愛妻は荒野に立った
初日。
荒川演出の悪魔っぷりにどっぷり浸かりながら、板の上へ。
やっとお客さんと遭遇できた喜びを感じる。
この日が来るのをずっと待っていたんだな、と思う。
「感服」
という言葉をいただいた。僕は満面の笑みでニンマリした。
演劇とかそういう表現媒体で活動する上で、いつも心がけていることがある。
それはひとことで言ってしまえば、鑑賞者を
「ぶち殺す」
「ぶっ殺す」でもなければ、「ギャフンと言わす」でもない。
「楽しませたい」でもなければ「何かを伝えたい」でもない。
ただ、「ぶち殺す」。
僕は寺とか神社が大好き。
観音とか、地蔵とか。
かの空間の中にいる彼らに出会うとき、
彼らとの対話が成功したとき、
僕の魂はぶち殺されている。
そして何度でも小5の感性を呼び起こされる。
あるいは14才か。
そういうことがしたいし、そういう台本なんだ。僕の本は。
「感服」というなかなか日常的ではない単語を複数の方からいただいたことは、
この「ぶち殺す」という目的に一歩近づけたのかな、と思う。
もちろん今回の作品も賛否両論はあるだろうが、
僕は遊女のような気持ちでお客さんを待っている。
おいで。
つまらなかったら僕を殺すぐらいに批判すればいい。
僕の前世はハードコアな遊女だよ。
なんでもOK。
いつでも布団の上にいるよ。
真っ赤な布団さえあれば、僕らは何度でも朝を迎える。
役者だからね。
お待ちしています。
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