愛妻に捧ぐ
終演から一週間も経ってしまいました。
遅ればせながら、御礼申し上げます。
ご来場いただきましたお客様。
心より
「ありがとうございました」
スタッフの皆様、キャストの皆様、劇団員の皆様。
おつかれさまでした。
心より、
「ありがとうございました」
ただ一言に尽きますね。やりきったと思います。
「ありがとうございました」
いま、川端康成の短編を思い起こしています。
バスの運転手が夕焼けを背に山を下り、女の子にただ「ありがとう」を繰り返す。
その間、目は前を向いていて、決して女の子と目を合わせない。
そんなシーン。
愛妻を荒野に向かわせてしまった、もっともの張本人(あるいは犯人)である僕もまた、荒野を目指さないといけないのかもしれません。
毎回、本の中で人を殺してきた僕は、人殺しです。
もうなんか、後にはひけねえなという感が強い。
いっそ捕まるまで、東京でテロっちゃいたいな。
僕は、今回の執筆。ババッと書いてシレーっとしてたので、
誰も気付いてないでしょうが、かなり精神をやられてました。
16人分の感情を一手に引き受ける期間が一ヶ月ほど。
堕ちたり上がったり、怒ったり、笑ったり、荒野にビビッたり、立ち向かったり、おまけに何回もPTSD発症したり、と大忙し。
もう、治らないかも、と思ったな。
たぶん、治ってない。
でも、いい方向に狂っていると思うので経過観察。
と。
そんなにも関わらず、締め切りに4日ほど遅れてしまいました。
(みなさん、ご迷惑をおかけしてすいませんでした。)
いままで、台本のあがりが遅いことがコンプレックスでした。
それだけで作家としてのアイデンティティを持てないというか。
「台本いいね」と褒められても、嬉しくなかったです。
ホッとするだけ。
「よかった。まだここで書かせてもらえるかも…。」
と。
他の作家さんの話なんかを聞くと結構「苦しい」とか「書けない」とか聞きます。
台本は、孤独な作業だとかよく言われます。
たしかに僕も、苦しかったし、孤独だった。
「アキストゼネコ」の執筆時は、リアルに3回線路に立ちました。
書けないといって自殺する作家はいても、演じれないといって自殺する俳優はいない。
書くことって、なんでこんな苦痛なのかね。
不毛じゃねえか?
プロレスラーにしても、なんでわざわざ危ないことするのかね。
なんで死ぬかね?
不毛じゃねえか?
不毛じゃねえんだろうね。
本望なんだろうね。
なんだよこれ。
これは「作家」の永遠の痒みなんだろうか。
村上春樹が新作を発表してくれて、嬉しい。
こういう、小さくて遠い出来事だけが支えになり得る。
だんだん暗くなってきたな。
すいません。
今回の作品執筆において、支えになった歌があります。
「僕らの旅立つ景色に君が見とれてしまわないよう、
君んトコまで迎えに行くんだぜ」
という歌詞がたまらん。
僕もそんな気持ちで、僕の小さな可愛い愛妻を迎えに行きたい。
これからのことを考えると、不安と恐怖で目一杯だけど、
あかりは存在する。
それだけあればじゅうぶんだ。だってさ、
いいや、なんか。
めんどくせえ。
言っちゃえ。
僕には最愛の存在がいます。
ぼくは彼女に救われてきました。
彼女を思うことで、心が澄み、作品を完成させることができました。
台本作業も、たぶん、本当は孤独ではなかった。
ラストシーンにはかならず、彼女が待っててくれた。
彼女に会うことができた。
でも、彼女はもう、この世にはいないので、
いつまでも頼っていられないです。
これからは、一緒に書くのではなく、僕が作るもので彼女を楽しませてやりたい。
客席に座っててくれればいい。
ずっと、一緒に苦しんでもらってた気がする。
そんな必要はないんだよ。もう。
あー!
なんかすっごく感傷的だ!こんなこと書いてどうする!消す?
いや、消さない。
けじめだ。
とか、そういうことがあったよ。
僕の本にはそういう思いがちょこっとだけ入っているよ。
気分悪くなってしまった人はすいません。
今日は以上です。
演劇はあくまでもチェリーの作品ですから。劇団は関係なく。
あくまで台本レベルでの話です。
個人的に、ごくごく個人的に。
台本に書いた言葉とストーリーを捧げます。
からだのない、僕の愛妻へ。
※「愛妻」裏データ公表に向けて編集中です。
アップは明後日以降です。
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コメント
コメントありがとうね!
設定変えてて書き込み気付かなかった。
こないだは呑み誘ってくれたのにいけなくてごめんね。
※注
小栗の本名は小林です。
>まりお
欲、というのは重要な観点だと思う。
今すごーく描きたいエレメントだし。追求したい。
「愛妻」の時もそうだけど「アキストゼネコ」から意識し始めて。
物語の中の端々に忍ばせていたんだよ。リビドーとタナトスに繋がるキーワードを。
俺んちにあるシナリオ教則本「小栗のわんぱく脚本入門地獄変」の中ではステルスシステムと読んでいるよ。
別にそれは脚本の手法として大したことじゃないんだけど、隠すことで「理由のわからない恐怖感」を想起させる。サブリミナルの手法だね。
物語ってどうしても頭で観ちゃうから、生理でも感じて楽しめるようにという、僕の工夫。
次にキコでやる作品もベトナムゲリラみたいに潜ませる予定だよ。
「愛妻」もう一回観たい?
俺も観たいなー。
家庭用のやつで撮影してたみたいだけどね。鑑賞するにはあんまりよくないだろうなあ。
いっそ再演しちゃうか!
投稿: おぐり | 2009年8月10日 (月) 20時12分
小林さんの舞台は見ると影響を受けてしまうんですよね。ガード固めてても。
影響って言葉を細分化して分析できない自分が
いるのが悔しいですが。がつんとやられるんですよ。
恐怖とか、怒りとかいらっとさせられたり、感心したり、
感情が波紋な感じで、色々な方向に波立つ感じです。
小林さんが舞台で登場した時に一瞬で場の空気が
張り詰めたのを覚えています。思わずガードを固める
感覚です。いや、ガードもできなかった。
でも、そこをガードをしなきゃとか、色々考える前に
ガツンとやられました。そこにどうしようもないくらいの色々な感情を感じました。普段みんなが抑えた状態でしか出さない欲が伝わるからなのかな。すっごい自分の欲が書き立てられるんですよ。見てから時間経たないと僕消化できないんで、かなり時間経っちゃいましたけど。
何回も書き直しても全然まとまらないので、ここで終わりにします。
以上勝手な妄想でした。
あっ、でももう一回みたいです。一番今までで理解できた気がするんですが、やっぱりもう一回みたいです。
投稿: Mario | 2009年7月17日 (金) 15時41分