2012年1月 3日 (火)

きみがぼくをしってる


 
 
パソコンの中のデータを整理してたら、いろいろ昔のメモがでてきたのでツイッターで小出ししたり、ブログで大出ししてみたりした。ほとんどが3,4年前のやつだけど。
こういうことをやると如実にフォロワーが減るので、正直さびしい。
でもやめられない。

 
いままでしてきた悪いことだけで、
僕が明日有名になっても
どうってことないぜ
まるで気にしない
君が、僕を、知ってる。
 
この曲をの出だしが最高に好き。
中学の卒業間近の頃によく聴いてた。
その頃、八重ちゃんって娘が好きだった。八重ちゃんを思い出す。
八重ちゃんはおれによく話しかけてくれたので好きだった。
ショートカットで、クッキリした二重まぶたで、ソフトボール部だった。
告白はできなかった。
好きになってしまってからは、緊張してしまって話せなかった。
嫌われないようにするとか、好かれたくて八重ちゃんの彼氏っぽく悪ぶってみたりとかして、
なんだかもう話すことがなくなっちゃったんだよね。
スーパーマーケットの焼き鳥屋で、ソフトクリームも売ってて、
今頃の寒い季節だったけど、そこで一緒に食べたり、
友達が煙草を吸っているのを待っている時に一緒だったり、
あと、「なかよし」っていう文具屋があって、なんかしんないけどそこでよく会えた。
八重ちゃんに会うために、八重ちゃんの行ってた塾に勝手に行ったりしてた。
いれば、かならず話しかけてくれた。
八重ちゃんが、僕のことを知っている。
その事実を何度も反芻した。
 
結局、その恋はそれで終わって。
成人式の時に再会して、一緒に写真撮ってもらった。
そのあとちょっとだけ手紙のやりとりして、
手紙がおれの番だったのに、
ハタチにして不良になってしまったおれは字が書けなくなり、
それっきりだ。
 
それがもう、15年前なんだな。
ん?
おい!
待ってくれ。ハタチが15年前だって?
おれは15歳のときの恋の思い出を書いていた。
その5年後のはたちの成人しきのエピソードで幕を閉じた。
それからもう15年?
ん?
なんだ?
これは。
15?
ん?
なんだ。
トリックか?
まあ、とにかくもうすぐ35歳だ。
5って節目だから、覚えやすいよね。 
 
 
14歳とか15歳のとき、すごく幸せだったんだ。
かなしいこともくるしいこともくやしいこともあったけど、
夢があって、友達がいて、恋をしていた。
感じることが多すぎて、毎日死にそうだった。
こんな日は長く続かないさと思って、必死に焼き付けていた。
やっぱり、全部無くなってしまって、
おれはまったくかがやいてなくて、
輝いた日々なんてなくて、
あの日焼き付けた「感覚」がほんとにやけついたままになってるから、
苦しい。
 
「感覚」が戻るたびに、僕は「あいしてる」という言葉しか喋れなくなる。
相手のことなんかまるで無視した、
レイプまがいの
「あいしてる」
誰に向けたわけでもない、無差別の
「あいしてる」
 
祭りなんだよ。
おれはこれで、
ニヒリストが大嫌いなので、できればぶっころしてやりたいです。
頭のいい人はニヒリストが多いので、
自分が頭いいとおもっているひとは、きをつけてください。
たまにぶっころします。
 
 
話は変わるけど、
 
A Take Away Show
 
ってググってみてほしい。
ヴィンセント・ムーン(Vincent Moon)って人がやりはじめた企画?なのかよくわかんないけどそういうので、おれ、このシリーズがほんと大好きで。 
たとえばこういうの。
 

 
こういうのをね、作りたいと思って。
というか正直パクリたいと思って。
今日はビックカメラに行っていろいろ見て来たよ。
カメラだから。
ほんと、まじでパソコンを新しくするところからだね。
レンズも必要だけど、パソコンありきだわ。
 
荒船くんとやりたい。
 
いやね。やっぱキコの、つうかおれの心臓の中にある村ってのをね、
他人に表現される楽しさってのは狂っていてね。
「演劇の劇中の映像」
みたいなクソみたいなくくりの中でいては駄目だ!っていつも思ってて。
もういっぱつ抜けたいんだよ。
 
今後キコのビジュアルイメージでは全面的に参加してもらうしね。
Tシャツとかそういうのがあるとしたら。
本人に確認とってないけど。
断られたらさびしいけど。
荒船くん、断ったら俺、八重ちゃんに何するかわかんないぜ。
 
いやだろ。そういうのは。
俺もいやだ。
 
だから、やろうぜ。いろいろやろうぜ。
 
さくせん:いろいろやろうぜ
 
たたかう 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 2日 (月)

「とりはだ」

「とりはだ」


鳥肌。
彼はよく鳥肌を立てる。

鳥肌のシーン。
・ディストーションの瞬間。
・ベースの疾走。
発狂
野球帽。砕け散るイノセンス。
中古の戦車を拾って帰る?

歌詞が好きだなんて、お前、気持ち悪いな。

な?

