2017年9月16日 (土)

「The Phantom Cowboy」をやります

小栗です。

9/18(月)より私の脚本・演出の作品が上演となります。
キコ/qui-co.とはまた違うテイストの作品です。 
この機会にぜひ、ご覧いただきたいです。
今回も自信をもって、味わっていただきたい作品になりました。
小栗印を信じていただけるならもう、読むのはここまででOKです。
観に来てください!
小栗専用チケット予約フォーム↓
いろいろ気になる状態の方は読み進めてください。
(公演詳細は下のほうに出てきます。)
主催となる「FunIQ」は二人組のユニットです。
キコ/qui-co.「神の左手」(2014初演)に出演していた日比野線さんが主宰となってたちあげました。旗揚げではウッディ・アレンの脚本を上演するなどエッジを攻めるセンスを持っています。エッジを行く感じ、昨今珍しいです。ノーヘルでコーナーに突っ込んでいくレーサーのようにスリリング。そして今回の企画では5ヶ月連続公演という狂気。いかれています。
 
「FunIQ」は「Fun=愉快さ」+「IQ=知性」みたいな意味なんだと思います。他にも色々あるんだろうけど確認はとってません。
インテリジェンスに長けつつ、お洒落な感じにも居つつ、お客さんを楽しませることは忘れないよという男の優しみも持ちつつ、という感じです。これはモテますね。FunIQの二人とも美男子ってわけではないけどモテます。
 
私は彼らの事好きで。この仕事引き受けたのは、彼らが純粋だからです。
企画立ち上げの打ち合わせが楽しかったです。小学校最後の夏休みに計画する自転車旅行のような。最高にドキドキする冒険になるだろうなと思いました。
計画は純粋な「Fun」と「IQ」に満ちていました。
そして、時は経ちいよいよ私達の冒険は出発の時を迎えます。
脚本の隅々に、演技の端々に、私たちが込めたものは冒険の高鳴りです。
今回、相当攻めてる脚本と演出です。
「攻める」ってことは危ないってこと。気絶するくらい繊細な演出がついてます。
それを体現するのは、役者たち。
FunIQの二人を筆頭に、みんな神経が擦り切れるぐらい繊細な芝居をしています。
だけど笑顔なんだな。とてもいい現場。
これがFunIQ。
 
 
小栗作品に出演経歴のある役者さんも幾人か出演しています。
 
先述の日比野線さん。今回は主役です。
「あの日比野線が!」と言ってもらえると思います。
持ち味とは真逆のことを要求しています。それに果敢に挑んでくれているので、線の新しい魅力が出ていると思います。かっこいいよ。
 
「平日の天使、その他の短編」中の「赤猫の舌」に出演してた、今駒ちひろさん。
今回はおそらく彼女の得意な役だと思います。だけど簡単にはやらせません。いい感じに負荷がかかってると思います。それを嬉々として受け止める今駒は、きっと輝くはずです。
 
「Lullaby」に出演していた柘植裕士さん。
Lullabyに引き続き渋い感じに突き抜けてもらっていますが、今回はさらにお茶目なテイストも混ぜつつ、そのギャップも混ぜつつさらなる大人の渋みを味わっていただきたい。
 
ロデオ☆座☆ヘヴンの主宰。小栗作品ではロデオの「ドリームランド」に出演されています澤口渉さん。2年ぶりに一緒にやるけども、今回すごく嬉しい気持ちになったのは澤口くんの気合い。抜き身で来てくれているので演出つけててすごく楽しい。
 
そして。
俺の作品にはもう何度目だろう。百花亜希さん。
いつも通りいつも以上の天真爛漫さとストイシズムで物語と一体になって俺の世界観の岬に立ってくれています。
もう一発先に行きたい。もっとすげぇもん見せたい。これもいつもの精神ですが。今回も変わらず、それを共に追い求める所存です。
 
おれはおもう。

この「The Phantom Cowboy」。作れて嬉しい。楽しい。大好き。
ハタチの頃こんなことがやりたかったんだよなー。ってことが20年経った今できてるので、しあわせです。
 
