでなんとなく楽しい気分にさせられるという。

次。

Photo_11 漫画。

大友克洋さんです。

これは「AKIRA」のひとコマ。

 

 

メビウスさんという海外の漫画作家さんの影響と言われます。ディティールを異常なまでに書き込むという手法。いわば力づくで表現するリアリティ。

ここまで描かれると、見ちゃいますね。ボーっとみちゃう。

んで、ボーっと入って行っちゃう。

自分が漫画の中に居るような感覚。これはポップです。単純に楽しい気分になる。

 

 

んで、前回の「酸素」の時に作ったチラシがこれ、というわけです。

Sanso_1_3  

 

 

いまさらのネタバレですけど。上記のあたりが発想の源泉になっています。と、今気付いた。

アートって言っても、いろいろあるし、僕もいろいろと好きなんだけど。

今、面白いのは演劇です。

最も「生」ですから。

表現者側のアートが産地直送でお客さんに届くって、とんでもないことなんですよね。

次回作も鋭意製作中です。

http://www18.ocn.ne.jp/~cbhs/

 

今日はなんか、「芸術の秋」な気分でした。冬だけど。

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2006年11月 6日 (月)

過食

_008 おおよそ一ヶ月ぶりの更新となります。

 

 

サボっていました。

ずっと体調を崩していました。咳が止まらなくなる奇病です。結核でしょうか?毎年この季節にはこのようになります。なんでしょう?

 

あと、「オグリのブログは文字が多いから読まない」などと身も蓋もないことを言われてスネてたのもあります。

じゃ、なんだ。漫画にするか?

はあ…。

ゲフッ。ゲフッ。

 

しかし、秋も深くなったものです。

「食欲の~」とか「芸術の~」とかいろいろ言います。ようするに、なにかと過多になれってことですよね。

そう。健康も徐々に戻ってきつつある今、僕も何かに過多にならなければ。

まずは食欲から片付けよう。

今、ハマッてるのはフランスパンとパスタ。

マイ・パスタ・ブームは何ヶ月か周期でよく来るので割愛。

フランスパンは今回、初の体験。

近所のパン屋で見てたら、ふと「これ、面白いんじゃねえの?」と思って買いました。

だって、固い。

そもそもがなんで固い必要あるの?とりあえず部屋でフランスパンをいろいろなものにぶつけてみる。予想以上に固い。かじってみると、うまい。

もう一口いこうとすると、まっしろなハズの中身に鮮やかな赤色。ハグキをやられました。

「そうこなくっちゃ。」

か弱い夕陽が、僕の部屋をほのかに通り過ぎます。窓の外には小学生の怒号が響いています。男の子が女の子に「死ね!」と叫んでいます。女の子が男の子に蹴りかかっていきます。

いいじゃない。男の子。

いいじゃない。女の子。

 

さあ、もう一口。

こうして僕はフランスパンにパン以上の何かを見出しました。

 

…。

まあ、そんなことはともかく。

食うだけではなく、読んだり、観たりも過度的にいきます。

ふと、「なんでスラムダンクって面白いんだろう?」と思いました。

全巻読破。ついでに流行っているデスノートも。返す刀で。ついでにジョジョも。

作品上のロジックとか演出効果なんかを分析しようと思いつつ、フツーに夢中になって読んでしまい、何も紐解けず。人気の秘密は「面白いから」としか分からずじまい。

クソ。

冷静に。落ち着け。

OK。

次は映画だ。大丈夫。ノートを傍らにDVDにて鑑賞。気付いたことを徹底的にメモる。理屈じゃないことを理屈で表現し、後日の自分へ「残す」。それが、ワンステップ上の鑑賞ってもんさ。

そして、このタイミングで、過食を抑える為のアイテムとも出会った。

【おしゃぶり昆布】

セブンなんかでも売ってる。うまいし、固い。これはいい。ミネラル?いいじゃない。

 

つづく。

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2006年10月 8日 (日)

ピクチャーと私

うーん。

違うんです。

なんかもう、社会派みたいなことは書きたくかったのです。

いや、最近の僕のアップする記事の事なんですけど。

まあ、あんまいいわけしたくないですけど。

 

夏にやったチェリーブロッサムハイスクールの公演、「酸素」も

・社会派

・タブーをテーマにした

・重い

という論評もいただいておりまして。

たしかに、「酸素」は実在する街をモチーフに移民問題や都市開発における人間性への弊害、また警察をはじめとする法的機関による隠蔽問題などを取り上げているのですが、そういうものへの批判ということは作品の目的ではないんですね。