野球帽。漫画。

鼓膜が破けた瞬間。喧騒の合間の言葉は

「夕暮れにうかびあがるおれ。」

鳥肌。

チューリップ。

鳥肌。

泣き叫ぶ子供のダダ。
母親の尻。何かを知り尽くした無知。ムチムチのけつ。

さあ、かまいたちです。
死亡。
鳥肌。

35歳の熟れた死体。

セックスへの憧憬。セックス時計。
時間終了。I don't know


鳥肌。


渇いた皮膚。春。


草原のギターはフォークソング。
可憐な恋人の健全な睡眠。

真夜中の鳥小屋の前のベンチ。

こどもが画用紙に棒人間を書く。

「これならあたしにもかけるね。」

「yes」

「せんせいみたいにお上手になりたい。」

「yes」

「せんせい。みて。」

「YES」

骨折したイルカと盲目のシャチが海上自衛隊に敬礼されている。
それを見て笑う無数の棒人間。

鳥肌。

鳥肌。

鳥肌。


ダビングなのになあ。

ひとりじゃ駄目だった。

唇を縫い付ける。

くちばし。

エレクトリカルな世界が夜を一層暗くする。

ウッドベースの弾けた音は、性欲の高まった女が少年をビンタする音。
あまりにも滑稽な女の表情に、外国の昼が覆いかぶさる。

セントラルパークではストラトヴァリウスの弦が切れたの。
日本食のランチタイム。
古代の化石を食べたラテン人が、
呪われて、地中に帰る。

何もいない鳥小屋。

くちばし。

よその屋上から。
ピアノが落ちてくる。

警官がなんでもないと言っている。

ぼくのくちばしが笑っている。

パトカーの赤い光が、おまつりみたいだから!
ぼくはたのしくて、おかさんとおとさんをさがした!!!!!!

これ、3歳のときに見た。あの夢だ。

やがて婦人警官が来て、「おかあさん死んじゃったね。」って言う。
お父さんがスーパーカブにまたがってジャリミチを爆走していく。

僕をすてた。

くちばしに羽があたる。

ぼくのとりはだは、もう鳥の肌になっていて。

プンプンしながらぼくは宙に浮くんだ。

ぼくはもう鳥。

くらげにのって、群馬に行く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

しんねんのちかい

なんだかべつにキコのことばかり書かなくてもいいんだよね。
ブログなんだから。
 
あはははは。
 
キコに関することばっかり書いてる。二言目にはキコ。
キコに一生懸命だね、っていうよりか強迫観念っぽくて、
かわいそうだね、俺。
 
さて。
 
今年の目標はなにかなー、って思っているのだけど。
お。
もうすぐ元旦が終わる。
 
いい年にしよう。
おれがするんだ。
 
今年の目標は、「結婚」
 
数年前にも掲げた目標なんだけど、改めて掲げるよ。
結婚したい。
なんだかね、
もう。
すっごくしたいんだよ。
おれがしたいんだよ。おれが、結婚がしたいんだ。
 
家庭を作りたい。
おれのやすらぎとかじゃなくて、ただもう、作りたいんだよ!
他人じゃないやつがほしいんだ。一生懸命生きたいんだ。 
自由が制限されるとか金銭的にどうとか、
しらねえよ。
おれ馬鹿だから(本当)、計算よくわかんねえけど、そのぶんいっぱい金かせげばいいんでしょ。
 
正月やクリスマスに、人の真価は問われるよね。
家族と過ごして幸せだなって思えるのが、いいよな。それが正解なんだってすごく思った。
あこがれた。
おれは家族といたい。おれが作った家族と居たい。
においをかぎたいよ。怪我をさせないように気をつけるからハグとかブハブハとかやらしてほしい。
やらせてくれるような元気なパパになるよ。
それだけでいいよ。
 
なんかさ、想像しただけですごく興奮するんだよね。結婚とか家庭とか。
なんだこれ。
おれにも来たってかんじだよね。
開いた。
ゲートが。
みえるよ。今はみえるんだ。
 
 
みんなこんな感じで結婚したのか…。
すげえな…。かなわねえな。
 
たぶん、みんな、こんなかんじだろうな。
 

 
結婚は、もうおれの中で
「KEKON」
というひとつのムーブメントとして息づいているよ。
かつてのヒッピームーブメントやマッドチェスタームーブメントと同じように、
おれを徹底的にダンスさせるのさ、「KEKON」は。
 
うん。
ちょっとは本気です。
結婚は、したい。
恥ずかしい地点からのスタートですけど。
 
あと、今年はまずひどい肩こり治してイライラしない。
元凶だったからね。
今ちょっと治ってきたから、これの効果は期待できそうな予感する。
 
あと、ともだちと遊ぶ。
ひとりでばっか遊ばない。
 
あと、旅をする。
これもちゃんと感動をシェアできるようにする。
旅に出る前から感動しちゃってるのはもう、性癖みたいなもんなのでOK。
 
あと、新しいパソコンを買う。キーボードも新調する。
あと、服を買う。ここ3年くらい下着以外買ってないので。
  
ああ。
健康でさえ居れば、かないそうなものばかりを願ってるね。結婚以外は。
まあ、がんばろう。
まあ、ただ単にたくさんの手を握る。ってそれだけだよな。
 
いや、違う。
出会いを大切にするって意味だよ。関係を粗末にしないってことだよ。 
 
あと、好きな人には好きなことをしっかり伝える。
これは恋愛のことではない部門での話。

恋愛はどうでもいいよ。
おれがやりたいのはKEKONだから。
 
さて。
あたたかい話はここらへんでおわり。
 
おれの気合について。
 

まずは2月のドリルチョコレート「世田谷童貞機構」だ。
俺、もうキコでは出演しないつもり。

だから基本、オファーないと出ない。

キコで出演しなくなったら、「役者はやめたのね。」と思われる

オファー来ない

つまり、これが俺の最後の出演になる可能性あるってわけだ。
うわー、なんか。
なんか、こうして書いてみると。ペラペラな可能性だなー。
おれだけが不安なだけね。
うん。
 
忘れないように言っておくと、原案俺だから。
楽しいぜ!
ブチ抜けてる。
みんなと芝居できるのが楽しみ。
観にきてね。サンモールスタジオだよ。
 
もし結婚してくれる、って言うや検討してみるっていう人は是非観に来て欲しいな。
これは僕が日常的に、恒常的に考えている世界だから。
つまり僕の嫁さんは毎日こういう話を聞かされて、音楽を聴かされるわけだ。
もしかしたら、収入よりセックスより大事なことかも知れないぜ。

ことしもよろしくお願いいたします。
 
おぐり
 
John_bauertyr_and_fenrir


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 1日 (日)