みにきてください。
 
以下、案内文
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FunIQのかけ算第3弾
FunIQ×小栗剛(qui-co.)
「The Phantom Cowboy」
【脚本・演出】 小栗剛(qui-co.)
【会場】スタジオ空洞
東京都豊島区池袋3-60-5 地下1階
JR線・東武線・西武線・東京メトロ各線
池袋駅徒歩7分
【あらすじ】
90年代後半、シアトル郊外の静謐な果樹園を舞台にした物語。
幻肢痛(=失ったはずの手足が痛む)における治療において、天才的だったウェズリ。
傷つきリタイアした彼の生活を支えたのは幼馴染のララ。
穏やかな日々。ウェズリはひとり裏庭のデッキで佇む。
見渡す限りの田園には鉄塔が立ち、黄金色の夕日が逆光となって黒い影を庭にまで伸ばす。
癒しの日々に突然現れたのは「ファントム」。
故郷に伝わる民間伝承(フォークロア)にはこうある。
「出会ったものは全ての願いを叶えてもらえる」
しかしその全ての者は行方不明になってしまったか、あるいは…。
つむじ風が果樹園の埃を舞い上げる。ファントムは言う。
「すべて現実にしてやる。」
ウェズリは笑って胸元のスカーフを握り締めた。
チェーホフ幻の短編「黒衣の僧」、ラマ・チャンドラン「脳の中の幽霊」、
そしてジュディ・シルの同名タイトルの楽曲をモチーフに、
小栗剛(キコ/qui-co.)が描く、過剰にセンチメンタルなサイコサスペンス。
最悪のラブストーリーが、観る者に強制的な癒し(キュア)を施します。
どうかご覚悟の上、癒されにおいでください。
【出演者】
日比野線(FunIQ/劇団半開き)
辻貴大(FunIQ/カムヰヤッセン)
太田麻貴
今駒ちひろ
白土良介
鈴木朝代
柘植裕士
吉岡瞳
澤口渉(ロデオ★座★ヘヴン/TOHOKU Roots Project)
 
百花亜季(DULL-COLORED POP)
 
【タイムスケジュール】
9/18(月)19:30〜(前半割)
9/19(火)19:30〜(前半割)
9/20(水)19:30〜
9/21(木)19:30〜
9/22(金)14:00〜、19:30〜
9/23(土)14:00〜、19:30〜
9/24(日)11:00〜、16:00〜
【料金】
一般前売り 3,000円
学生前売り 2,500円
一般当日 3,300円
学生当日 2,800円
一般前半割 2,500円
学生前半割 2,000円
【予約】
【HP】
 
Djultevaaeq2tt
よろしくお願いいいたします。
 

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2016年10月19日 (水)

「サンダルウッド」での歌詞 

小栗です。

7th fragment「平日の天使、その他の短編」終演しました。
雨の中、たくさんのお客様にご来場いただき、無事幕を閉じることができました。
当日パンフレットに雨の事を書きました。
雨の代々木上原が好きだー、みたいなこと。そしたらものの見事に公演中ずっと雨。
みなさんには申し訳ないと思いつつも、正直、ロケーション的には雨がよかったので俺はちょっと嬉しかったです。最終日だけ晴れるというのも。
表題作「平日の天使」は、台本上、四つのチャプターで構成されていました。
それぞれにサブタイトルが付けられていました。
「ラット13」なんかでは映像でサブタイトルを打っていたのでお目見えしましたが、映像を打たない公演ではサブタイトルの存在は関係者のみが知るものとなります。
どうせ役者も見てないし、稽古場で俺がサブタイトルを読んでも、なんか、失笑とかするやつがいるので、むかつくし、毎回俺だけの愉しみとして趣味全開でネーミングをしています。
今回は、サブタイトルが同時に掛かっている曲でもあるという形にしました。
ジュディ・シルとエル・キングと、エリカさんです。権利とかめんどくさいのでurlは貼らないでおきます。youtubeなどで検索するとすぐでてきますので!
「平日の天使」サブタイトル
■ch1「Crayon angel」
 ジュディ・シルの曲。平日の天使なので、angelの曲で始まるのがいいと思ってこれです。
■ch2「Where the Devil don't go」
 ch1の終わりで犯行声明をし、登場人物の彼らが「悪魔も行かないような場所」に踏み出さざるを得ない状況になったのでこれです。
 
■ch3「Jesus was a cross maker」
 「キリストは十字架職人」。難解な歌詞で知られるジュディ・シルの楽曲の中でも特に様々な解釈があります。僕は「神の子なんつっても、十字架作ってばっかじゃねぇかよ。」みたいな皮肉のニュアンスでこれにしました。ちなみに主人公のマリの造形としてはジュディ・シルをモチーフにしてました。
 