僕達が目指すのは、エンターテイメント。

その一点です。

だから、チェリーや、ひいては僕のレッテルに「社会派」は誤りです。

ストーリーに必要であれば出てくるし、なければ出てこない。

と、ちょっとはっきりと言っておきます。

「社会派」はウチのカラーではない、と。

 

僕は、社会に殉じれません。

正義に殉じれません。

僕が殉じるのは「ポップ」です。

「ポップ」を楽しみにしてくれる「子供」という存在のために殉じます。

実際の「子供」はもちろん。大人の中に生き残った「子供」のため。

平たく言うと「イノセンス」のために殉じます。

 

 

んー。やっぱ。

 

文が、重いな。

 

いかんな。

 

すんません。

で、そう。何がやりたくてブログを書いてるのかというと。

そもそも、写真をアップしたかったのです。ようやくデジタルキャメラを使いこなせるようになってきたので、そういうことを。

まず、これ。

さっき撮ったやつ。

_212  

僕の部屋の窓からの景色。不気味な程に明るい月夜。

こいつは非日常的ですね。

 

次、同じ場所から違う時間で。 いい窓だ。

_153

ピンボケしてるけど。

 

 

_191 場所は変わって、川口駅のデッキより西口の広場を望む。

 

 

チラッと巨大なものが見えます。近づくと、

_190 アンパンマンでした。

中がトランポリンみたいになってるやつ。

「頼み込んで中に入れてもらった」という逸話を持つ塩見くん(「酸素」カツヤ役・大人)を思い出します。塩見くんはアホです。

このへんをブラブラしてたら

_182 ウルトラマンガイアが来ました。

やっぱかっこいいね。馴染みのない最近のウルトラマンだけど、ベースのデザインは昔のまま。

問答無用の説得力がある。

_184 「ジョアアアアッ!!!」

声でけえの。とにかく、OKだってさ。

 

_187 みんなで「ウルトラマンエクササイズ」

怪獣をやっつけるショーではないみたい。少し残念でした。

 

 

って。

なんか、いいです。川口。

好きです。

 

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2006年10月 6日 (金)

私は脳にケータイを埋め込む

なんだか雨がつづくなあと思っていた。
今日は風も強いし、傘はひんまがるし。
「もしかして台風なのかな?」
さっき、ようやく気付いた。世間様から隔絶された日々を実感した。
 

ところでこの3日間で傘を2本も盗まれた。こんな天気なのにひどくないか?あまりにも卑劣な行為だ。
 
この行為を
「だったら君も誰かの傘を盗りなよ。」
というメッセージとして受け取った。
だから、さらにもう一段階ムカついた。
 

たしかに、盗まれた傘は「俺がかつて公園で浮浪者からパクった傘」だ。
おれが出資した傘ではない。しかし、犯人よ。お前と一緒にするな。俺たちは仲間ではない。俺にはちゃんと盗みのポリシーがある。俺が浮浪者のテントから盗んだ日もたしかに台風だった。しかし、そのときはすでに雨は止み始めていた。さらに、浮浪者はいっぱい傘をもっているものだ。わかるか?犯人。俺の言いたいことが。
 

「盗んでいい時と場合を考えろよ!」
 

一緒にすんなよ。俺はお前みたいなチンケな盗人じゃねえんだ。お前は地震が起きたらどんな行動を取るんだろうな?火事場ドロボーでもするんだろう?
「みんなやってるから。」
って理由でな。ふざけやがって。俺は絶対にそんな状況で盗みはやらねえぞ。くそったれ。
一緒にすんなよ。
一緒にすんなよ。
 

と、いうわけで、怒りとともにずぶ濡れで家路に着いた。
 

面倒くさい。
なんて面倒くさい性格なんだ。
濡れる必要ねえだろが。俺も盗るか買うかしろよ!
ああ、面倒くさい。
 

だいたいが。

21世紀にもなって雨が降った時の対処法が「傘」だと?
アホか!なにが未来だボケ。
服から風が出て雨を防ぐとか、変なチューブみたいな歩道を歩くとかだろ、普通。
ああもうめんどくせー。

ケータイいっつも部屋で無くなるからさ。鈴つけたんだけど。
それでも勝手に鈴が鳴るわけじゃないし。
面倒だから埋め込みたいよ。
脳に。
いいじゃん、もう。どうせ必需品なんだからさ。
Ghost20in20the20shell ←こんな風に。

 

 

などと、きゅうりを齧りながら書いています。

ところで、「攻殻機動隊」 (上の画像)
今週はこいつに嵌っています。
ジャパニメーションの脅威的なクヲリティと感性。

かつて始めて「AKIRA」を観たときの興奮や緊張を思い出した。

いてもたってもいられない気分。もうとにかくソワソワしてチャリでAKIRAごっこをはじめた14歳。
これは、アニメならではの感触なんだよな。

実写だとこうはならない。うまく説明できないけど。

うーん。

 

 

ちょっと、言いたいことがあるぞ!