2012年 キコ/qui-co. 楽しい犯罪白書

1304733158410
 
 
あけましておめでとうございます。
 
キコ/qui-co.です。
 
キコ始動からの約2年。
多くの方々のお力添えあって、数々の公演とそれに付随する表現を行うことができました。
ありがとうございました。
本当に、心より感謝いたします。
 
キコはこれまで、小栗の演劇ユニットとして活動していました。
まず、僕の台本世界ありきのユニットなので、
参加してくれた方々は、僕の作品が好きだという感情で参加してくれました。
4回の公演を通じて、それは相当な数です。
とても感謝しています。
好きになってくれてありがとう。

その中で、
多くの人々との出会いと別れがありました。
大好きだ!一緒にやろう!で始まったものが、今では疎遠になってしまった関係もあり、
思い起こすたび悔しく、寂しくなります。

そういうこともあるさ、そういうもんさ、と自分を奮い立たせてみても
やっぱり苦しいのは変わらないです。
しかし、人間関係だけでは作れないので、
やっぱりこういうことは内包しながら進んでいかないといけないと思います。
ただ、 
これからはもっともっと大切に、大事にしていきたいと思っています。
小栗嫌い。
お前が変わらない限り許さん。
反省しろ。
みたいな状態でしたら、謝ります。連絡ください。
その上で、「これから」のほうに回って待ってもらえると、
お互い楽しいと思います。

そうです。「これから」です。

Live foreverのあたりの記事で、これで赤字だったらキコ消滅。
ということを書きました。
赤字でした。
予想外の赤字でした。
公演3日目あたりで赤字確定していたので
キコはここで最後だな。と思いました。自分の中では決めていました。
だけど、Live foreverのお客さんの反応を見ていたら、
なんだか自分が仮面ライダーになったような気分になって、
続けないといけないと思い直しました。
アンケートの熱量がすごかったです。
僕は、満足していないけど、伝わったんだな。共有できたんだなと思いました。
褒められても素直に受け取れない自分です。
「ウラ」で賞をもらっても素直に喜べませんでした。
僕には、喜んでいると盗人が現れるという被害妄想があります。だから駄目なんです。
 
でも、それでも。
素直に受け取らないといけないような熱量の反応だったのです。
それもたくさん。
公演を打って、ありがとうを「言われる」のは、これはもう照れていたらいかん。
真正面から受け止めないといかん。

ガプヨツで受け止めてみたら、
やる気が起きました。

なんだ、やる気の問題だったんだね。
よし!
年内だと盗人が来るから、
年が明けてから物事を始めよう!
と決めていたんだよ!
暗いようなことを書いていたのは盗人よけなんだよ!

2012年も、キコやります!

キコの今年の活動はまだ何も本決まりしていません。
こんなことがやりたいなー。ということを書きます。
 
まず、今思っているのは、
演劇以外のこともやる。
いきなりふんずまったことを言いますけど、
金は無いです。
だから演劇の本公演を打てるのは、年末にならないと無理です。
だけど、そんな先の公演なんか待ってられないんだよ。おれが。
手を繋いだだけで結婚したくなるような俺が、
待ってられるかよ。
 
だから、もっと短期間で、演劇ほど金がかからず、スパッとできることをやる。
たとえばバンド。
こないだのLive foreverでやりたかった生演奏をやっとやれて、思ったのは
「これはキコの音楽として育てたほうがいいな」
ということです。
もともと「はなよめのまち」でもストンプっぽいことやったりとかして、
ほんとは「ウラ」でもやるはずだったんだよね。
だから音のイメージはあって、でも
「演劇じゃあ、できねえのかな…。」
とも思い始めていたのだけど、Live foreverでね、
ぜんぜんそんなことないって思えた。
まずはコアを作って、そこから徐々にパートを増やして、
メンバー固定して、という感じで、
できれば役者もできる人で集めたい。
と俺は考えている。武井に話してないので、武井のイメージを聞かないと。
 
俺のイメージでは、キコの世界観に準じた音楽になる。
だからキコの活動の範疇に入れたい。

ということになってくると、
キコはメンバーを入れていくことになる。
劇団員という言葉がめっぽう苦手な僕としては、
芝居のほかにも思いつきでいろいろやらされる、と覚悟してもらいたい。
それを楽しそうって思えないとキコは無理。
言われたからやる。
教えてくれたら弾く。
芝居だけやりたい。
劇団の制作仕事はやる。
という感じでは、それは劇団員だ。劇団員はいらない。
駄菓子屋に集まるメンバーがほしい。
 

で、芝居としてもメンバー化するのはほんと理にかなっていて、
これからの僕は身体性を強く求める。
動けないとキコは無理。
つまり、定期的にスポーツやるよ、ということ。

な?
歌って、バンドやって、スポーツ…まあおそらくサッカーだろうね。
そんなことやるのは駄菓子屋に集まる面子じゃないか。
駄菓子屋は戦いだったはずだ。
たとえば、自分の買いたいものだけを買っていても存在意義は薄れる。
「あいつのお菓子の目利きは確実だ。」
と思わせないといけない。
お菓子の選別にさえ、気を抜かなかったろう?
自分を楽しいやつだと思わせるために。
 
メンバーだから出演できる、と劇団仕事をやってあぐらをかいて、
あとは小栗さんいい役ください。おもしろいこと書いてください。
って、どーーーーしてもなるのよ。
人間だもの。
プロ意識がどうじゃなくて、
人間だもの。
そりゃ、普通そう思う。
だから僕はそういうの責めない。
だけど、そりゃ「劇団員」だからそう思ってしまうのであって、
駄菓子屋メンバーだったら思わない。
だって面白くなかったら簡単に仲間はずれにされちゃうような場所だもの。
いくら仕事してても駄目だもの。
笑顔や喜びは、嘘や情けで表現できないもの。
それは俺もしかり。
そんなやついらない。
  
ちょっといろいろやりながら、人を見ながらメンバー化していく。
まあ、去年も言ってたことだけど。
目下公演が決まっていない今なので、この
「ちょっといろいろやりながら」
ができるのではないかと。
 
なんか演劇一切やらないようなこと言ってるけど、
本公演が無理なんであって、
低予算でできるならやろうと思ってます。
短編集みたいなのを。
予算組みしてみたけど、むずかしい。
俺はね、経理ができないんだよ!