■ch4「雨と女の子」
 「雨と女の子」は、サビの「雨」というワードが「アーメン」に変わるところが、なんか救われてて、これだ!と思いました。何も解決してないのに、どこか救われる気がしました。罪とか罰とか赦しとか、意外にキリスト教っぽいテーマで臨んでいた今回の作品。日常の誰にでもあるような罪を繊細に描いたこの楽曲はだいぶリンクしました。
 あと、歌詞に「おしり」がでてくるところもかなり響いた。
 石巻でやった「water」でも「アルベルベロの木」で親和性をかなり感じたエリカさんの楽曲です。
英語、英語で来て最後のサブタイは日本語で歌も日本語というのが拘りポイントです。
一緒にいてくれて、ありがとうございます。
リクエストをいただきましたので、お応えします。

サンダルウッドでの歌詞。ふたつとも。

■リリィのテーマ
草原で編んでいた 三つ編みはもう解けず
真っ白いキスをした
アーモンド噛み砕いたような 感じ
リリィ 待っておくれ その未来まで
列車の窓辺 左手に猫
苛立った雨を 逃げ切った君の
その立ち姿 右手にマーガレット

透き通る夢は その胸にひとつ
吸い過ぎた煙草 世界を燃やす

リリィ 待っておくれ その未来まで
列車の窓辺 この愛の歌
汚れたハンカチーフ 振り回したり
陽にかざし わけなく わらったり



11月 朝陽の強すぎる陽射しでパンが燃えた
誰ひとり見ていない
誰もいないのに 愛
愛がそこにあって
私はそこで少女になったんだ
ねぇ 僕は歌が好きな羊飼い
君の足が不自由なら そこで聴けばいい
リリィ 恋人よ
■サンダルウッドのテーマ

その いとおしい声で
「もういいかい」
この ぼくをさがして
「もういいよ」
けがれることのない遊びの中
もし僕がみつかったなら名前を呼んで
結ぼう指と指
もし神にみつかったなら指を隠して
離せないから
まだ恥じらうあの踊りが舞い降りて
目をふさいだリリィ光と君を見る

はみ出してたメリーゴーラウンド
危ない空で止まった
私の顔で笑う天使
さよなら

また君がみつかったなら名前呼ぶから
結ぼう指と指
もししゃべらなくったっていいよ宙に舞った君と
話せなくても
会おう可愛いあの踊りが舞い降りて
目を二度と閉じずに光の私を抱きしめて


(最後のリフレインが続き、いよいよ曲が終わりそうになる。
小百合のステップだけが終わることをできない。)

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2016年3月10日 (木)

「ラット13」への習作②


キコ/qui-co.「ラット13」
ここからの眺めを見せたかった。
街道の灯り。点滅の信号。ヘッドライトの光。
誰かが、無数の雑草を千切ってビニール袋にぎゅうぎゅうにつめる。息を切らして屋上に駆け上る。
スミレの花が中空からばら撒かれて、ゆっくりと風に舞う。少しずつ落ちてゆく。
そうして、
少しずつ夜になっていく。
この夜は私たちに、たった一度だけ訪れる。
蒼い影に君がざわめいて、団地のどこかで女の子が悲鳴をあげる。
気が違ったような鮮やかな朱色の、ワンピースだけが廊下に落ちている。
ゴールデンウィークの退屈な黄昏。
最悪な団地で、私たちはネズミのように繁殖する。

ここからの眺めをみせたかった。
ここからの眺めをみせたかったのに。

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「ラット13」への習作①

それは彼が置いていったペットボトル。
新しい恋人ができたから処分しようと思う。
口を付けてから随分と放置してしまって、もう飲めなくなったミネラルウォーター。
ただ捨てるのもなんだから、その水で窓を洗った。
天気が良すぎて、陽射しも強かったから、Tシャツに汗が染みた。
一点の曇りもなくなった窓から、昼下がりの怠惰な繁華街を見下ろす。
鉄塔が平野に連なる。あれは汚れた電気を運んでいるんだって。
鉄塔を見損なった。
ただ立っているだけでいいのに。
足の指は、サッシに溜まった汚れたミネラルウォーターに濡れていた。
足が乾くまで見ていた。
涙が零れたので、私は寂しいんだと気付いた。