  

 

昨今のカルチャーは「棲み分け」が顕著だ。

これは彼らのモノ。これは俺らのモノ。という風に。

アニメは「彼らのモノ」だろうか?

違うでしょう。

音楽を語るようにアニメを語ってもなんも不自然ではないでしょう。

「アニメ好き=おたく」

「BOOWY好き=おっさん」

みたいな短絡的な思考を、僕は恐れている。

僕が偏見でみられることに、ではない。

そんな思考の集合が「常識」や「良識」を形成することを恐れているのだ。 

・アムロなみえが妊娠して結婚をしただけで「できちゃった婚=OK」になった。それまではタブーにさえ近い行為だったのに。

・青島幸男が知事選に当選したらタレント議員が一般化した。それが小泉のパフォーマンス戦略の土壌になっている。

・携帯電話の普及の速度の異常さ。また、それにおける『もたざるもの』への差別にも近いような視線。「なんであの人いまどきケータイもってないの!!」という怒り。この怒りは正論か?

 

などなど、あげていると枚挙にいとまがないが、これらは今や常識であり、これに異を唱えるとすると「空気を読めないヤツ」というレッテルを頂戴するハメになる。社会生活の上でこれは厄介な代物だ。なかなか剥がれない。

上記の「常識が変わる瞬間」を思い返してみると怖いくらいに、そこに論理が無い。

世の論調だけであっさりと常識が覆った。

つまりは

「あの人もやっているから、私もいいでしょう。」

「みんなやってるからいいでしょう。」

「みんないいって言ってるから。」

 

実に短絡的だ。

カルチャーに対する接し方は、このように思考の温床になる。

僕は頑固なまでにフラットでいよう。

偏見なく全ての「面白いもの」に興味を持とう。大人向けも子供向けも流行りもマニアックも関係ない。

面白いものを知るのだ。

それには「みんなと一緒」では駄目だ。

複雑な思考でポリシーやモットーを軸に「自分で選ばなければ」ならない!

 

なるほど。ホントに面倒くさい。とにかく言えるのは。

今日、傘を盗まずにずぶ濡れで帰ってきたのは正しかった。

 

 

と、いう。

仮想敵を作って一生懸命戦うという。

まるでシャドーボクシングのような日記になりました。

 

あ、一応貼っておきます。 

http://www.youtube.com/watch?v=oBVr_7I4FtE&search=Ghost%20in%20the%20Shell%20Japan%20Japanese%20Manga%20Anime%20K%C3%B4kaku%20kid%C3%B4tai

↑劇場用作品の第二作目にあたる「イノセンス」という作品。人形のデザインがオシャレで不気味です。あと、この「バトー」というキャラの声の人がすごく好きです。

http://www.youtube.com/watch?v=7JF8As3A0C4&mode=related&search=

↑これも「イノセント」のトレーラーです。なかなかいいのが見つからなくて。

おそらく外人さんが作ったんだろうけども、これはいい出来ですね。外人さんは「アクション=ハードなロック」って思っちゃっていかんです。youtubeを探してたら、アキラもエヴァゲリも外人さんが作った暴力賛美みたいなトレーラーが多かったです。

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2006年9月23日 (土)

抱き合っていたけど違う明日を夢見てた

Boowy_kawa http://www.youtube.com/watch?v=qfrQmrgAED4

 

 

 

「CLOUDY HEART」

特にこの曲が好きだ。

生々しい。女々しい。このダサい氷室京介がたまらなくかっこいい。

“あんな風で続くなら/きっと皆そうしあわせ/今頃気付いちゃってつらい

この“ゼ”がいい。

ここが氷室の真骨頂。ここに発生する、ある、かけがえのないもの。

 

 

今宵は、“笑い声も思い出に変わる”。そう、FRIDAY NIGHTだ。

俺も、誤解や嘲笑を畏れずに、言うゼ。

「氷室京介はブルーズを唄っていた」

 

もう、何十年も前に生まれた、「ブルーズ」。

黒人が生み出した最高で最