だから、そういういわゆる制作面での協力者も募集しています。
つうか、これが一番切実ですね。
苦手というレベルでは無いので。
駄菓子屋そのものになってくれる人を求めています。
 
あと、ブログのタイトルのところに最近思いついたキコワードみたいなのを書きました。
ちょっと今気に入ってるんだよね。
こんな感じ。
キコは今年も元気にやります。
 
物語は幻想、映像は写実、音楽は狂騒、言葉は精霊、身体は清潔、血液は濁流、文字は恋愛、住居は森林、寝床は海底、土着信仰の世界最新モード。そんな舞台を作っています。ハード・ポップ・バーリトゥード・トランス・ロマンチック・プレイシステム。キコ/qui-co. 幼児の暴走族です。
 

 
4216b180


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月31日 (土)

さよならペス 2011年をふりかえって

1e55cdce


一年をふりかえって。
半分は充電に充てるつもりだった2011なんだけど。
結局いろいろやって、充電などできずじまい。
今は、来年こそ半分は充電にあてるつもりだけど、
たぶんいろいろやるんだろうな。
だって、やりたいから。
 
でも、いろいろ勉強とか買い物とか旅とかしたいのも確か。
あまりにも東京に居すぎる。
Live forever終わった後のからだとこころのぶっ壊れは、
単に疲れではなく、窒息が原因だったと思う。
東京で生活するのはいいが、よりどころは別の場所にして、
頻繁に都内を出ないと行けないと思う。
すきだけどね、東京。
ここ2年、ほとんど東京を出ずに生活し、せまい人間になった気がする。
たぶんそれが、アイデアの枯渇とか創作の退屈に繋がっている。
いや、してはいないんだけど、ちょっと見えたし、不安を感じてる。
俺はものを作るのが楽しくないんじゃないかって。
楽しくないことばかり見ようとしてないかって。病んでるんじゃねえかって。
それが反省点。
 
 
■1月
*rism
prism出版記念イベントに
短編「神様のけだものと悪魔のけだもの」を脚本提供。
他の脚本提供がダルカラの谷君と青☆組の小夏さんとこゆび侍の成島くんという、
「俺だけ目減りしてる!」
という怖さから必死こいて書いた。
 
グリム童話を原案をする、というテーマだったんだけど、
タイトル以外思いっきり、9割9分オリジナル。
可愛い登場人物と、美しい世界と、無常の理という三本柱をしっかりと据えて
シンプルさを心がけて書いた。というか骨組みだけにしないと15分におさまらなかった。
ちょっとだけ苦労したけど、今でもお気に入りの一本。
いつか自分で上演してみたい。

■2月
10月にキコの公演に向けて企画スタート
「Live forever」というタイトルで阪神淡路大震災をやることに決める。
90年代の喪失を描くシリーズ、というコンセプトだった。
マーケティングとかも考えてて、
俺と同年代のいわゆるロストジェネレーションをメイン客層に設定。
とか、いま思い返すとほんとに懐かしい。

このころ、「ウラ」が思ったより評判よくなく、拗ねていた。
だったらなんかシニカルなことやってれば時代への批評性が云々とか、現代の閉塞感に対するカウンターとしての云々とか気持ち悪いこと言って喜ぶんだろ、お前ら?
みたいなことも考えていたことを白状します。 
 
■3月
震災。
思い返せば
とにかく、怒りと悔しさ。
Live foreverは、一旦やめようと思ったけど、
怒りが収まらず決行することにした。
怒りは、もう、全部に対して。
 
■4月
「世田谷童貞機構」の原案を考える。
櫻井さんと呑む。
 
■5月
覚えてない。

■6月
ドリルチョコレート×キコ
「世田谷童貞機構」上演

平日二日間3ステのみ。2012年2月に再演します。
ゲネでセリフが飛んで芝居を止めるという大失態。
本番はすごく楽しくできたが、楽しみすぎたのが反省。
いろいろ悔いや反省が残るけど、それは再演で。
 
脚本の書き方にしても芝居にしても、すごく刺激的だったし、当然影響を受けたと思う。
櫻井智也という男を目に焼付けた日々だった。

■7月
キコのワークショップ開催
いつもの三鷹のところで。
三鷹、遠くてごめんなさい。
計4日間、のべ30人超の参加。
ほとんどが「はじめまして」の参加者だったので、すごく楽しかった。
コマの時間が短くて、それがよくなかったところ。
もうちょっとひとりひとり、濃密に接したかった。
ワークショップ用に
「指無村のサンデイ」を書き下ろし。
これももっと時間掛けていろいろ遊びたかった。
悔しいのでワークショプまたやります。
今度はゆっくり、一緒に遊ぼうぜ。もはや演劇のワークショップじゃないかも。

ダルカラの谷君の結婚式に
「少年篇」短編を書き下ろし。何気にこれが今年、一番苦労した台本。
手癖が変わる、というか論法が変わるというか、作風が変わるのを、
書き始めてみないとわからないボンクラなので、自分で変わったことに戸惑って進まなかった。
結局、「おめでとう」という熱い思いで乗り切る。
コマツ企画のコマツさんと範宙遊泳の山本さんも書き下ろしており、広田さんが再編して上演され、評判は上々だったとのこと。
なのに本番観にいけず。