公営団地に住んでいる。
暗いコンクリートに初夏の予感が吹き抜けて、弱い風に乗ってどこかの部屋のステレオから古いロックミュージックが漏れ出している。
ネズミが笑顔で走り抜けたから、あいつが歌ってるみたいだった。
ストーンローゼスの「I wanna be adored」。
鼓膜をリンチするような重いベースと、ボーカルの優しい声が好き。

私の。
あの曲が入ってたカセットテープ、どこに行ったんだろう。
あんなにたくさんのカセットテープたち、どこに消えちゃったんだろう。
ねえ、どこかの部屋の誰か。
お願いだから音楽を止めないで。
わたしがおもいだすまで。

どこにきえちゃったんだろう。
どこにきえちゃったんだろう。

手の指が目を離れない。
足の指はまだ乾かない。
わたしの胸は血がわめく毎に痙攣し、
わたしの肺にはもう、夏が訪れてしまった。
目の前にいる見知らぬ男のひとは、
どうしてあたしをだきしめてるんだろう。
なにもわからないけど、しあわせ。
この団地に起こる出来事は、


あれもこれもぜんぶ


にんげんのしわざ

キコ/qui-co. 6th protest
「ラット13」

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2015年12月31日 (木)

がんばったって無理だよ 変ろうたって無理だ (2015年振り返り)

今年の活動。D0e5294d

「R」vol.10にキコ/qui-co.として「大好きなやよいちゃん。やよいちゃんへ」で参加。
石巻にて。

ひとり芝居。芝居というかパフォーマンス。
ギター弾きながらひとり二役でちょっと歌ったりもしつつ。
間違いなく今までのステージで最も緊張した。
今年のキコ/qui-co.名義の活動はこれのみ。
本書くのも練習するのもものすごいハードで、キコ/qui-co.の世界やるのってこんなに大変なんだなぁと思った。いつも付き合ってくれる人たちに感謝してみたり。
もう二度とひとり芝居なんてやりたくないと思っていたけど、今は「またやろう」と思ってる。
修行的な意味で。
ステージの翌日は石巻でのんびりさせてもらった。
矢口くんと矢口くんのねーちゃんとなおやくんとで、いろんなとこ連れて行ってもらい、いろんな景色みて、いろんなもん喰った。
ともだちも増えて嬉しかったし、去年石巻でやったサンダルウッドの事をまだ覚えていてくれて、好いてくれていることを聞いたことは、その事実はつらい時に支えになってくれた。
海で、矢口くんがおごってくれたビールを呑みながらズクナシの「消えてゆけ美しい今日よ」を聴いた。
この日は間違いなく完璧な日だった。
帰りに駅で石巻の彼が路上やってて、「さよならcolor」歌ってくれた。

【ハッカ】の旗揚げ公演「おつきさまがついてくる」
脚本、演出で参加。

「生身の絵本」というコンセプトで、不老不死を扱ったSFもの。
相当繊細に作った記憶がある。本もそうだけど、音とか位置とかかなり細かく作った。
かつ演劇的な迫力もしっかりないとな、ということでバランスが難しかったけど、いい所はつけたと思う。
本が遅れたので、演者には迷惑かけた。
特に東澤有香にはすっごい負荷をかけた。反省はしてるけど、またかけると思うので、まったく謝らないことにする。
演奏のシーンは楽しかったなぁ。
小屋入りから仕込みの時間が頭ブッ壊れるくらい楽しくて、今も思い出し笑いする。菅野貴夫くんに単管もたせたり、かぐみさんが舞台監督に間違われたり、息ができないぐらい笑ってた。
童心に帰った。


ロデオ☆座☆ヘヴンの「ドリームランド」
脚本、演出で参加。
主宰の澤口くんと何回も呑んで語り合い、共通の原風景である「砂利の駐車場」のイメージからちょっとずつ膨らまして造っていった。
最終的にブルーハーツの「TOO MUCH PAIN」をやろうというコンセプトになった。
あと、OPでミッシェルの「暴かれた世界」を爆音でかけるのも絶対やりたかった。
そうしたらあのようになった。
今できることは全部やった。評判良くてよかった。
百花亜希とひさしぶりに一緒にやれた。このひさしぶりの間に彼女が培った成長が、俺を熱くしてくれた。
小屋入りの日が異様に楽しくて、しあわせだった。
ああ、そうか。俺はいっぱい人と話すとしあわせになるんだな。
そうそう。これまた本が遅れて迷惑かけた。これは謝る。
みなさんごめんなさい。
ついてきてくれてありがとう。