■8月
神戸に行く。
「取材行った」と言い続けていたけど、旅行だった。
ノープラン、行き当たりばったりだったけどとにかくすごく楽しかった。
鼻血が出た。
神戸の土地の空気を肺が破裂するまで吸った。
汗まみれで楽しんじゃって、何が取材だよと思う。
今年一番楽しかった。また行きたい。

このときの神戸の感触でLive foreverを書いたので、
神戸で俺が感じた明るさと強さとでたらめさがすごく強いベースになってる。
公演が終わってから思うけど、
もしかしたら神戸で公演しても、いけるんじゃないのかな。

Live foreverの仮チラ、本チラ作る。
ホームページをリニューアル。
台本作業取り掛かる。
打ち合わせ開始。
稽古開始。
 
段取り悪すぎてすっげえ煮詰まった。
  
■9月
Live forever執筆。
今までになく改稿しまくったので、分量で言えば4本分くらい書いた。
わがままにつきあってもらって申し訳ない。

■10月
Live forever上演。
あれだけ小さなハコで、ダブルコールが起きた。
その事実だけが、記憶しておく大切な出来事。
今、東京の片隅で震災の話をやって、客席と一体になれたということ。
そこに発生していた感情。ここには現象がある。
全部キコ「らしくない」ことをやって、
一番キコが欲しかった現象が起きた。
悩む。

体中怪我だらけで、さらに頭を打って脳震盪まで起こした。
楽日前の夜にあまりの頭痛で、死を覚悟した。おおげさかもしれないけど、けっこうまじで。
もしかしたらあの時俺は死んでいて、今の俺は…。
的なことを考えるけど、まあ、残念ながら今もまぎれもない現実だ。
あまりに身体を粗雑に扱い、破滅に向かっていたので、YOSHIKIと呼ばれたのもいい思い出だ。

11月12月は、ちょろちょろと生きてた。乞食生活。
何回目だろう。乞食になるのは。今回はさすがにこたえた。楽しくない。
今は来年のための耕しの日々。もしかしたら面白いお知らせができるかも。
企画はいくつか進行中。頓挫したのもあるけど。 
 
 
初心に帰る。
またそういうことを考えている。
今年を振り返ってみて、一番ムカついたのは
「マーケティング」という言葉。
クソだ。こんなん。
実際、前の劇団をやめてキコをはじめるときに
負けたくないから、動員でも軽く越えたくて小賢しいことたくさん考えていた。
運営することで悪いことじゃないんだけど、いかんせん間違いだらけなんだよ。
あと、そういうのは馬鹿なんだからできないから、無理してやろうとしない。やった気にならない。
 
今、いろいろ悩んでいて、頭のこととか調べてみたら、
結果、馬鹿ってことがわかったんだよね。
結構まわりから馬鹿扱いされるのを疑問に思ってたんだけど、そりゃそうだよ。
馬鹿だった。
これにきづかないで34歳になっちゃってるから救いがない。
 
初心に帰る。
それはまだ、俺に「まわりのひと」がいなかった頃の話。
真夜中のオルガンで人生を決めてしまったときのあさはかで純粋な感情と可愛らしい田舎の景色。
情緒不安定で可愛かった初恋の人の髪のにおいと、そのにおいで俺の全身に駆け巡った極悪な衝動。
 
あれをもう一回見たい。感じたい。
 
馬鹿な俺にだけできることは、そういう貧しくてヒリヒリした行動しかない。
人と比べてもしかたないけど、比べてみるといかに劣った人間かが痛感できる。
他の主宰はこうだとか、あそこの演出はああだとか、だれそれはこれだけバイトして頑張ってるとか聞くと痛感する。
普通だと思っていたし、普通になりたいと思っていた。変わっていると思っていたら、違っていた。劣っていた。洗濯ものをうまくたためない。着替えるとき全部ひろげないとできない。バッグの中はぐちゃぐちゃ。トイレの電気消せない。出かけるとき忘れ物を3回する。雨が降っている日は家の鍵を掛け忘れる。傘を持ってもう片方の手で何か持って両手が塞がると全身から汗が噴き出す。電車でうしろに立たれると吐き気がして降りる。それで真心ブラザーズのライブにいけなかったことがある。感情が悪いほうに昂ぶるといろいろものを壊す。パソコンにマウスを全力投球する。自分のパソコンだけでなく、会社のパソコンでも。怪我するまで何かを殴る。
誰でもできることがやっぱりできない。
反省しろと言われても、何をどこまで反省したらいいかまったくわからない。
しっかりしろと言われても、何をどのように正せばいいかわからない。
いろいろやってみたけどやっぱり駄目だった。
最終的にそれがわかったことが今年の結果。  
それでも、俺は俺にしかできないことをやるしか、生きてる意味がない。
そんなもんなくてもいいけど。あった方が楽しく生きれるからね。
  
 
迷惑はかけるかもしれないけど、よろしく。来年のひとびと。
楽しくはするから。面白いもんはみせるから。
迷惑はかけるよ。
なにとぞ、よろしくお願いいたします。
 
ひとりのこらず楽しくさせるから、迷惑はかけます。
よろしくお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月17日 (木)

「ほしのふるよるにあいましょう」について

キコ「Live forever」
劇中、シーン10「わたしのしゃれこうべはほほえむ」において
登場人物のミミ(百花亜希)が

「これは神話です。」 
 
と言って語り始める童話というか、散文詩ですね。
当日パンフレットにも刷ったんですけど、
ブログやHPにも載せて欲しいというお客様からの要望があったので、
ひとまずブログにアップしました。
ほしのふるよるにあいましょう
HPの方ではもうちょいなんかしたいですけども、とりあえず。
今、ちょっとたてこんでる案件があるのそれが落ち着いたらやります。音出るかなー。
 
ミミは椛島美代子というのが本名で、だから作は「椛島美代子」となっています。
 
 
現実を幻想化する、というのが本作「Live forever」の取り組みのひとつだったんですが、
幻想化ってなんだろう、どうしよう、ってなった時にイメージの源泉になったのが、
原発にヘリコプターで水をぶっかけてる映像だったんですね。
あれが、ふと、「ヤマタノオロチとスサノオ」に見えて、
ああ、こういうことか。
神話ってこういうことか。
今。現実が。神話になっちゃったんだな。
と思いました。
その頃は不謹慎ムード全開の花の都大東京だったのであまり公言できなかったんですけど。
そういう風に見る事も、
今、大切な感性だ、と思いました。
 
で、そんな風に感じるのはぼくだけじゃない。と。
僕はいいんです。キコがあるから表現できる。
あと、なんかこういう孤独みたいなのは慣れっこなので。
僕以外にそういう感性をもっているひとって大変だろうな。
つらいだろうな、と思いました。
じゃあ、僕が率先して表現して、
「おまえだけじゃないよ」
って肯定してあげようと。
 
現実が強大なものになればなるほど、それ以上にぶっ飛んだ幻想が無いとバランス悪い。
自殺しちゃうんです。
人間は自殺する生き物なんです。
今、自殺する要素がそろっちゃってる。
これからもっともっと増えると思います。自殺者。
生きろ!とは言えないですけど。
自殺しなくてもいい。とは言えます。
もし、自殺の動機が感性の死にあるなら。
楽しかったら楽しいって言っていい。感じていい。
地獄だからって、笑っててもいいんだ。
いいんだよ!
 
と、なんつうか、僕が稽古場でみんなに言ったのは
「この作品は体育教師のビンタみたいにしてほしい」
です。
理屈うんぬんじゃなくて、ビンタ。
震災のストレスに拮抗できるのは、そういうコミュニケーションなんじゃねえかと。
 
 
そんなこんなで、書いた散文詩でした。
現実が神話にグラデーションしていく。
ともすれば単純な美化という安易で不謹慎な手法に思われるだろうけど、
誰かがやらないといけないと思いました。
誰かがやって、怒られないとすごく不健康だ!と。
何もなくなっちゃった絶望の景色の中で、
「きもちいい」
と呟く事も。
人の感性を肯定したかったです。
とてもかわいそうだったから。
 
 
んで、この
「ほしのふるよるにあいましょう」
です。
 
今になってみると
タイトルとかもうちょっと気をきかせろよって思いますが、
まあ、しょうがないです。最初から星が降ってきちゃったので、もう、そういうのはしょうがないです。
ベースとしては昔に書いた自作の童話があって、
それは
「青い犬と青い猫、おつきさまのなみだの話」
というものなんですが。
奇形の犬と猫が月になる話でした。
そのうちなんかしらで発表できたらいいですけど、
青い犬が泣いて、青い猫も泣いて、涙でお互いの姿が見えなくなって、
おかしいなと思っていたら月になっていて、
夜にだけお互いの姿が見えるみたいな感じでした。
あれ?見えねんだっけかな?よく、忘れちゃったけど。
なんか、よくできた話でした。
最後は猫がひまわりの花を産んで終わるんだよな。
 
戻ります。
途中で
「つまらなかったので太陽を壊しました。」
というのが核分裂のことを言っていて、
劇中だとここで原発がえらいことになったっていう描写がさしこまれてくるわけです。
ここが核のメタファーだっつうのが意外と伝わらなかったので、
こうして書いています。はあ。駄目人間だね。
 
 
なんかごちゃごちゃうるせえな。俺。
作品で全部語ったから言うことなんか無いんだけど。
なんか言い始めると止まらないのよね。
すみません。
 
こういう青年の主張みたいなのより、裏話のほうが面白いよね。
 
「ほしのふるよるにあいましょう」
をミミとして語ってくれたのが
百花亜希さんなんだけども、
すごいセリフ量だなって思って。もちろん大変なのはセリフ量だけじゃなくて、
このセリフの量を消化することと、
消化されて醸造された景色を体内から放出すること。
すごいエネルギーを必要とするわけです。
だってもうほとんど一人芝居なわけで。
そこに外的な芝居の影響が絡んできて、
それをリアルタイムで感じながら、
最終的に神話をお客さんに伝える、という。
 
サッカーで言えば、
W杯最終予選で勝てるかどうかわからない試合で
「ハットトリック決めてこい」
って言われてる状態ですよね。
 
実際、作家としてのももちゃんへの命令は
「産んで来い」
ですからね。
産んじゃってたと思いますよ。一度でいいから正面から観たかった。
 
でもほんと、いいシーンができたなって思います。
吉田能が弾いた「主よ、人の望みの喜びを」に乗せて。

「キコ歴代いいシーン」でも1位じゃないかな。
自分で本番観れてないシーンがたくさんあるのであれなんですけど、
うん。じゃ、これ1位でよろしく。
 
A6beda63


| | コメント (0) | トラックバック (0)

ほしのふるよるにあいましょう

Dreamer_of_dreams_p
 
 

ほしのふるよるにあいましょう
作:椛島美代子
 
むかしむかし
むかしむかし、わたしのあかちゃんがいました。
 
とてもかわいいあかちゃんでした。
 
あかちゃんは、小さな太陽をもって、わたしのなかからでてきました。
あかちゃんはおおきな声で泣きました。とてもとても大きな声でした。
その声は遠く轟き、月までとどくような大きな声でした。
まずは村がはじけ飛んで、われた地面はどこまでもどこまでも裂けていきました。
海のそこまで裂けた大地はまるで、星が大きな口の口角を尖らせてわらっているようでした。
あかちゃんはおおきな声で泣きました。声がつまって、なんども涙を流しながら。
あかちゃんが産まれてきたことを、星は、喜んで、何度も笑いました。
あかちゃんをうんだ私のカラダはおかあさんになりました。
おっぱいがおおきくなって、こきゅうができないほどでした。
私のおっぱいはあかちゃんへの愛情でこきゅうができないほどでした。
わたしは死にそうでした。
オスのカブトムシが現れ、わたしの首を角でつきさしました。
わたしは声を失う代わりに、いきができました。
かまいませんでした。
言葉はいらないのです。大切なことばはカラダのなかに入っていたのでだいじょうぶでした。
カラダの約束をたよりに。
あかちゃんはわたしのそばにいました。
あかちゃんは男の子になって、わたしのカラダをたくさんさわりました。
やがて私は死にました。
男の子は手に持っていた太陽で私を焼きました。
男の子はすくすくと育ち、ひとりぼっちになりました。
つまらなかったので太陽をこわしました。
 