忘年イベント「meshi-terro」に「ミートソース・グラヴィティ」で参加。
脚本、出演。
お世話になっている石丸さち子さんの誘いで、ふたつ返事で参加を決める。
年末イベントだしクリスマスだし、のびのび楽しんで書くぞ!
と思ったしそう書いたけど、いざ演者として立ってみて、
「うわー、これ大変だ」
と思った。
よく大変とか難しいとか人を選ぶとか言われるわけなのだけど、それをすごく実感した。
しかし冷静に分析もできたので、成長の大きな糧になると思う。
伊藤靖浩くんと西条美咲さんがすごいノッてやってくれたので、そこから見えることも多かった。
どうやってノッっていくか、ノラせるか。
という所を精神論だけでなく方法論で考えると面白いかもしれない。
今年は結構明け透けに書いた。
書きすぎたのでもうプライベートをネタにもってこようにもネタが切れた。
私生活が、ちょっとやばいくらいに枯れてて駄目すぎる。

来年はちょっとその明け透けからは離れて、想像力とインスピレーションを鍛え上げるというか、磨くというか、使いもんにしたいなと思う。
10代の感性はもどらないし、もどらなくてもいいけど、感覚は戻したい。
皮膚を敏感にする。
皮膚で景色を見る。
皮膚で物語を書く。
大きく、急激に成長したい。俺は怠惰だった。
そうでないと、成長していく仲間たちと一緒にいられない。
一生懸命な友達と仲良くできない。
と、柄にもなくまともな向上心でいる。
作品を観てくれたお客さんに心から感謝します。
作品を一緒に作ってくれたみなさんに心から感謝します。
また付き合ってください。
来年の俺の作品を楽しみにしてください。1枚か2枚、突き破ったものになっているはずです。 とうとう先に進めるさ 好きなコはできた

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2015年5月20日 (水)

侵略するしかない

結局、「行動を起こす勇気」っていう効果がほしいよね。物語とか歌って。

中学の時、好きな娘に告白することになった。
こっくりさんをやってて、「つよしこくはくしろ」とでてしまった。
「誰にですか?」と聞くと「O島N子」とでてしまった。
あたってた。こっくりすげーな!と思った。こっくりは告白する日まで決めてきた。意外に律儀な面もあるんだな、と思った。
それは次の土曜日だった。(当時はまだ半ドンだった)

金曜日。告白前日。友達の家ではじめて煙草を吸った。
他の友達はaiwaのCDデッキでピーズやグレイトリッチーズを聴きながらチャンプロードを読んだり、ファミスタで喧嘩したりしてた。
俺だけ何もしてなかった。頭の中はあの娘と付き合った後の世界の話でいっぱいだった。
台風の日にが必ず会う。ズブでブスなんだけど、すごく白い彼女の肌と芯のない声が台風の雨で滅茶苦茶になればいいし、それが見たい。結婚式も台風だろう。彼女はズブ濡れの白無垢で、落ちた化粧で顔がきったねえ。正月は小さなコタツに入で一緒に寝てしまう。雑煮は俺が作る。
俺は怖かった。
この夢が潰えてしまうことが。

ボーっとしたまま帰った。たばこ臭かったので母が怒っていたと思う。
テレビをつけると、辰吉のボクシング世界タイトル戦をやっていた。
「辰吉が勝ったら、ほんとに告白しよう。」
正直、判定になったら自分に言い訳ができるとかそういうセコいことを考えていた。できれば告白したくなかった。卒業まで半年以上ある。できれば決着をつけたくなかった。
そんな俺の逡巡などまったく関係なく、辰吉は勝った。スパーンと勝った。見事な勝ちっぷりだった。俺は景気よく死刑台に立たされた。
その後、ミュージックステーションでは永井真理子が歌っていた。「私の中の勇気」

 