まっくらな夜がきました。
 
とてもとてもうつくしい夜でした。
男の子の目が開きました。
はじめてみた景色はうつくしい闇でした。
目を開けて、男の子はますますひとりぼっちでした。
だけど男の子はちっともさびしくありませんでした。
だって!カラダの中にはおかあさんとの約束がたくさんつまっているから!
男の子は、この星でひとりぼっち。
はじめてみた真っ黒な夜のせいで、そのまなこも真っ黒です。
太陽を捨てた手は自由になりました。てのひらいっぱいで星をさわりました。
たくさんたくさんさわりました。
たくさん触りすぎたので、血がでて、痛くなりました。
痛くなると、ついに男の子はさびしくなりました。
血と一緒に約束が流れてしまうから。
涙と一緒に約束が流れてしまうから。
ぼくのなかからおかあさんがいなくなってしまうから。
 
星の地面に吸い込まれないように、上に、夜空に血を飛ばしました。
お空に貼りついた血はホタルという虫になって無数に光りました。
男の子がはじめて見た光です。
男の子は100年間光を見続けました。
すべての血はお空に張り付いてしまったので、カラダの中のおかあさんはいなくなってしまいました。
さびしいけどがまんしました。
たくさんがまんしたら、心臓が破裂してしまいました。
壊れた心臓を夜空に捨てました。
それは張り付いて、お月様になりました。
お月様から女の子が産まれました。
わたしが男の子のそばに立つと、血まみれの手はとても柔らかなものにふれました。
男の子がさわってはじめて、私のカラダが柔らかいものなのだと知りました。
あなたが、
おしえてくれたのよ。
わたしのカラダのかたちを。
 
だけどぼくの手はかわってしまいました。
毛が生えて、爪がとがりました。
僕は、この星で初めての獣になったのです。
僕がさわれば女の子のおっぱいが傷ついてしまう。
おっぱいから血が出たら、とてもかなしくなる。
おっぱいがなくなったら、と考えると、僕はもう死にたい。
女の子をみないようにしました。
そうしたら感情がなくなってしまいました。
きみにあうためにうまれてきたのに。
 
わたしはせなかだけになってしまったあなたに、言葉をあげたかった。
でも、わたしたちは言葉を持っていなかった。
そのうちにわたしは死んでしまった。
あなたが背中を向けているうちに、死んでしまった。
 
そうしたら、星が降ってきた。
 
そうしたら、僕には言葉が産まれた。
 
言葉は、とても便利なもので、言った物事はすべて現実になるんだ。
 
星の降る時の間でだけ、
 
星の瞬きの間だけ、
 
 
僕は星の夢を見ることができる。
 
だからね、
 
 
 
 
君よ、
 
 
 
ほしのふるよるにあいましょう。
 
 
いきかえった君にさわるために、もう何千年もほしのふるのを待っていた。
 
20110725_349


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月 8日 (火)

明日世界の終わりが来ても私は林檎の木を植えるだろう。

「明日世界の終わりが来ても私は林檎の木を植えるだろう。」
 
とある詩人の一節です。
ずっとリルケなのかと思っていたら違いました。マルティン・ルターでした。
 
この記事は
キコ「Live forever」回顧録の一編です。
 
地震について書くのは二度目でした。
一度目は2009年の「愛妻は荒野を目指す」で、
東京直下型地震の後の豊島園を舞台に、アナーキー状態下の人々の生活を描くフィクションでした。
その作品の中で引用した一節が、この、ルターによる
 
「明日世界の終わりが来ても私は林檎の木を植えるだろう。」
 
でした。
この言葉を現実につきつけられるとは思いませんでした。
生きていくという覚悟というものは、
人を殺してでも、平穏をすててでもロマンティシズムを手にしようとする馬鹿さなんだ。
ということを
2009年の僕は言いたかったし、そこに行き着く手助けになった言葉でした。
 
「Live forever」を書いている時、「愛妻」のことは忘れていました。
今になってようやく思い出したので、こう、書いていますけど。
「世界の終わり」を現実につき付けられても、 
変わらないことを言えていた自分に安堵しました。
 

「明日世界の終わりが来ても私は林檎の木を植えるだろう。」
 
 
「ごちゃごちゃ言ってないで、セックスしようぜ。」
 
同じです。
 
まあ、別に避妊しててもいいと思います。
男も女もセックスをするために生きていてもいいじゃないか。
セックスをすることでいろんなことがうやむやになってしまってもいいじゃないか。
 
触れることで安心する。
という感性を肯定してやりたかったんです。
「おまえたち」のために。
脱原発云々、TPP云々、民主党云々。
はあ…。
云々ですよ。
云々です。こんなもの。
云々です。
 
来ちゃいましたよ。世紀末が。完全に滅びますよ。
わかってんだったら、どうすんだよ?
ごちゃごちゃごちゃごちゃうるせえんだよ。
セックスしようぜ。
もう一回、童貞と処女に戻ろうぜ。緊張しようぜ。
輝いていたんだよ。
あの時のお前は。
記憶を改竄するな。抱いたお前も抱かれたお前も輝いていたんだよ。
何を遠慮してんだよ。
もういっぺん、輝けよ!