すでにロックdaisukiな俺だったけど、最終的に背中を押してくれたのはこれだった。だっせー俺。と思いつつ。

生まれて初めて、好きな人に告白をした。
「俺が求める世界」
を手に入れんとする戦いだった。
14歳の俺は挑んだ。
相手の気持ちはわからない。しかし俺はあの顔と肌と心が欲しい。侵略するしかない。これは侵略戦争だ。
もちろん内政干渉はある。友達だ。俺に様々なネガキャンを施す。小学生の頃に付き合ってた男のこと。そいつの事、この前の全校集会でも見てたよってこと。俺がだれそれとだれそれと二股かけたとか言う噂が全クラスに流れたことが致命的な不利になるであろうこと。そんな誤解とく術がないこと。ねえちゃんがヤンキーだってこと。そもそもこっくりさん動かしてたのお前だろと思いつつ、俺も「いつか告白しなきゃ」とは思っていたのでちょっと感謝していたのはあるけど。いかに「つよしに勝ちの望みがないか」ってことであおってきやがるのはハラたった。それらを涙ながらの暴力で片付ける。粛清である。
それこそ、俺の第一次世界大戦だった。

恋の告白とは、
世界を手に入れようとする、小さな戦争の英雄の物語なのだ。
(そして散っていく英霊の物語なのだ。)

そんな俺は今、物語を作る人になった。
俺の作る物語が誰かの勇気になってくれたらいいな、と思う。

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2015年5月13日 (水)

ノス オア ダイ

今しがたツイッターで「ノス オア ダイ」を宣言したばかりの俺だが、
ノスタルジィと言えばそう、大林宣彦である。
俺は彼の「はるか、ノスタルジィ」という映画でノスの感覚を得た。当時16歳。人生をなつかしむには早すぎる。つまり、「ノスの感覚(以下フォースと呼ぶ)」は懐古や逃避ではないという事を言いたい。例えば役者目指して東京出てきた同世代の誰かと座組で会って、ブルーハーツの話なんかして、サードアルバム以降を認めるか認めないかみたいなしょうもない喧嘩して、でもやっぱリンダリンダだっつって、お前もそうかなんつって共鳴すること。これは違う。それはただの共鳴。只の音。その程度の音では鬼を呼べない(俺の家系は鬼呼びに関する生業をしてます)。

じゃあ、なんだったら鬼レベルのノスにいけるのか。
貴様が「リンダリンダ」をはじめて聴いた日が何曜日だったかを言えるまで「思い出す」こと。

まあ。別に何曜日でもいい。
事細かに思い出す必要がある。
友達の家で聴いた。
夕方だった。
つまり部活が休みだった。部活の無い日はセブンイレブンの駐車場でたまって、遊ぶ友達を探した。普段仲よくない奴も一緒にそいつの家に行った。少し緊張した。そいつんちは寿司屋だったから賄いのメシのあまりを喰わしてもらった。うまかったからそれだけで仲良くなれた。ファミコンをやれるのは二人だけだから、あとのやつは漫画に目をやりながら、貴様が何者であるかを語った。俺はサッカー部であいつは剣道部だった。俺たちは、誰が誰を好きだとか他人の話ばかりして、自分の好きな娘の話は口が裂けてもしなかった。だけど、誰かがAIWAの三連デッキで「リンダリンダ」をかけた時は、なんか、みんな黙っちゃったんだよな。

帰り道にだいちゃんと一緒で、どちらからともなく、リンダリンダ~とか唄いながら自転車こいで。 だいちゃんが急に、「おれ、告白すっわ。」 とか言い出したのを思い出した。門井の十字路にできたばかりのラブホテル「カテリーナ」の向こうに夕陽が差して。逆光で、まるでカテリーナが戦地に構える要塞のように見えた。何かを守らんとするような影。
だいちゃんの好きな娘は、いわなかったけど俺が付き合ってる娘でもあったから、「きっとうまくいくよ!」なんつってた。絶対だいちゃんがフラれるって思ってたけど。
「たばこすおーぜ!」なんつってはしゃいで、なかなか帰らなかった。全部作り話だけど。

 

さあ、思い出せ。 ググってもでてこないぞ。 貴様のノスタルジィは生きているか。 どうせ死んでんだろ。お前の感性なんか。 ブタども。

 

ブルーハーツ

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2015年4月25日 (土)

暴力

アパートにはタクシーで帰った。
松戸の朝の殺伐。明け方、誰も居ない十字路を見る。当たり前の絵なのに、居なくなってしまう喪失の予感を感じる。
プラスチックの屋根が階段を覆っている。雨がバラバラと打ちつける。
タクシーのヘッドランプがそいつを照らす。
部屋ではあの娘が寝ている。起きてる内に帰って来れなくてごめん。
明日は給料日だから早起きしよう。
海か。
川か。
とにかくは大量の水のあるところへ、行こう。

 