 
 
みたいなことをですね。
伝えたかったんです。
僕のアートのモットーは
 
「日常に光を」

です。
17歳のときに決めて、それから一回も変わってないモットーです。
自分の人生の主人公が自分じゃない人が多すぎる!
と思ったのが発端です。
どんなクソみたいな平凡な、凡庸な日常でも、
照明の具合で、それがすごく美しいものだってことを
証明できる。
 
ぼくはそう思っていたんですね。
で、
それはやっぱり今も、変わらない。
初心に孵って書いたのが今回の「Live forever」です。
 
web上の感想や、書いていただいたアンケートをみると
観に来てくださった多くの方に、届いていたので、
ほんとにうれしいです。
 
 
一方、「届かなかった」という事実もあります。
どうすっかなー、といろいろ思案していますが。
 
媚びずに、曲げずに、ポップに、
やっていこうと思います。
 
次は、短編集をやりたい。
小栗剛SF短編集。
S(すこし)F(ふしぎな)おもしろい話。という、
敬愛する藤子・F・不二雄先生の轍を、馬鹿面ぶらさげて走り回りたい。
 
小栗って馬鹿だなー。
って思ってもらえるような知的なプロットを考えています。
 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2011年10月31日 (月)

「リブをフォーエバーする」

キコ「Live forever」終演しました。
ご来場いただきましたみなさま、ありがとうございます。
 
荷物を整理していたら
公演の当日パンフレットに、「今日来てくれたことに対するありがとう、すごいぜ!」
みたいなことを書いているのを見て、知能指数が低い自分にがっかりしました。


でも、本当に、すごいありがとうがしたいです。
どうするかはわかりませんが、
これからもキコを観続けて下さい。
 
今回のこのLive foreverでこころ震えたのなら、
いつだって観に来てほしいよ。
 
音楽で言えば、
今キコはファーストアルバムを作っている段階で
このLive foreverは、キコのファーストアルバムの一曲目みたいな作品で、
でもシングルカットはしない!というやつなんです。
 
このLive foreverがよかった、っていう感性ということはつまり、
気が合うんです。
 
気が合うということは届きやすいんです。
 
つまり、
何度でも何度でも、
お前を最高の14歳にして帰してやるぜ、っていうことを言っています。
 
今回の演劇体験をさせてもらった礼は、そういう形でするから、
がん首そろえてまっとけよ。
 
と、ロックスターっぽい口調が止まらなくなってきてしまったけど、続けさせてくれ。
 

稽古場で台本の話になって
「それじゃ、リブがフォーエバーしねえんだ」
という俺の発言から、

「リブをフォーエバーする」
 
が合言葉のようなものになったんだけど、
直訳すると
生殖を続けようぜ、ってニュアンスで、
そのことがセックスや性や生を肯定していて、
だけどもそんな理屈が出てきた時点でリブがフォーエバーしてねえんだ!
 
俺が訳してやる。
 
「自分の中のなんだかわからないものが、もう、なんだかわからない感じになっちゃって、楽しくなる。」
 
だ。
 
本能に「生殖」なんて名前つけられてることに怒れよ。
お前のエネルギーを分析されていることに怒れよ。
お前の生きる理由を選択肢で限定されていることに怒れよ。
 
もっともっとわけのわからないお前でいてくれよ。
  
いちいち感情に名前を付けるな。こざかしい。
わかんなくなっちゃえよ。
それでいいんだよ。
今まではそれじゃあ、駄目だったけど、今年からはそれでいいんだよ。
 
あ、そういや、
感想で 
「セックスしたくなった」
っていう感想をもらってすごくうれしかった。
うれしい。

 
  
まだキコを続けられるかどうかは分かりませんが、
公演のアンケートやwebでの感想を読んで、
続けようって思っています。そういうことが言いたかったし、
おれの「ありがとうがえし」はまだおわってねえってことも。
 
 
公演の分析や反省は俺の中ではもう終わっているので、
分からない部分は無いんだけど、
そんなことを書いても仕方が無いので、
ただ、きょうは感謝の気持ちを書いています。
 
今日からもっとギラギラと生きて、
もっともっと作品を届けたい。
伝えたい。
 
そう思えることなんて、なかなか無いです。
そう思えたのは、お客さんが一緒にいてくれたからです。
役者が、スタッフさんが、一緒にいてくれたからです。
 

ありがとうございました。
 
 
今回は地震のことを扱っていることもあり、
もっといろいろ書かなきゃいけないとは思うのですが、
それはまたおいおい。
 
あと、自分がキコを見つめなおす意味でも、
HPのコンテンツを増やし、セルフライナーノーツでも書きます。今度こそ。
 
そして、
数年ぶりに作家としてどフリーになっております(ようするに執筆仕事も公演予定ZERO)
完璧にノープレッシャーの状態で一本書いてみようかな。
今、短編を書いてみたい
 
それでは。 

 
私信:
メール返します。
3日くらいかかると思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月27日 (木)

Live forever 初日あけました。

怒涛!波濤!
しぶき!
ドパーン。 
 
やさしい時間。
 
Live forever 初日あけました!
 
おかげさまで満員御礼でございました!

涙を流すお客様、笑いをこらえるお客様
 
さまざまな楽しみ方をしてくれて
うれしかったです。
本当に、この作品をやってよかった。
 
終演後に、

面識のない方から直接お声かけいただくことはあまり無いのですが、
今回は結構多いです。

震災に関する物語なので、
ネット上などで感想をいいづらいかもしれません。
アンケートにも書きづらいかもしれません。

どんどん声をかけてください。
声に触れさせてください。
 
 
公演は祭りだと、
ぼくはおもっています。
祭りはめでたい意味だけではなく。
鎮魂や、浄化の意味があるものです。
 
お気軽に、おたちよりください。
 
キコ「Live forever」
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«役者の名前を並べてみたらなんかすごくいい