夜明けの薄暗さが商店街を燃やす。低温火災。
静寂の音。沈黙の色。
ちょうちんが連なり道を知らしめている。向こうにはボンヤリと、浮かぶように見えるイトーヨーカドー。廃城のような佇まい。

夏が始まったのだ。

墨汁の匂いが嗅ぎたい。
そうすることでしっかりとしたアタマが保てる気がする。
要は、夏なのだ。

彼の言うとおり、すでに世界は滅んでしまったのだろうと思う。
本当に、ただ、ほとんどの人が生き残ってしまったから分かりづらいだけで。

あまりにも利己的な大人が「公」を食い潰す。
金は神だ。金こそが私達を支配していると言い切ってしまえ。
無気力なルーティン。
トラフィック・ファシズム。
銀河鉄道は乗車率200%。
匿名性の権化と化した列車が子供たちを轢き殺しまくる。

政府はエンターテイメント・プロレス。夢見がちな大人のショー。一億総フリーター。
そのエンターテイメントのつまらなさ。救いのないニヒリズム。
アナーキーとはまさに今、現実。

 

「コーヒーだけが心の支えだ」と言う君を、僕は信じる。

孤独を治れ。私達は友となろう。

暴力とは殴ることばかりじゃない。
たゆたう日々の感情の波を。その平穏を断つ不用意なダムだ。

つまりは、
世の秩序が殺伐としたエゴで保たれているのだとしたら、

 

愛と平和こそが私達の暴力なのだ。

 

愛を想い、平和を願おう。
たとえそれらを得られないとしても。

それだけで私達は反逆者になれる。
愛と平和こそが、私達の暴力なのだ。

 

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2015年4月24日 (金)

五月の感性

五月の閑静。
耳を塞ぐ。

 
 
 
 

恋の始まり。土曜日の強風。木々の影が家の二階を撫でる。
この目にだけ見ゆる。
感ずることのできる。いじらしい狂騒。

 
 

「そんなに気を使わなくっていいから。」 

 
 

その目だけが今、機能している。
希望を持とう、だなんて、なんて戯言だ。

穢れたまま飛び降りよう。このバルコニーから。

 

閑静なるこの五月。
鼓膜の破れた笑顔。

 

思いつきで二人は心中した。

鳥が飛ぶ。

6時のニュースが始まる。

 

目を覚ませ。
我が姫。

 

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シスターシープ

こないだ、【ハッカ】http://hacca.s502.xrea.com/のミーティングで舞台でやる歌どうしようかという話になり、メンツには俺の事ハタチぐらいから知ってるキミちゃん(東澤有香)もいて、
「小栗が若かりし頃に作った歌」は使えないか、という話題で盛り上がった。
ギター片手にポロポロ唄ってみたら、びっくりするぐらいに覚えていた。
そしてびっくりするぐらい、意外と良い歌だった。
実際舞台でやらないとは思うけど。
そんな中で思い出した歌詞。音源が一切残ってないやつ。

「シスター・シープ」

シスター・シープ 真夏の静寂
この目にだけ見ゆるいじらしさ
張りつめて 張り裂ける シスター・シープ
荒ぶることなかれ
壊れた町に妹を置き去りにした夏
美しい雨に妹よ
手の甲濡らす 
言葉がどしゃぶりさ

ウラ 歌えよこの町に
微笑み尽くす やさしさは
悲しみで鳴るオルガンと
胸の痛みで行く君は
シスター

シスター・シープ 川が流れてる
お前の名前が煌いて
川面には咲き誇る夕立
飛び散る光
とり散り零す
お前がかけたこのテレフォン
僅かにだけ聴こえる
私を走らす泣き声は、この血にまで響く
言葉が見つからない

ウラ 歌えよこの町に
微笑み尽くす やさしさは
悲しみで鳴るオルガンと
胸の痛みで行く君は 
 

引き裂かれたとして
それぞれの場所
絶やさぬのは この全ての日々
夕立が来る
瞳が割れる
あたかもふたりの身のまわりには
無駄に天も地も
所在無く
 

手をつなげているだけさ
気が触れるまで俺たちは

 

 

---------------------------------
完璧に
「お前だけが俺のすべて。他のやつらは全部クソ」
みたいな世界観で生きてた頃の歌。
しかし残念な事に、
今になっても俺の世界観はそんな変わんなくて。

それはとても恥ずかしく、
少しだけ誇らしい。

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